人事のリスクマネジメント新鉄則突然の経営者交代

次世代経営者選びに人事はどうかかわっていくべきか

不祥事や経営不振に伴う引責辞任、あるいは病気や死亡による経営者の突然の交代──。対応次第では経営に重大な影響を及ぼす事態だが、このリスクに関しては、一般的に「人事のテーマではない」という認識が強いのではないだろうか。
そもそも役員以上の人事に関しては、人事部門がほとんどかかわらない、いや、かかわることができないというのが多くの日本企業の実情。経営トップの交代も多くは経営層の専権事項であり、人事にとっても、他部門や社外にとってもブラックボックスのなかで決定されるという事態が想像される。
一方で、上場企業に向けられる目は変わりつつある。
2015年6月、金融庁と東京証券取引所が事務局となってとりまとめたコーポレートガバナンス・コード(以下CGC)が発効した。このCGCでは、経営陣の選任に関して透明性のあるサクセッション・プランの策定が求められている。ISIDビジネスコンサルティングの篠﨑隆氏は「ここまで人にこだわったCGCは世界でも類を見ない」と評する。
しかし、現経営者や会長などの影響力が強い日本企業がこの要求に応えるのは容易ではない。

経営と人事の分断がリスクを増大させる

東京証券取引所の調査によると、2016年12月末時点で1部・2部上場企業の85%がサクセッション・プランを導入していると回答してはいる。しかし、「実態は『選抜型の次世代経営者研修を行っている』という程度の企業が多いのではないでしょうか」と篠﨑氏は言う。
このようにサクセッション・プランが"形だけ"になってしまう最大の理由は、図に示した経営と人事の分断である。
多くの企業では、従業員の育成や評価は人事が行うが、役員に昇進したとたん秘書室などが扱うことになる。そのため、次世代経営者の選抜・育成に関して、組織内で一貫した流れが作られていないのだ。
「社内の人に関する情報を集約しているのは人事。この分断を解消して人事がサクセッション・プラン構築に積極的にかかわっていくことが必要です。人事が経営に関与できていないことこそがリスクなのです」
特に不祥事や経営不振で前任の経営者が辞任した場合などは、市場から「次に選ばれた経営者がなぜ適任なのか」という説明が強く求められる。その説明責任を果たすためにも、サクセッションのプロセスを前もって構築しておくことが重要だとCGCは説いているのだ。
「経営者交代の際には、会社の置かれた状況に応じて『シームレスな経営を求めるのか』『チェンジマネジメントを求めるのか』を見極めることも重要です。それによって適任者は変わってきますから。選択肢を複数用意しておくためには、多様性を意識した次世代経営者候補のポートフォリオの整備も求められます。ここにも人事の介在価値があります」
経営層の好き嫌いを超えた透明性のある選抜・育成の仕組みを構築するには、「たとえば、アセスメントに心理テストなどのサイエンスを導入することも検討するべき」と篠﨑氏。過去の経験・実績だけでは将来の危機に対応できる適切なリーダー選びはできない。合理的・客観的な人材アセスメントの方法を研究・導入することはまさに人事の役割だ。

出典:篠﨑氏作成の図を一部編集部で加工

社外取締役への情報提供にも意味がある

「社外取締役や指名委員会のメンバーに、人事が積極的に選抜に関する情報提供をすることも可能でしょう。特に社外の経営者とのコミュニケーションは、他社の経営者がどんな視点で人や事業を見ているのかを学ぶ、またとない機会にもなります」
CGCが強力なメッセージを発している以上、突然の経営者交代劇を見つめる市場の目は一層厳しくなることが予想される。経営層の動きが鈍くなりがちなテーマだからこそ、まず人事からアクションを起こすべき時が来ているのだ。

Text=伊藤敬太郎 Photo=平山 諭

篠﨑隆氏
ISIDビジネスコンサルティングユニットディレクター。
Shinozaki Takashi 人事、コーポレートガバナンス、内外M&Aの経験を活かしたコンサルティング業務に携わる。