フランスの「働く」を考えるニューノーマル時代に必要なソフトスキルの5つの要素とは

今鍛えるべきは「ソフトスキル」

フランスの労働市場はニューノーマル時代を迎えており、21世紀型スキル(ソフトスキル)への注目が高まっている。先の見通しが立たないポスト・パンデミック時代を生き抜くためには、ハードスキル以上の能力がさらに求められている。具体的には、変幻自在な適応力(カメレオンのように環境に柔軟に適応できる能力)、レジリエンス力(雑草のように困難を乗り越えて生き抜く力)といったソフトスキルが重要視されている。これらのスキルは不確実性の高い時代において、成功へと導くものである。

フランス・トラヴァイユの調査(※1)では、2030年までに全職業の半数以上において、業務の30~40%が自動化される見込みである。AIなどと共存するためには、ハードスキルだけでなくソフトスキルが極めて重要になるという。企業の採用戦略でも、ソフトスキルが中心的な要素になると結論づけている。

採用戦略や研修プログラムにおいて、これらのスキルを統合し評価する必要が出てきたが、可視化が難しいソフトスキルの評価をどのように行うかという課題に直面している。今回はフランスで注目されている、21世紀型スキル(ソフトスキル)について紹介する。ソフトスキルが重要視される傾向や特定のためのメソッド開発など、ソフトスキルにまつわる現状をまとめた。

「ソフトスキル」の定義の統一は可能か?

米国では、OECD(経済協力開発機構)の定義や、「4C(※2)」教育、「P21(※3)」による取り組みなどもあり、ソフトスキルに関する一般的な認識は高い。

フランスでは、労働市場の文化の違いからOECDの定義は導入されていないが、ソフトスキルについての議論は2000年ごろから始まっている。ソフトスキルへの注目がますます高まるなか、政府の調査機関であるフランス・ストラテジーや人材系スタートアップなどがソフトスキルに関する定義付けに取り組んでいるが、未だ統一した結論には至っていない。ソフトスキルの定義についてリサーチすると、計700件の異なる定義が抽出される。これは、フランスで1970年代から、産学官民で職業教育として主にハードスキルの能力開発が大々的に行われており、ソフトスキルを職業能力とみなしてこなかったことに起因している。学歴やハードスキルと異なり、社会認知能力としてのソフトスキルは「能力」としての可視化が難しいからである。

こうした混沌とした現状を踏まえて、フランスを代表する規格協会であるAFNORがソフトスキルに関する標準化に取り組んでおり、今後のラベル化を目指している。現時点では、「新しい状況において、適切に学び、考え、交流することを可能にする一連のスキル」として、下記の能力がソフトスキルとして挙げられている。

  • コミュニケーション能力
  • コラボレーション能力
  • 影響力
  • チームマネジメント能力
  • 伝達能力
  • 予見能力
  • 論理的思考能力
  • システムズアプローチ能力
  • 創造的プロセス能力
  • 自己開発能力

「ソフトスキル」重視の傾向へ

リセ・マッセナ

フランスは学歴至上主義の国として知られている。特にグランゼコールという超エリート養成機関では、他国にはない独自の制度があり、学歴がキャリアや社会的成功に大きく影響する。ノンキャリアからキャリアへの転向はほぼ不可能で、低学歴の若者の就職は難しい。

2023年第4四半期のフランスの失業率は7.5%超であるが、若年者の失業率は17.5%と極めて高い。学校で良い成績を取り有名な高等教育機関を卒業した者でさえも、希望の仕事に就くことは難しい状況である。企業は学歴以上の「プラス」を求めており、ネットワーキング能力や趣味、起業経験など、ソフトスキルを評価する傾向が高まっている。

パンデミックを経験した今、企業の採用担当者は個人の潜在能力を重視している。ロレアル人事部でグローバルダイレクターを務めるポー=コーベル氏によると、面接では、「失敗の経験をどう乗り越えたか」など個人の潜在能力を判断するための質問に大きな時間を割いているという。学歴は高くなくても、企業での経験や、世界中を旅した経験、病気を克服した経験など、多様なバックグラウンドを持つ人々が採用される機会が増えている。

また、採用プロセスにソフトスキルを特定するシステムを導入する企業も増えている。こうしたニーズに対応するため、人材系スタートアップのJobTeaserは、ソフトスキルを特定するシステム「HESTER(※4)」を開発した。心理学者やパリ大学などと協力して、ソフトスキルの可視化を実現している。

5つの要素にフォーカスしたメソッドの研究開発

「ソフトスキルは後天的に伸ばすことはできるのか?」

ハードスキルと異なり、ソフトスキルは幾つかの次元が重なりあっている特徴から、単一のメソッドで学ぶことは不可能とされている。しかし、トッド・リュバート氏(※5)と研究を共に行っているフランスのソフトスキル研究の第一人者であるジェレミー・ラムリ氏によると、ハードスキルとソフトスキルを対極として扱うことをやめ、包括的に理解し、これまでと異なる科学的なメソッドを適応させることで、21世紀型スキルは後天的に、また具体的に発達させることができると断言している。

両氏による研究はJournal of Intelligence への発表(※6)によって公開されている。5つの要素を科学的に検証した両氏のアプローチは、2024年中にメソッドとしてのローンチが期待されている。

21世紀型スキルに必要な5つの要素21世紀型スキルに必要な5つの要素感覚動作力(sensory-motion)は身体的な動きと感覚情報を統合して適切な行動を取る能力を指す。具体的には、視覚情報を使って他人との社会的な相互作用を適切に管理することができるスキルである。例えば、挨拶をする際に相手の目を見て話すことも感覚動作力に含まれる。

21世紀に必要なスキルの開発は、フランスの労働市場において最も注目されているトピックである。ラムリ氏の研究だけでなく、高等教育機関、労働省、公的研究機関、シンクタンク、科学者、企業のHR、スタートアップなど、多くの専門家がソフトスキル開発について研究している。こうした研究から得られたメソッドは教育現場や職業訓練、コーチング、採用プロセスなど、さまざまな分野で活用されることが期待されている。

しかしラムリ氏は、「こうした研究はそれぞれで意味があるものの、業界自体を牽引できるような大きなリーダーシップに欠けており、統一した指針を掲げることができていないフランスの現状は残念である」と語っている。

(※1)フランス・トラヴァイユによるソフトスキルに関する特集記事 : https://www.francetravail.org/accueil/actualites/2022/dici-a-2030-les-soft-skills-seront-au-coeur-des-strategies-de-recrutement-des-entreprises.html?type=article
(※2 )4つの重要なスキルとは、コミュニケーション、クリティカル・シンキング、クリエイティビティ、コラボレーションである
(※3 )P21非営利団体Partnership for 21st century skillsの略
(※4)https://hester.jobteaser.com/fr
5)パリ・デカルト大学心理学教授であり、21世紀型スキルに関する世界的に著名な研究者
(※6)トッド・リュバート氏とジェレミー・ラムリ氏の研究 : https://www.mdpi.com/2079-3200/11/6/107

TEXT=田中美紀(客員研究員)