ワークス1万人調査からみる しごととくらしの論点働く人の役割多重化。その実態とは(1)

<本コラムのポイント>

  • 「ワークス1万人調査」によれば、就業者、正社員ともに大多数が仕事以外に重要な役割があり、約半数で役割が3つ以上であるように、働く人の多くはマルチロール(多重役割)を担っている。

  • マルチロールは3040代で多いものの、性別や年齢階級にかかわらず複数の役割を担う人が多数を占める状況は変わらない
  • 全体として、仕事以外に重要な役割を担う場合に、生活満足や仕事展望も高まる傾向にあるが、役割が4つ以上になると疲労・ストレスが急速に高まるため、ライフキャリアの充実という点からは、望ましい役割の担い方を考えることも重要だ

働く人が多様な役割を担う時代

これまでの日本社会では、戦後に定着した雇用社会化や日本型雇用の浸透のなかで性別役割分業が定着してきたこと、企業で正社員として働く場合には長時間労働や転勤などにコミットする必要があったこと、副業や仕事に直接関わりのない学び、ボランティア活動などの社外活動に寛容でない組織もあったことから、仕事とそれ以外の重要な役割を同時に担うことは、家族のケアと仕事の双方の役割を担う女性などを除くと、必ずしも当たり前ではなかった。

しかし、急速な少子化・高齢化が進む我が国では、育児や介護など仕事と家族のケアを担うことは、男女や年齢を問わず、珍しくなくなっている。さらに、不確実性の高い時代の到来によりキャリアにおける自己決定が重視されるようになっていることや、人手不足により1人が様々な活動を担う必要が高まっていることを受け、副業、学び、地域活動をしながら働くことが、ポジティブな選択肢として認識されるようになっている。

米国の教育学者ドナルド・E・スーパーは1950年代に、キャリア=職業ではなく、人生の様々な場面におけるライフロールの組み合わせであると指摘し、ライフロールの重なり合いをライフキャリアレインボーとして提示した。過去と比べると、今日の日本社会では、働く人がより多様なライフロールを担う機会と必要性が高まっていると言えるだろう。

図表1 スーパーのライフキャリアレインボー ※クリックして拡大
図表1 スーパーのライフキャリアレインボー

(出所)ドナルド・E・スーパーらの"Life Roles, Values, and Careers: International Findings of the Work Importance Study"を参考に作成。

働く人の多くは既にマルチロール

仕事とそれ以外の役割を担うことについて、日本では「仕事と育児」「仕事と介護」など、個別の事情を抱える人を特別な人と位置づけ、その人が抱える問題にフォーカスして支援のあり方が検討されることが多かった。

しかし働く人を取り巻く環境が大きく変化するなかでは、仕事以外に何らかの役割を担う人はすでに特別ではなく、むしろ大勢を占めている可能性がある。さらに個人が担う役割も2つに限らず、より多くの役割を組み合わせることが一般化している可能性がある。それにもかかわらず、働く人の間でどのくらいマルチロールが一般化しているのか、それがどのような背景によっており、個人のライフキャリアとどう関わるのかに関する知見は十分示されていない。

そこで、2023年11月にリクルートワークス研究所が行った「ワークス1万人調査」の結果を用いて、就業者全体および正社員のみについて、現在担っている役割の数を図表2に示した。ここでは、ある程度共通の認識を持って役割をカウントできるよう、本業、副業、育児、介護・看護、地域・ボランティア・自治、学業(通学または継続的な自宅学習)の6つを対象とした。

ここからわかるのは、就業者、正社員いずれにおいても、大多数が2つ以上の役割を担っているということだ。自分が担っているのは仕事のみであると認識する人は約2割にとどまる一方で、3つ以上の役割を担う人は約半数を占めていた。

既に日本は多くの人が複数の大切な役割を担うマルチロール社会になっており、これを前提としたライフキャリアの設計や企業のマネジメントが必要になっていると言えるだろう

図表2 就業者・正社員の担う役割数別構成比(%)
図表2 就業者・正社員の担う役割数別構成比(%)

