副業解禁企業のリアル副業内容も申請手順も働き方も、社内にフルオープン:サイボウズ

ユニークな人事制度というと、すぐに名前が挙がるのがサイボウズだ。社員が100人いれば100通りの働き方が用意されている会社でもある。副業解禁に踏み切ったのも2012年と早い。キーワードは「オープン」である。その内実を追った。

副業も社外活動の1つで、禁止は不自然

― 副業解禁の背景を教えてください。

onda.jpg恩田 以前は原則禁止で、ごく限られた場合のみ、許可制で認めていました。そのうち、週末にテニスのコーチをしたい、といった申し出や、アフィリエイトで稼いでいるけれど、これは副業なのか、といった問い合わせが増え、人事のなかで、副業の位置付けを改めて考えようということになったのです。

副業は会社の資産を毀損する懸念がある。これが副業禁止の理由でしたが、議論の結果、禁止ではなく原則自由とし、禁止や承認が必要な場合を明確化したほうがいいのではないかという結論に達したのです。

― それはなぜでしょうか。

恩田 家事や育児、介護、PTA活動……社外での活動というのは人によって多種多様です。副業もその1つと見なすことができます。その副業だけに目くじらを立てる姿勢が不自然だと考えたのです。

― その発想の転換が興味深いですね。反対意見は出なかったのでしょうか。

恩田 
副業解禁するか否かを話し合った際、「取引内容によっては利益相反になってしまうのではないか」という意見は出ました。しかし、その懸念があるからといって副業自体を禁止する理由にはならないと判断しました。なぜなら、利益相反が起こってしまうのは副業に限ったことではないからです。利益相反とならないように配慮することができれば、副業禁止にまで至る理由がないというわけです。

同じことは情報漏洩リスクにも当てはまります。情報漏洩が心配だから副業は許可しない、という企業がありますが、情報漏洩が問題になるのは、同じように副業だけではないでしょう。サイボウズでは入社時にリスクをきちんと説明しますし、入社後も折に触れて、情報セキュリティに関する啓蒙活動や研修を実施しています。逆に、利益相反や情報漏洩が起こらないよう、本人が考えるよい機会にもなるので、副業を解禁する。万が一、問題が生じた場合はその都度、解決していくという方向に大きく舵を切ったのです。2012年のことでした。

会社の資産を使わず、雇用型でなければ、副業申請さえ不要

― なるほど。では、その副業申請の手続について教えてください。

恩田 会社の資産を利用する場合、他社に雇用される場合、この2つの場合のみ、副業申請をしてもらいます。申請にはワークフローがあって、そのステップがすべて可視化され、社内に公開されています。記載事項も、雇用型の場合の給与だけは非公開ですが、ほかはすべて公開しています。公開情報は、副業の概要や開始時期、就業場所、業務時間帯での実施か否か、他社の役員や代表をつとめるか否か、サイボウズという会社名が出るか出ないか、支給されているパソコンなど会社の資産を利用するか否か、などです。申請はスタート時のみで、副業を止める場合は何の手続きも必要ありません。

会社の資産を利用せず、雇用もされない業務委託型の場合は自由に行っていいのですが、何らかの不安がある場合はこのワークフローを使い、上長などとコミュニケーションを取れるようになっています。

たとえば、ある社員が、業務内容によっては競業となる副業に従事する場合、所属長や関連部門にも相談したうえで、双方に悪影響や情報漏洩の恐れがないよう調整を行っていることが、相談内容含め、すべてわかるようになっており、ほかの社員が見ることができます。自分が副業にチャレンジしたい場合、何に注意し、誰に相談すればよいかがわかるようになっているわけです。このワークフロー自体が副業を理解するための広報材料になっているのです。

以前は非公開だったのですが、「あの人は出張先で副業をしている」「この人は本業の時間に副業している」といった疑心暗鬼が社内で生じてしまいました。それならば副業の内容含め、すべてオープンにしたほうが、副業している社員もしていない社員も気持ちよく仕事できるだろうということで、オープンにしました。

会社の資産とは機器や設備、情報を意味する

― 副業を承認する基準は何なのでしょう。

恩田 会社の資産を利用する場合においては、資産を毀損する懸念がないかをチェックしています。毀損する場合はNGです。

― 会社の資産について、もう少し教えてください。先ほどのパソコンなどの例はわかりやすいのですが、知識や情報、それこそ社名やブランド、ノウハウといった無形資産も資産だと思うのです。

恩田 
この仕組みにおける会社の資産とはパソコンや設備といったハード、情報を想定しています。以前はサイボウズという会社名を出すときもすべて申請してもらっていましたが、サイボウズの誰々というように、社名がただ出るだけの場合は申請しなくてもよいことにしました。

― 本人に蓄積された仕事のノウハウまで自社の資産と見なす会社もあるはずです。御社は違うと。

恩田 そうですね。サイボウズは「チームワークあふれる社会を創る」というパーパス(存在意義)を掲げています。ある社員の副業が、パーパスに合致する場合、社内で培われたノウハウの一部を活用する形であっても、副業として承認されるケースはあります。

