大人が再び学んだらいとうまい子氏(芸能活動+ロコモ予防ロボットの研究・開発)

社会に恩返しするための道筋が見つかった

転身のプロセス

1982年 18歳
芸能活動を本格的に開始。以降、テレビ、映画、舞台などにおいて、女優・タレントとして幅広く活動。

2010年 45歳
早稲田大学人間科学部(e-school)に入学。予防医学やロボット工学を学ぶ。卒業後、同大学大学院修士課程に進み、ロコモティブシンドロームを予防するロボット「ロコピョン」を開発。
1日3回、決まった時間になると「私の前に来てください」とメッセージ。前に立ち、希望のスクワット回数を伝えると、正しいペースで一緒に運動してくれる。

2017年現在 53歳
芸能活動を続けながら、博士後期課程に進み、生命科学の観点からロボットによる高齢者への影響について検証・研究を深めている。また、映画・テレビ業界に特化した人材派遣会社も設立するなど、多忙な日々を送る。

一念発起したのは45歳のとき。早稲田大学人間科学部(e-school)に入学し、主に予防医学とロボット工学を学んできたいとうまい子氏は、現在、博士後期課程に在籍、ロコモティブシンドローム(*)(以下ロコモ)を予防するロボットの研究に勤しんでいる。彼女の行動力の根源にあるのは、「人の役に立ちたい」という強い思いだ。

「18歳からずっと芸能界で仕事をさせてもらってきました。浮沈の激しいこの業界で、私が今日まで続けてこられたのは、本当に周囲の皆さんのおかげ。40歳を過ぎたあたりから、その重みを実感するとともに、感謝の気持ちを強く抱くようになったのです。何か恩返しをしなければって。とはいえ、手だてが見つからず......まずは学び直そう、自分の土台をつくろうと考え、大学に行くことにしました」
かつていとう氏は、大妻女子大学を受験し合格したものの、始めたばかりの芸能活動と両立叶わず、結局1日も通学しないまま中退している。「学び損なった」未練のような気持ちに加え、生来旺盛な探究心が、再度の大学進学を後押ししたのである。

自分を鼓舞しながらの勉強

受験時の面接で「芸能人はすぐにやめるから」と難色を示されたこともあり、いとう氏は「4年間でちゃんと卒業する」と決めた。最終学年は卒論執筆に十分充てられるよう、3年次終了までに全単位を取得する計画を立て、やり遂げている。仕事との両立を考えて選んだ通信教育課程ではあったが、それでも時間のやり繰りは想像を超える大変さだったという。ロケと試験が重なったり、レポート提出の締め切りが迫ったりすると、徹夜も繰り返した。
「そんなときは体調が悪いとか、仕事が忙しいとか、言い訳が頭に浮かんでくじけそうになるんですよ。でも、何のために始めたのか、『恩返しをするんじゃなかったの?』と自分を鼓舞しながら頑張ってきました。大人にはいろんな事情があるから、漠然とステップアップしたいくらいの気持ちでは続けられません。まず確固たる目的を持つことが大前提で、さらにそれが、自分ではなく"誰かのため"であれば、なお力が出るものです。そういう約束事があれば、逃げられなくなりますから(笑)」

ロコモ予防にテーマを絞る

3年次からロボット工学やネットワーク工学を専門とする健康福祉産業学のゼミに入り、いとう氏は自分の研究テーマを見いだしていく。もとより生物や科学が大好きな理科系
で、1995年には早くも個人のホームページを自作するなど、ITにも強い。ロボット工学と学んできた予防医学を組み合わせれば、「何かいいものができるはず」と、目算を立ててのゼミ選択だった。
「その何かは、ゼミで一緒に学んだ整形外科の医師から、ロコモの問題を教わったことで具体的になりました。超高齢社会の日本において非常に重要なテーマです。ならば、少しでも健康寿命を延ばすお手伝いができるようなもの、つまり、ロコモを予防するロボットをつくれば社会貢献につながる、そう考えたのです」
まずは、高齢者が正しく屈伸運動をできるよう矯正する装置を開発。
「まだロボットと呼べる代物ではなかった」が、その着想は高評価を得て、開発協力を申し出る企業も出てきた。そして、大学院でさらに研究を進めたいとう氏の設計をもとに開発されたのが「ロコピョン」(左ページ写真)。利用者に運動するよう呼びかけ、一緒に"正しいスクワット"をしてくれる愛らしいロボットである。使用テストによる評判も上々で、手応えを感じているところだ。
「いずれは量産し、1人でも多くの方に使っていただくことが目標です。実現に向けて、当面は改良を加えたロボットを30体ほどつくり、高齢者施設などで使ってもらいながら、効果を医科学的に検証していきます。それで博士論文を書く予定なんですけど......また、ひと山ですね(笑)」
それでもいとう氏は、「大変さより楽しみのほうがずっと大きい」と言う。知らなかったことを教えてもらったり、新しい出会いや協働が生まれたりと、思いもしなかった広がりを得たことこそが、学びの最大の価値だと実感している。
「ずっと芸能界にしかいなかったら、知り得なかった世界です。そして何より、私のいちばんの目的である社会への"恩返し"の道筋が見つかったのですから、一歩を踏み出して本当によかった。さらにこの先、どんな世界が待っているのだろう―そう考えるだけで心が躍ります」

(*)運動器症候群。骨や筋肉など運動器の衰え、障害による要介護の状態や、要介護リスクの高い状態を示す

Text内田丘子(TANK)  Photo=刑部友康