(注)役割は本業、副業、育児、介護・看護、地域・ボランティア・自治、学業(通学または継続的な自宅学習)の6つ。ここでの集計は現在働いている人を対象としているため、役割は最低1となる。

特定の世代でマルチロールの人が多いわけではない

育児や介護の役割を担うことが多い年齢階級では、担う役割数も多くなることが予想される。そこで図表3のとおり、性・年齢階級別に担っている役割数を見た。ここで3つ以上の役割を担う人の割合に着目すると、年齢階級別には30~40代でやや高い傾向が見られたほか、20代では男性で役割を6つ担うと回答した人の多さが目立った。また、同じ割合を性別に確認すると、男性でより高い傾向が見られたが、これは女性で育児や介護・看護の負担が大きく、他の役割を担う余白が少なくなりやすいことを反映している可能性がある。しかし図表3からは、30~40代に限らず、全ての性別・年齢階級で仕事以外に重要な役割を担う人が多数を占めていることも見て取れる。つまりマルチロールは特定の年齢階級の状況ではなく、働く人に広く共通の状況と言えるのである。

図表3 性・年齢階級別に見た役割数(就業者、正社員)
図表3 性・年齢階級別に見た役割数(就業者、正社員)(注)四捨五入の関係で合計が100とならない場合がある。役割は本業、副業、育児、介護・看護、地域・ボランティア・自治、学業(通学または継続的な自宅学習)の6つ。ここでの集計は現在働いている人を対象としているため、役割は最低1となる。

マルチロールはライフキャリアの充実とどう関わるのか

働く人が担う役割の多寡は、生活満足、仕事展望、疲労・ストレスといったライフキャリアの充実と、どう関係するのだろうか。以下では条件をできるだけ揃えるために、正社員だけのデータで見ていくこととする。生活満足は主に今の生活全般や人生、家族・家庭の状況への満足や幸福感に関する設問より作成したスコアで、仕事展望は現在の仕事への満足感に加え、仕事のレベルアップの実感や将来の仕事における自己イメージの獲得、将来の仕事の可能性を考えることに関する設問より作成したものである。それぞれのスコアの詳細な作成方法は注で説明する(※1)。

正社員の担う役割数と生活満足、仕事展望、疲労・ストレスの関係を示したものが図表4~5である。まず図表4より、役割数と生活満足の関係を黄色の棒グラフでみると、役割数が1つに対し、2つ以上で生活満足が高まるが、役割が5つ以上になると低下している。役割が多すぎる場合に、生活満足が低下していることは実感にもあう。

次に、役割数と仕事展望の関係を、青色の棒グラフでみると、役割数が1つに対し2つ以上で、緩やかに仕事展望が高まる傾向が見られた(※2) 。この背景には仕事以外の役割での経験が仕事にポジティブな影響を与えたり、仕事以外の役割を通じて仕事のありがたみを再確認したりする経路が考えられる。ただし、役割が6つになると仕事展望はやや低下している。

最後に、図表5より役割数と疲労・ストレススコアの関係を見ると、役割が1に対し3つまではスコアは上昇しないものの、4つ以上で明確に上昇する傾向が確認された。

図表4 役割数と生活満足・仕事展望
図表4 役割数と生活満足・仕事展望

(注)生活満足は「現在、あなたは生活全般について、満足している」「現在、あなたは幸せである」「あなたはこれまでの人生について、満足している」「現在、あなたは家族や家庭の状況について、満足している」の4つの項目について、「1.あてはまる~5.あてはまらない」の5段階で尋ねた結果を、仕事展望は「現在、あなたは今の仕事に満足している」「私が担当している仕事はだんだんレベルアップしていると感じる」「私は将来の仕事における自分をイメージできる」「私は将来の仕事で、どのような可能性があるかを考えている」の4つの項目について、「1.あてはまる~5.あてはまらない」の5段階で尋ねた結果を、該当時に数値が大きくなるよう逆転処理し、平均した値。文字の文章が入ります。

