Column

IT×人事を巡る2つの「2つのA」
藤井薫

“文明の利器と智慧”がもたらすもの
「民多利器、國家滋昬、民多智慧、邪事滋起」。
民に利器多くして、国家滋々(ますます)昬(みだ)る。民に知恵多くして、邪事(じゃじ)滋々(ますます)起こる。こう憂いたのは、ご存知道教の祖・老子である。

文明の利器や智慧が生み出す利便と、その先にある人々の怠惰や狡知と精神の退行。そんな約二千年以上も前に老子が抱いた胸騒ぎと憂慮は、現代のデジタルネットワーク社会の混乱という形でまさに現実のものとなっている。

では文明の利器や智慧とは何か?今日で言えば、多くの民に行き渡ったスマホが利器に当たり、その利器を支える智慧が、ビッグデータを取り込んで機械学習を繰り返し、指数関数的に進化するAI(人工知能)と言えるだろう。

実際、将棋の世界では、AI棋士がプロの棋士に勝ち、マーケティングの世界でも、AIがプロのマーケターには考えも及ばない売れ筋をお薦めし、売上げが倍増している。またGoogleの無人自動運転カーが約50万㎞を無事故で走行を成功させるなど、人間を凌駕するAIの躍進は枚挙に暇がない。ジョニー・デップが主演した映画『トランセンデンス』は、AIが人を支配し始める衝撃の未来図を描いたが、それは単なる絵空事ではない。

こうした“文明の利器や智慧”の進化の先に、
シンギュラリティ(技術的特異点)がある。2045年に、AIの性能が全人類の知性の総和を超え、人類の過去の傾向に基づいた変化の予測モデルは通用しなくなるという説である。

明日の経営と今日の現場の結節点である人事のプロフェッショナルにとっては、30年先の絵空事より、あと5年にさし迫ったオリンピック景気による構造的な人材不足(参考:「東京オリンピックがもたらす雇用インパクト」)や、今後ますます加速するグローバリゼーションが迫る構造的な変革対応(「日本的雇用システムは 外国人の増加に対処できるのか」)(「201X年、 隣の席は外国人」)に眼目が奪われがちだが、これらはあくまで人間界の話。
しかしこの“現代の文明の利器や智慧”がもたらすインパクトは、それを遥かに超えるのではないかと言われている。

Paypalの共同創業者で、Facebook、LinkedIn、Youtube、Tesla Motors、SpaceXなどの投資家として、シリコンバレーで絶大な影響力を持つピーター・ティールは、「ほとんどの人はグローバリゼーションが世界の未来を左右すると思っているが、実はテクノロジーの方がはるかに重要」と答えている。

Archiveから Analyticsへ
文明の利器や智慧が生み出す未来に憂慮し警鐘を鳴らした老子も、それらに明確な楽観を寄せ推進するピーター・ティールも、そこに共通する態度は、人類の可能性への期待だ。

筆者は、こうした“文明の利器や智慧”がもたらすポジティブなインパクトが、どう人事を変えるのか? そんな大上段な問いを立て、人事プロフェッショナル、データアナリティクスやAIの先端研究者の方々と対話を試みた。その内容は、『Works』125号に詳述しているので参照いただきたい(「人事とIT」)そこで感じたのは二つの「二つのA」だ。

一つはArchiveから Analyticsへ。単なる過去の蓄積から、分析をもとにした予測と創造へ。この流れは、人事の世界に今後も広がってゆくと思われる。

例えば、IT×採用では、アルゴリズムが、世界中のWebの海から自社の戦略やタスク、ポートフォリオに合った人材を自動探索したり、景気シミュレーションを活かして、早めに組織構成・配置を変えるように提案する。金融のポートフォリオマネジメントと相似形だ。いわゆる予測的な採用戦略である。そこでは、何の因数を重視して、どんな採用結果を望むかというアルゴリズムの精度と検証改善のスピードが、問われることになる。

例えば、IT×組織開発では、メールなどのやりとりをテキストマイニングしたり、センサ ーを使って社員間のソーシャルグラフをモニタリング。組織の知的創造性をあげる “場”を分析し、予測的に組織改革に役立てる。そこでは、どの組み合わせが、個々人のハピネスや組織の生産性をあげるかの因数を探し、先行的に現場に施策を実施してゆく。

他にも、IT×リテンション、IT×ナレッジマネジメント、IT×ワークススタイル、IT×PMI( Post Merger Integration:買収後の統合)と、その活用はますます広がって行くだろう。

これまでは人事考課や異動・昇進 の記録、給与計算のための基礎データなど、過去の記録をアーカイブすることがIT活用の中心だったが、これからはITを使いこなして、予測・施策実行を提言するのが、人事の仕事になるのではないか。逆に、Analytics のないArchiveだけの人事は、急速にその競争力を失って行くかもしれない。

Account かAccountabilityか?
もう一つの「二つのA」が、Account (勘定)かAccountability(説明責任)か。
上述のように、大量なデータを処理して、次の一手を予測的に提言するAIの精度は、プロの棋士やマーケターやドライバーを遥かに凌ぐ。もちろん、そのための信頼できうる大量なデータがインプットされているというのが条件。ただしこちらも巨視的にみれば、センシング技術とともに、データ量と信頼性は上がって行く。
倫理の問題があるが、いまでは心拍数やキーボードタッチスピードや表情から見える、個人のメンタルコンディションや、そのチームの活性度などの無意識のデータも、低コストでセンシングできる時代である。

しかし、Analytics活用には、別の課題がある。
AI先端研究者との対話で明らかになった衝撃の事実は、「最近のコンピュータ将棋で使われるAIは、なぜこの手を指したのかを説明できない」ということ。機械学習が進歩し、いい手がどんどん打てるようになる。しかし説明できない方向にAIは進化していると。

「今後5年間でアカウント(売上)を10倍にする打ち手があります。その答えは、経営陣全員クビ。ただし何故そうなったかは説明できません」。仮にAIにそう予測・提言されたら、私たちは容認できるのだろうか。

予知夢による犯罪防止局の主人公が、自分が未来に殺人犯になると予告され逃げるトム・クルーズ主演の映画『マイノリティ・リポート』と相似形の悲劇である。
つまり、私たち人間社会や人間組織は、アカウント(売上げ)やパフォーマンスより、アカウンタビリティーを重視しているとも言える。別の言葉でいえば、結果予測より結果責任を、成果より共存を求めているのかもしれない。

こんな議論もある。「自動運転車が人との衝突が不可避になる事故に直面したとき、路上の人と搭乗者のどちらを犠牲にする判断をするのか。被害の責任は誰にあるのか」。
二つのパフォーマンスの優先順位が輻輳し、予測提言を容易に行使できない現実があるのだ。だからこそ、われわれは、AnalyticsよりAccountabilityという責任から背を向けられない。

人事にとってのITは、ITそのものではない。
データアナリティクスによる自動化や予測以上の深淵な意味が横たわっている。
これまで人間の勘と経験と度胸では寄り添えなかった働く個人の“隠された能力を発見し、惹きつけ、能力発揮を支援するだけでなく、その圧倒的な予測精度を、責任をもって、かつ輻輳の中で行使する新しい人事の哲理が試されているのだと思う。

最後に老子が憂慮した言葉を思い出したい。
私たちは、利便の先にある精神の退行の原因を、AIに背負わせてはならない。

藤井薫

 


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2015年04月15日