Vol.1 イントロダクション

「フランス流の働き方改革とは」

2018年01月11日

労働法典改正でテレワークは労働者の「権利」に

2017年8月31日、フランス政府は改正労働法を発表した。解雇など労働規制の緩和には労使の反発が大きく、日本においても反対の大規模デモが大きく報道されたのが記憶に新しい。
一方、労働法典改正の中では、「テレワークで働く」ことを従業員の「権利」として位置づけている。制度改正は労使協議により検討され、従来のように、従業員が申請して使用者が承諾するか否かを決めるのではなく、使用者側がテレワーク就労を拒否する場合、その理由を示して拒否を正当化することを義務づけるなど、基本的な考え方が変更された。

また、雇用契約書にテレワークに関する規定を設ける必要はなくなり、労働時間や労働負荷の調整などは、企業単位での労使協約によって規定することが可能となる。労働時間内に発生した事故については、反対の根拠がなければ労災を認める旨の規定が法令中に明確に定められたため、使用者と労働者両者のリスクヘッジのためにも労働時間を明確に決めておく必要が生じる。本改正により「テレワークで働く」ためのルールが整備、簡素化されることで、テレワークの普及につながるものとして期待されている。

失敗から学ぶ

フランスも初めからワーク・ライフ・バランスに長けていたというわけではない。例えば、1990年代から2000年にかけて国有企業が続々と民営化され、急激な体制変化がその後の軋轢を生んだ。フランス最大手の電話会社フランス・テレコム(現オレンジ)は国営の独占企業であったが、民営化による競争の激化で、利益重視の経営陣からのプレッシャーを受けた従業員のストレスが増し、職場で相次いで自殺が起こった。この衝撃的な事件がきっかけとなり、職場での健康と安全に関する議論がより活発化し、具体的な措置の導入が急がれた。

解決策は「フレキシブルワーク」

もともとフランスは"プレゼンティーズム"的なメンタリティが伝統的にあり、職場にいない社員は働いていない、もしくはサボっているとみなされる傾向があった。こういったメンタリティが変化したきっかけの一つとなったのが、ワークシェアリングの観点から失業対策として1998年に導入された「週35時間制」である。
「週35時間制」は大企業における有給日数増などを通じてワーク・ライフ・バランスについての意識を高める結果をもたらし、同時期に進行したインターネットやモバイル技術の発展を背景に、テレワークやコーワークといったフレキシブルな新しい就労方式が市場に浸透し始めた。

テレワーク浸透の背景には、高等教育を受ける国民の増加、第三次産業の伸び(全労働人口の76%が第三次産業に従事する)、労働のデジタル化のほかに、2008年のサブプライム危機(世界金融危機)がある。企業は経費節約のために都市にあった会社の本部や事業所の一部を郊外や地方に移転する必要が発生し、通勤の負担が増えた社員に対する対応策としてテレワークが導入された。また、テレワークを地方活発化(地方過疎化防止、雇用創出)の貴重なツールとして受け止めた地方自治体などの、行政による推進政策の動きも大きいだろう。2009年にはインフルエンザが蔓延し、緊急時の危機対策の枠内として期間限定で社員が自宅で作業することを許可したことがテストケースとなり、本格的な導入への第一歩となった企業も多い。

2016年冬には、過去10年で最悪となった大気汚染問題が発生し、外出は必要最低限に留める必要があった。政府は対策として行政決定を発効してナンバープレートの末尾の数字が奇数と偶数の車を交互に走行禁止とする交通規制を敷いた。そのため普段から自動車通勤していた従業員らは足止めをくらい、自宅や自宅近くのコーワークスペースで作業を行ったというケースが多発し、ニュースでも大きく取りあげられた。こういった偶発的な出来事もテレワーク浸透に大きく貢献している。
2012年には、テレワークに関する事項が労働法典に加えられるなどしており、政府もこうした新しい流れを受け、デジタル技術を活用した新しい仕事のあり方に対応できる法的枠組みの整備に動き出した。

人間として尊重される「権利」、つながらない「権利」

2013年には、「労働生活の質(QWL:Quality of Working Life)と職業上の平等の向上」に関する業界間全国労使合意の調印がなされた。「雇用の質」と「仕事における充足感」を通じて初めて「企業のパフォーマンスの向上」が実現されるという考え方に基づいている。
従業員一人ひとりが人間として尊重される「権利」という概念は、具体的にはオフィス内の就労人数の制限、テレワークをしている従業員がインターネット接続を切る権利の保障、ストレスを検知するための観測システムの設置といった措置の導入で具現化されている。すでにラ・ポスト(郵便)、アレバ(原子力)、タレス(防衛)などの大企業が模範を示しQWL合意を締結した。

「ワーク・ライフ・バランス」と「企業のパフォーマンスの向上」の両立は可能なのか?
フランスでの様々な事例は、国外からも大きな注目が集まっている。本コラムでは、有識者の提起や、オレンジ、SNCF(国鉄)などのオピニオンリーダーの具体的な取り組みとともに探ってみたい。