図表5 役割数と疲労・ストレス
図表5 役割数と疲労・ストレス

(注)疲労・ストレスは「非常に疲れやすい」「不眠のために困っている」「ひどくめまいがして困っている」の3つの項目について、「あまりそう思わない」「ある程度そう思う」「常にそう思う」の3段階で尋ねた結果の平均値。

働く人がライフ全体で納得感を持って生きるためには、役割のマネジメントが必要だ

これまで見てきたように、仕事以外に重要な役割を担うことはライフキャリアにポジティブな影響を及ぼす可能性があるが、だからといって役割が多いほど良いというものではない。つまるところは、自分のライフキャリアの充実にとって望ましい役割の担い方を模索することが重要なのだろう。働く人がライフキャリア全体で満足感を持って生きるためには、自分が担っている役割の組み合わせをどうしたいのかを考え、調整していくようなマネジメントの観点が必要である。

問題は、働く個人が、多様な役割をその時々の希望や必要に応じて選択し、望ましい組み合わせとしていくプロセスを踏めていない可能性である。図表6は、2020年にリクルートワークス研究所が行った調査(「働く人の共助・公助に関する意識調査」)より、家庭生活、仕事、学び活動、地域・市民活動、個人活動の5つの領域での時間配分への満足度や5年後に時間配分の希望が実現している見通しを尋ねた結果を見たものだ。これによると、現在の役割・活動の組み合わせに満足している人は約3割にとどまり、5年後に希望の時間配分を実現していると考える人もまた約3割であった。根強い性別役割分業意識や仕事にフルコミットすることを求められがちな正社員の働き方、義務的要素が強い地域活動の存在などにより、個人が希望する役割を担い難くなったり、逆に役割過剰になったりしていると考えられる。

図表6 ふだんの生活における時間配分の満足度と5年後における時間配分の希望が実現する見通し ※クリックして拡大
図表6 ふだんの生活における時間配分の満足度と5年後における時間配分の希望が実現する見通

マルチロールを考えることは、ライフキャリアの充実戦略を考えること

本稿で見てきたように、今日の社会において、働く人の多くはマルチロールを担っており、だからこそ多様な役割にどう向きあえばライフキャリアの充実を図れるかを自分で考えることが大事になっている。

しかし、個人が担う役割の背景には、本人の希望だけでなく、必要に迫られるなど複雑な要因がありうる。そのような多様性を理解する人は、働く人の担う多重役割とライフキャリアの関係をより鮮明に示してくれるだろう。そこで次回は、マルチロールの背景となる個人の意識や状況別に、役割の多寡と生活満足や仕事展望、疲労・ストレスの関わりを見ていくこととする。

執筆:大嶋寧子

(※1)生活満足は「現在、あなたは生活全般について、満足している」「現在、あなたは幸せである」「あなたはこれまでの人生について、満足している」「現在、あなたは家族や家庭の状況について、満足している」の4つの項目について、「1.あてはまる~5.あてはまらない」の5段階で尋ねた結果を、仕事展望は「現在、あなたは今の仕事に満足している」「私が担当している仕事はだんだんレベルアップしていると感じる」「私は将来の仕事における自分をイメージできる」「私は将来の仕事で、どのような可能性があるかを考えている」の4つの項目について、「1.あてはまる~5.あてはまらない」の5段階で尋ねた結果を、該当時に数値が大きくなるよう逆転処理し、平均した値。疲労・ストレスは、「非常に疲れやすい」「不眠のために困っている」「ひどくめまいがして困っている」の3つの項目について、「あまりそう思わない」「ある程度そう思う」「常にそう思う」の3段階のリカード尺度で尋ねた結果の平均値として求めた。
(※2)役割が複数かどうかでt検定を行ったところ、両者で平均値に有意な差があること、特に役割数が1のグループの平均値が複数のグループの平均値よりも有意に低いことが示された