新しいキャリア論の“仮説”たち人生における重要な選択のタイミング

選択することの重さ

野球経験を全く持たない子どもと大人が、大谷翔平選手のようになりたいと願っても、それを叶えることの困難さは異なる。子どもであれば選択の可能性に満ちているが、既に人と環境の相互作用を受けながら時が流れ、交流や行動の範囲がある程度固定されている大人は、選択の可能性が限られている。未来は選択という意思決定の積み重ねの先に存在するが、積み重ねられた意思決定がある程度の未来を決めてしまう側面もある。

それでも、人生では様々な選択という意思決定に迫られる。納得して選択したことや選択しなかったことが、後になって苦々しくなることもあれば、仕方なく選んだことや選ばなかったことが、後になってよい結果をもたらすことがあるなど、どんな選択にも二面性がある。いずれであっても、一人ひとりの人生はその人自身のものなので、選択の結果を引き受けて、次の行動の前提とせざるをえない。そうであるがために、失敗を恐れたり、不安を感じたりして、理由をつけて選択しないようにしていることはないだろうか。

本プロジェクトは、これからの職業人生を豊かに過ごすための「補助線」をエビデンスで提示することを目的にしている。将来に生じる可能性のある選択を理解し、準備しておくことは、職業人生を豊かに過ごすことに資する。そこで、本研究では、既に選択を経験した先人の人生で最も影響が大きかった意思決定に着目する。選択にあふれる人生においては、年を重ねるごとに、人生において最も影響が大きかったと感じる意思決定も変化すると考えられる。年代によって重要な意思決定の内容やタイミングをどのように捉えているのかを明らかにしたい。

最も影響が大きかった意思決定のタイミング

本プロジェクトに先立ち、キャリアの実態を把握して仮説を構築するためのプレ調査(※1)を実施した。同調査では、「あなたの人生において、その後のご自身の生活に大きな影響が生じた意思決定について伺います。その意思決定は何歳ごろのどのようなものでしたか」という形で、人生における重要な意思決定を自由記述形式で、その意思決定の年代を「~10代ごろ」から「60代後半ごろ」までの11段階の選択肢から回答を得た。その回答を回答者の年齢別に集計すると、以下の図表のとおりとなる。

図表 人生で最も影響が大きかった意思決定をしたときの年代(n=560

図表 人生で最も影響が大きかった意思決定をしたときの年代(n=560)(注)プレ調査において「あなたの人生において、その後のご自身の生活に大きな影響が生じた意思決定について伺います。その意思決定は何歳ごろのどのようなものでしたか」との質問に回答した715サンプルのうち、同調査における5つの自由記述回答の3項目以上について「特になし」と回答しているサンプルを除く560サンプルを有効回答として分析している。

合計に注目すると、人生で最も影響が大きかった意思決定のタイミングは、「~10代ごろ」から「20代後半ごろ」までに集中しており、これらの意思決定の内容は、進学、就職、結婚に関することが多くあった。ミドルやシニアにおいても、最も影響が大きかった意思決定のタイミングはこれらの年代であったとする回答が多い。先人の振り返りに着目しても、この年代は人生を左右する重要な意思決定が多い年代であると言える。

しかし、年代が上がるにつれて、重要な意思決定のタイミングを「~10代ごろ」や「20代前半ごろ」と回答する割合は減少し、広く分散するようになる。ミドルやシニアほど、人生における意思決定の機会が多くあると考えられるので、各年代別に、最も影響が大きかった意思決定のタイミングに着目する必要がある。30代では「30代前半ごろ」とする回答割合も多くあり、40代では「30代前半ごろ」や「30代後半ごろ」とする回答割合も多くある。また、50代では「30代後半ごろ」や「40代後半ごろ」とする回答割合が多くあり、60代では様々なタイミングに広く分散している。つまり、先人の振り返りからは、どのタイミングにあっても、人生において影響が大きい意思決定に直面する可能性があることが示唆される。

また、ミドルやシニアにおける最も影響が大きかった意思決定の内容は、若い人と比較して、進学、就職、結婚とする回答が減り、離退職、転職に関する回答が増える傾向にある。シニアにおいては、定年退職や再就職に関する回答も見られた。最も影響が大きかった意思決定の内容は、年を重ねるごとに多様になる。

先人の振り返りに学ぶ

今回のプレ調査では、10代から20代後半ごろまでの意思決定が、人生において最も大きな影響を及ぼしていることが確認できた。一方で、人生において最も影響が大きかった意思決定はどのようなタイミングでも生じうるものであり、意思決定の内容は年と共に増えることも確認できた。先人の振り返りからは、10代から20代後半ごろまでの意思決定が人生において大きな意味を持つが、必ずしもこの時期の意思決定だけで人生が大きく左右されてしまうわけではないことがわかる。

サンプル数の限界から、これらの意思決定を各年代がどのように認識しているのかについては、十分な分析ができていない。各年代において、意思決定を積み重ねてきた人たちがこれまでの人生を振り返ったとき、何が人生に最も影響していると捉え、その結果をどのように受け止めているのだろうか。

先人が経験した意思決定は、当時の社会や経済の影響を受けているので、未来において全く同じような意思決定の機会に遭遇するものではない。しかし、未来に向けて、先人が経験した意思決定と類似する機会に直面することはないと言い切ることも難しい。将来に直面する可能性のある選択に備えて、各年代で生じうる大きな意思決定を明らかにし、その意味や効果を解明することは、後進が職業人生を豊かに過ごすための補助線となることが期待できる。今後の研究では、各年代の振り返りに着目して、その補助線を紹介していきたい。

執筆:橋本賢二

(※1)「キャリアに関する実態プレ調査」。2023719日~721日、インターネット調査。サンプルサイズ1414。性別・年代・就業形態によって均等割付を行い回収した。