SPECIAL REPORT

テクノロジーと「働く」をめぐる5つの論点
―10人の識者インタビューとWork Model 2030―

なくなる仕事、生まれる仕事、能力の獲得など5つの論点について、識者の意見をまじえ今後の行方を探る。

Akie Nakamura 中村 天江  2017.03.31 (fri)

論点4 個人はキャリアをいかに構築していくのか?

職業寿命50年・企業寿命25年のキャリアづくり」でも述べたように、タスクの組み換えによる仕事の変化や、企業のビジネスモデルの変化により、今後は、キャリアチェンジを迫られる人が増えていくだろう。大手製造業を退職後、IT/IoTコンサルタントとなった柴田英寿氏は、独立を決意した理由を、「もうすぐ50歳になるのにこのまま終わるのは嫌だ。やりたいことはたくさんあるし、経験したことのない世界もある。それを少しでも知りたい」と言い、そういったキャリアチェンジを、「人工知能などのテクノロジーがサポートするようになる」と述べる。 「40歳定年制」を提唱する東京大学大学院の柳川範之教授も、「40歳くらいを一区切りとして、それまでとは少し異なるスキルを身につけ、専門性をアップしていく、あるいはスイッチしていく発想が必要」との意見を述べる。

副業・複業がしやすくなれば、このような緩やかな仕事のスイッチやキャリアチェンジもしやすくなるだろう。Work Model 2030に2つの働き方のステージがあるのは、そういった狙いもある。副業に関する法規制にも詳しい神戸大学大学院の大内伸哉教授は、「副業はある程度自分でキャリアの選択ができ、仕事の専門性が高く、自分の仕事をオーガナイズできる人に向いている」と指摘する。

ICTの進展により、フリーランスや起業といった「雇われない働き方」も選択しやすくなっていくが、「雇われない働き方」では、企業に雇われて働く人以上に、自律的なキャリア形成が求められる。自身がフリーランサーでもある、シリコンバレー在住の海部美知氏は、「今の日本には、自分でキャリアを組み立てるという考え方を学ぶ機会があまりにもない。キャリアづくりを魚釣りに例えるなら、これまでは魚を与えてきたが、これからは魚の釣り方を学ぶ必要がある。自分でキャリアをどういうふうに組み立てていくかという考え方が日本で広がっていないのは、結局人が与えてくれるものという考えがあるから。これからは自分がそれを作っていかなければいけない」と、自律的にキャリアを構築するための訓練が必要だと述べる。

筆者が委員であった、経済産業省「雇用関係によらない働き方」に関する研究会でも、雇われない働き方に関する大規模調査と現状分析を行い、フリーランサーに求められる職業能力は、専門性以外にも様々なものがあり、スキルアップのための教育機会の充実や、仕事がなくなった時のセーフティネットの拡充などを提言している。

論点5 テクノロジーを活かすための変化をどう起こすのか

テクノロジーと共存するためのキーワードは「変化」だ。AIやロボットは仕事を組み換え、個人に求められる能力を変え、学習スタイルも変える。ビジネスの場面でも、テクノロジーを生み出し、活かせるように変貌した企業が優位になる。

変化の重要性は共通しているものの、変化の起こし方については、何に焦点をあてるかを含めて、様々な意見があった。「いまこそ、人工知能による仕事の拡大という、これからの世の中を支配していく大きな力を想定して、その先の議論をすべき時」と議論を喚起する、百年コンサルティングの鈴木貴博氏は「ロボット経済三原則」を提唱する。かたや、駒澤大学の井上智洋講師はAIが人間の能力を超えるシンギュラリティに備え、「ベーシックインカムを検討すべき」と言う。

「労働に関する法制度は、今後は時代の動きを先取りしていかないと、イノベーションのスピードに追い付けない。でも、決め打ちでこうなるだろうと制度をつくると、テクノロジーによって予想と異なる動きが出てきた時に対応できない。変化を妨げない中立的な制度を整備していくことが重要」と、東京大学大学院の柳川教授はいう。

このような社会システムに関する意見だけでなく、個人や企業の人材マネジメントに対する意見もあった。個人が好奇心を取り戻すために、「まずは残業時間を減らして、好きなことは何か、何を追求したらよいか考える時間を作ること」とHONZ代表の成毛氏は言う。「新しい働き方を考えたとき、最も重要な仕事はマネジャー。企業にとってこれからマネジメントが難しくなっていく」と、神戸大学大学院・大内教授はマネジメント改革に期待をかける。

さらに、ヤフーの安宅氏は、「新しい変革は、いつの時代も、10代と20代、30代前半までの人が起こしてきた。年配者にできることは、何か面白いことをしている若者に、信用を与えて、お金を出し、よい人を紹介する、この3つに尽きる。勝海舟みたいな仕事をしてほしい」と強調する。

テクノロジーは「働く」に、さらなる影響を与えるようになる。失業リスクが発生し、キャリアチェンジを余儀なくされる人も出てくるだろう。ただし、プロジェクトを通じて明らかになったことは、多くの人がこのことに問題意識を持ち、問題の解決に向けたアイデアもすでに生まれ始めているということだ。テクノロジーがもたらす負は、きっと、テクノロジーで解決していくことができる。

「Work Model 2030」は、テクノロジーを活かし、テクノロジーとともに生き生きと働くための、ひとつの考え方を示したものだ。今後リクルートワークス研究所でも、様々な方とともに議論をさらに深め、具体策の検討につなげていきたいと考えている。

中村 天江

Akie Nakamura

中村 天江

リクルートワークス研究所
労働政策センター長/プロジェクトリーダー

リクルートにてTech総研立ち上げ等を経て、2009年現研究所。労働市場の高度化を目指し調査研究・提言を行う。STEM+AのAを重視する数理科学修士。博士(商学)。

日本語 英語訳