副業解禁企業のリアル副業は“福”業。否定する会社に明日はない:ユニリーバ

イギリスに本社があり、ヘアケア、洗剤、食品などを扱う世界有数の消費財メーカー、ユニリーバ。その日本法人であるユニリーバ・ジャパンは働き方の自由度が高い企業として知られ、副業を解禁したのは2014年と比較的古い。その背景と現状を伺った。

人事と法務のツートップで副業を推進

― 2014年に、これまでよりも柔軟で自由度の高い働き方、すなわち副業の解禁についても議論を開始したと伺っています。その背景について教えてください。

島田 一人の人間がもつ能力や強み、可能性は1社でしか使えないという、それこそ終身雇用的発想はもう古い、今後はそうではない世界が訪れるはずだという確信があったのです。

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そうだとしたら、ユニリーバの社員が社外で、別の形で就業することは、本人にとっては自分の可能性が広がり、ウェルビーイング(幸福感)が高まるだろうし、もしかしたら、エンゲージメント(愛社心や仕事への意欲)も向上するかもしれない。それは会社にとってもすばらしいことです。いいことづくめだと思い、法務のトップに相談したところ、大賛成だと。それで、制度をつくったんです。

ただし、社内に全面告知し、副業をやってください、という形にはしませんでした。

― それはなぜでしょうか。

島田 当時は副業ブームでもなかったので、会社のメッセージが社員に間違って伝わってしまう懸念があったからです。口頭で「副業やっていいんだよ」と伝えることはあっても、全社員に一斉に「副業解禁したからやってみて」という伝え方はしなかったということです。

その後、20167月にユニリーバ・ジャパンは働く場所や時間を問わないWAA(ワー:Work from Anywhere and Anytime)という仕組みを導入します。世の中でも政府の旗振りによる働き方改革が盛んに叫ばれるようになったので、副業のことを社外を含め、もう少しオープンな形で広報するようになりました。

― 法務のトップと、島田さんという人事のトップが副業に対して前向きだったというのがポイントなのでしょうね。

島田 そうですね。彼は私にとって大切なパートナーです。社員にとっては、人事も法務も、社員の行動を制限しがちな保守的な部署だと思われがちですが、そうあってはならないと私は思っていますし、彼も同じ意識だと思います。何より、その彼自身、多様でフレキシブルな働き方を好むタイプで、WAAも彼がいなかったら導入できなかったかもしれません。

― そういう意味では、副業解禁に関しては社内の抵抗もなく、すんなりと導入されたということでしょうか。

島田 その通りです。副業を解禁するとき、よく言われるのは、「副業に没頭して本業がおろそかになったらどうするのか」ということでしょう。でも、そうなったらそうなったで、その時に対応すればいい、というのが私のスタンスです。そうなったら困るから、副業はやはり禁止しておこう、ではなくて。

WAA導入のときもそうでした。リモートワークを導入するとき、よくある懸念は「皆が出社しなくなってチームワークが悪くなったらどうするのか」「さぼる社員が出たらどうするのか」でしょう。ユニリーバ・ジャパンでも「もう出社できないのか」と不安がる声もありました。でも、「WAAは出社を禁止するものではなく、オフィスで働きたい人は出社し続ければいい。要は選択肢を広げただけ」と説明したら納得してくれました。チームワークやさぼる社員問題も、オンラインでもコミュニケーションの質を高めれば解決できます。そもそも、上司の目にさぼりに見えても、本人は考えを巡らしているのかも。成果が上がっていれば問題ないのです。

まずやってみて不都合が生じたら改める

島田 新しいことを始める場合、まずやってみなければ、それがいいことなのか悪いことなのか、わかりません。それなのに、やる前から失敗するのではないか、こんな悪いことが起きたらどうしょうと思い悩むのは時間とエネルギーの無駄だと思います。

副業の場合も、やってみて不都合が生じたら改善を試み、それでも駄目なら止めればいい、と役員に伝えたところ、反対意見は出ませんでした。副業を解禁して早9年目になりますが、その間、不都合が生じたり、トラブルになったケースは一度もありません。

― 副業に夢中で本業がおろそかになった社員もいないと。

島田 いません。仮にそういう社員が出たとしても、上司がその社員と話をして解決すればいいだけでしょう。よく取り沙汰される情報漏洩の問題も起きていません。万一起きたとしても対処する方法はありますが、そもそも副業をしながら大切な情報をほかに漏らしてしまうような社員は採用していませんから。

