企業が導入する「個人選択型異動」の姿社員と会社が共に選び合い成長するあり方を目指して 異動も社員の意向を踏まえた個別対応へ:NTTデータ

NTTデータが約25年にわたって続けている社内公募制度は、硬直化しがちな組織の流動化から社員が自律的なキャリアを築くことを目的とした仕組みへと変容し始めている。また、同社は社内の人事異動全体も組織と社員の意向をすり合わせる方向へとシフトしている。社員一人ひとりの主体的なキャリア形成を推し進めるメリットや課題を聞いた。

◆中曽根 徹 氏
株式会社NTTデータ コーポレート統括本部人事本部 人事統括部人事担当
◆大橋 奈歩 氏
同 コーポレート統括本部人事本部 人事統括部人事担当

不合格者にもフィードバック キャリアの糧にしてほしい

NTTデータの社内公募は毎年2回実施されており、年間100名以上の異動を実現している。対象者は入社および所属組織の在籍年数が一定期間を超えた社員だ。新入社員には一定の育成期間を設けており、また社員のキャリアと組織の維持の両方の観点を加味し、こうした条件を設けている。
公募に当たっては各部署がポストを募集し、応募者は該当の部署へエントリーシートを提出する。書類選考と面接を経て、募集側組織の担当者が合否を決める。合格後、異動時期は調整を行うが、現所属の上長が合否そのものを覆すことはできない。

選考で重視されるのは、応募者のスキルとポストのマッチングだ。大橋氏は「育成含みで若手を採用することもありますが、多くの場合、仕事の内容を理解しており必要なスキルも身につけている『即戦力』に近い人財が合格しています」と説明する。募集側は専門的なスキルや一定の開発経験を求める傾向が強い。また海外出向などグローバルビジネスのポストも人気が高く、ハイスキルな社員の競り合いになることが多い。
ただ、畑違いの部署で培った視点や人脈が、異動先に新たな風を吹き込むこともある。こうしたメリットのほうを重視し、開発や営業といった組織から財務や広報などのスタッフ組織へといった大幅なキャリアチェンジも実現している。

また同社は不合格者に対しても、選考した部署が、応募者に足りなかった部分や改善点などをフィードバックしている。「各部署には、今後のキャリアに役立つアドバイスをするようお願いしています。不合格になってもフィードバックを今後のキャリアの糧にしてほしいと考えています」と中曽根氏。各部署が作成したフィードバックの文章は人事サイドでチェックして第三者視点でわかりづらい表現を修正し、人事目線で全体的なトーンの調整を加えた上で、本人に伝えている。

組織の「たこつぼ」化を防ぐ

同社の社内公募は約25年前に始まり、実に四半世紀もの歴史がある。世の中に「公募」という仕組みが浸透する前から導入し、現在では社員から異動手段の一つとして認知される施策として定着した。

同社の手掛ける公共インフラや金融システムなどのプロジェクトは、終了まで5年以上かかることもあり、2~3年に一度、といった定型的な異動はなじみにくい。またプロジェクトの領域ごとに、独特の風土や仕事の進め方があるため、ともすればノウハウを持つ社員が異動しづらくなりがちだ。この結果、異動や昇進を組織内で完結させる「たこつぼ」化の傾向が強まる懸念があった。かつての公募は人の動きを活発にさせ、硬直した組織を和らげることが主な役割であったともいえる。

しかし社員一人ひとりの主体的な働き方が重視されるなか、制度の目的も自律的なキャリア形成を促すことへと変容している。実際に最近は、スキルをさらに伸ばしたい、経験の幅を広げたいなど前向きな動機による応募が増え、異動した社員が高いモチベーションを持って活躍する例も増えているという。また中曽根氏は、「社員の流出が増えた職場では、管理職が組織運営や職場の雰囲気を改めて見直さざるを得なくなりました。『魅力ある組織づくりをしなければ』という危機感の醸成にも一役買っています」とも指摘した。

企業主導の異動にも、社員の意向を反映

一般的に人事異動は、戦略的に人財リソースを再配置するツールである。しかしNTTデータでは通常の人事異動でも、上司が部下の自己申告などをもとに、可能な限り本人の意向を反映させようとしている。
「異動先を決める際は、社員の要望だけでなく会社の意向も示して両者をすり合わせます。双方が少しずつ折れたり、上司が育成計画を軌道修正したりするなかで、会社側の意向も大きく崩さず部下の希望も叶える異動を模索していきます」(大橋氏)
社員が自らの望むキャリアを実現しやすい部署に異動することで、より一層の活躍を期待でき、受け入れる職場側としても、意欲の高い社員が来てくれれば、育成してより良いパフォーマンスを出してもらおうとするはずだ。社員一人ひとりの成長が会社の成長に繋がり、会社の成長が社員のさらなる成長機会へと繋がっていく。

個別人事管理、管理職が要に

前述の通り、同社は人事異動全体について、これまで以上により社員一人ひとりの事情や希望を反映させる形へとシフトさせつつある。目指したいキャリアを描き、上司ともすり合わせ、必要に応じて上司が現在の業務内容や通常異動の調整を行うほか、公募も含めたさまざまな手段も活用してキャリア実現していく姿を目指している。

一方で、課題は社員の間にいまだ自らのキャリアを切り開くという意識が浸透していないことだという。課題解決の「要」となるのは、各社員と直接関与する現場の管理職だ。NTTデータでは上司にキャリアについて相談できる面談も設定予定であり、直属上長のみならず、タテ、ヨコ、ナナメのサポートを受けながらキャリア形成できるよう、組織での多面的な体制づくりも推進しようとしている。
個別の人事管理へ移行すると、人事だけでなく管理職のタスクも増えるが、人事部門は、キャリア面談の役立つ情報の公開や面談実施方法の研修を行うなどしてサポートしていく。NTTデータは今後も、社員と会社が互いに選び合い共に成長する、成長の好循環モデルの実現に取り組んでいくという。

聞き手:千野翔平
執筆:有馬知子