― 社員個人がもっている情報として、たとえば、営業先の情報があります。その営業先で副業をするケースもあるんですか。

恩田 営業先で副業に従事するケースもあります。

― その場合の情報も、資産利用禁止の対象にはならないと。

恩田 そうですね。もちろん、営業先であれば、本来サイボウズとして受ける業務ではないか、個人が副業として受けて問題ないか、事前に相談し、承認は得ます。あくまでもベースに、本人が公明正大であることを貫くことで、組織との信頼関係を築いています。

働き方宣言で副業も宣言する

― 副業が本業を侵食し、本業がおろそかになる可能性があります。そうした懸念をどうクリアしていますか。

恩田 当社には社員一人ひとりが勤務時間や場所など、自身の働き方を社内に向けて宣言し、その通り実行する「働き方宣言」という仕組みがあるんです。副業に従事する場合、自身のそれを改訂し、たとえば、毎週水曜日の午後2時間、(副業のために)抜けます、と宣言する必要が生じます。宣言した働き方を踏まえ、必要に応じて、給与や仕事内容を見直しています。現実問題として、実際の就業時間を表すタイムカードと、自身で宣言した労働時間の間にギャップがあれば、マネジャーが「どうなっているの」と声かけもするでしょう。

― なるほど。100人いれば100通りの人事制度があるという御社ならではの仕組みがあるからこそ、副業を巡ってよく起こる問題が起きていないと。

恩田 はい。ただ、雇用型副業であれば副業先の勤務時間も明確ですが、業務委託型の場合、副業先の勤務時間が決まっていないため見込みが立てづらく、案件が重なるなどの状況で、本人も気づかぬうちに労働過多になってしまうケースを防ぎにくい状況はあります。

雇用型の場合は、副業開始時に副業先の労働時間を報告してもらい、その後も毎月、労働時間の実態を申告してもらいます。業務委託型の場合、副業先の労働時間把握は難しいですが、ほかのプライベートな活動同様に、当初の予定と比べ、乖離がひどい、つまり副業の時間が相当長くなる場合には、本人が自ら申し出て、副業もしくはサイボウズでの業務量を調整することを期待しています。これまで、副業とのバランスがうまく取れずに体調を崩してしまったメンバーもいましたが、その後自身の価値観や時間の使い方に向き合い、サイボウズでの働き方もマネジャーと一緒に調整することによって、副業にもサイボウズの業務にも前向きに取り組めるようになりました。

今年、新卒新入社員の一人がアルバイトを継続しながらサイボウズで働くことを希望していました。アルバイト先が1社目、サイボウズが2社目となる初めてのケースです。この場合、労働基準法と労働安全衛生法で週あたりの労働時間の上限が定められているため、1社目、つまりアルバイト先の労働時間が長くなると、サイボウズでの労働時間を短くせざるを得ません。また、1社目の労働時間を踏まえて法定外残業時間の管理を行う必要があるため、そのあたりの調整を行いました。結果的には、アルバイトを辞めてサイボウズに入社することを決断しましたが、こうしたケースにも人事として柔軟に対応しています。

社員と会社の距離感を副業で調整する

― 副業解禁のメリットとしてどんなことがありますか。

恩田 われわれが仕組んだわけではないのですが、こんな経験をした、こんなことを学んだ、と社内のグループウェアで気軽に発信してくれるんです。それが、ほかのメンバーに大きな刺激になります。そう考えると、社外で仕事をすることによって得た知識やスキルが社内に還元されるのが大きいように思います。副業が社内でオープンになっていることで、自分も何かしらの知識やスキルを持って帰りたい、と思う社員が多いようです。視野も広がる。学習機会が社外に広がるという感じでしょうか。

加えて、サイボウズに在籍しながら、他社の仕事にチャレンジできるという効果も大きい。当社でできないことにチャレンジしたくなったとき、今までは転職するしかなかったんですから。

― 社員の離職防止、定着に役立つというわけですね。

恩田 ……定着というと、違和感があります。社員と会社の間には距離があっていい。その人なりの距離感で、サイボウズと付き合い、価値を発揮し続けてくれればいいと。その距離感をうまく取れるのが副業ではないかと思っています。

― よくわかりました。反対にデメリットに関してはいかがでしょう。

恩田 デメリットをあえて挙げるとすれば、メンバーに副業者が生じた場合、マネジャーは本人の役割分担を変えたり、場合によっては、社員を新しく配置してもらうなどして、チーム全体の体制を調整する必要が生じます。その負担が増えることでしょうか。

― でもその負担は副業だけではなく、育児や介護、それこそメンバーの退職という形でも発生します。

恩田 その通りです。自分自身も副業をしているマネジャーも複数名います。サイボウズは多様性を重視し、多様なメンバーを集め、強固なチームワークをつくり、社会に広めていくことをミッションにしています。副業は、多様な価値観をもった個人が、自分らしく働くための選択肢の1つだと考えています。

聞き手:千野翔平
執筆:荻野進介