とはいっても、この人は副業をしても問題ないか、情報漏洩を起こさないかといった視点で選考しているわけではありません。ユニリーバは、世の中への貢献意識が高く、職業倫理の高い、いわばインテグリティ(誠実さ)のある人を採用しています。そういう人としての原理原則をわきまえた人物であったら、副業をしたとしても何の問題もないでしょう。

― 副業解禁前と後とで、何か変わったことはありますか。

島田 副業を解禁してから、マネジャーが果たす役割の重要性を改めて痛感しました。副業に限った話ではないかもしれませんが、マネジャー次第で、制度は生き、あるいは形骸化する。マネジャーに対する研修や日頃の教育をしっかり行い、マインドセットを整え、思考を広げていくことが大切だと実感しました。

ユニリーバにおいて実は副業は“福”業という位置付けなんです。正副の副、複数の複ではなく、ハッピーの福です。副業はつながりを増やします。そこから友人が生まれることもあるでしょう。多様な人同士のつながりがあったり、コミュニティを保持していたりするのは、人間にとって非常に重要なこと。最近の研究結果によると、友人が多いほうが幸福度が高くなり、つながりの多い人ほどやる気と生産性が高まるそうです。

就職や転職先を選ぶ際、副業を含め、働き方のフレキシビリティが高いことを重視する人は今後ますます増えていくでしょう。そう考えると、副業を否定する会社に明日はないのではないかと思います。

制度の運用実態は緩い

― 御社の副業に関するスタンスは非常によくわかりました。ここから実務的なことをお聞かせください。副業をしたいと思った場合、どういう手続きが必要になるのでしょうか。

岡田 副業の申請フォームがあります。まず、「インテグリティ(誠実さ)を破りません」という宣誓のボックス印にチェックしてもらいます。仕事の内容が反社会的であったり、会社と利益相反になるようなものではないことの確認です。

3_okada.jpg情報含め、社内のものを持ち出さない、ユニリーバという社名も使わないことを確認したうえで、副業の内容、報酬、理由、期間を記載し、まず自分がサインをする。それに対し、所属部門長、法務担当役員が承認すると、申請が通ったことになります。副業は副業でも、別の会社の経営に関わる、つまり取締役以上になる場合は法務担当役員に個別に相談する必要があります。

― 予定される就業時間や、雇用型、業務委託型といった形態も問わないと。

岡田 はい。先ほど話題に出たWAAは労働時間の管理を従業員の裁量にゆだねる、コアタイムなしのフレックス制です。これがすでにあるので、副業の就業時間だけ管理しても意味がないからです。しかも、この申請は年1回更新などと定められているわけでもなく、情報が変わった場合のみ、本人が自主的に更新する形です。運用実態は緩くしています。

― 実際の副業者はどのくらいいるのでしょうか。

岡田  15名から20名程度で、比率にすると3%から5%程度です。

澤井 先ほどの島田の話にもあったように、会社として積極的に副業を推進しているわけではないんです。やりたい人はどうぞご自由にと。そういった意味で、副業従事者の人数は必ずしも多くありません。

3_sawai.jpg実態としては、毎日数時間も副業に勤しんでいるような社員はほとんどおらず、本業を能率的にこなしつつ、それプラスアルファで、朝や夜あるいは休日に行っている社員が多いようです。島田も話したように、本業に支障が出るくらい副業に没頭してしまう例はありません。最近の傾向として新卒1年目から3年目の若手からの問い合わせが多く、実際、取り組む社員も増えています。

上司によって、副業のやりやすさ、やりにくさが生じる

澤井 私が前いた会社では副業はユニリーバと同じく許可制だったのですが、複数回の会議を経て可否を審査していました。しかも、自分が取り組みたい副業が会社にどんなメリットをもたらすのかを上司に説明しなければなりませんでした。上司の承認の後は役員の承認も必要でした。それに比べると、ユニリーバの制度はルールがかっちりしていません。社員を信じている感じがします。

岡田 ルールが緩いため、結果として、上司がそうした多様な働き方をよしとするタイプかそうでないかによって、副業がやりやすい、やりにくいという差が出ているような気がします。

― ルールをかっちり固めるとやりやすいけれど、ルールを守るのに骨が折れる。ルールが緩いと、運用がマネジャーによって変わってしまう。一長一短があるんでしょうね。副業に従事する社員がいることで会社が得られるメリットは何かありますか。

岡田 自社では培えないような能力やスキルを伸ばせることがまず挙げられます。視野が広がり、思いがけない情報やナレッジを持ちこんでくれるのも大きい。島田も話した通り、採用におけるメリットもある。最近の求職者の働き方に対する関心は高く、入社後に副業ができることは大きなアピールポイントの一つです。

聞き手:千野翔平
執筆:荻野進介