覧古考新 選考基準の「思い込み」を再考する中途採用のタイミングを、社内変革の後にした理由(山岸製作所)

株式会社山岸製作所 山岸晋作氏山岸製作所は石川県金沢市で、家具やインテリア用品の販売を手掛けている企業だ。以前は机や椅子などをつくって販売する「モノ売りの企業」だったが、新社長が就任した2010年以降はビジネスモデルをガラリと変えて、新しい働き方を提案する「コト売りの企業」へと脱皮した。
変革の推進を中途採用者に期待する企業もあるなか、同社のビジネスモデル変革は、まず社員が担い、その後、事業拡大に伴って中途採用を始めている。まず自らが変わり、転職希望者から選ばれる企業になるまでの取り組みについて、代表取締役を務める山岸晋作氏に聞いた。

オフィスをショールーム化して新たな働き方を提案

──山岸製作所は1936年に創業されたそうですね。

山岸 元々は私の曾祖父が小さな木工所として創業した会社で、高度成長期以降はオフィス家具や家庭向けインテリア家具の販売業にも乗り出しました。それからは長らく、木工家具製造、オフィス家具販売、インテリア家具販売の3事業が収益の柱でした。

──2010年、山岸さんは社長に就任しましたがどんな状況でしたか。

山岸 入社した2004年から赤字続きでしたが、社長就任初年度に製造部門の赤字が膨らんで会社は債務超過に陥り、私はやむなく製造部門を閉鎖しました。創業時から手掛けていたものづくり事業を手放すこと、そして何十人もの職人さんに辞めていただくことは本当に辛く、胸が張り裂けそうでした。しかし、ここで行動しなければ会社自体がなくなると考え、決断しました。

──そこからは、オフィス家具とインテリア家具の販売業に集中したのですね。

山岸 そうです。両部門は黒字だったとはいえ、決して楽観できる状況ではありませんでした。利益を上げるためには、外から仕入れた家具に付加価値をつけなければなりません。そこで当社は、単に家具を売るのではなく、家具を使った働き方や暮らし方を提案する方針に切り替えました。いわゆる「コト売り」の会社になることで、価格競争から抜け出し、付加価値の高いビジネスをしようと考えたわけです。

──コト売り企業に変わるため、何をしたのですか。

山岸 まずは、当社が普段使っているオフィスをショールームにする「ライブオフィス化」を進めました。私たち自身が新スタイルのオフィスで新たな働き方をしている姿をお客さまに見せることで、地域の中小企業に「こうすると業務効率が高まるし仕事も楽しくなるよ」と提案したのです。その第一歩として取り組んだ社内改革が、各メンバーの席を固定せず、社内のどこででも働ける「フリーアドレス」の導入です。

──フリーアドレスの導入は、山岸さんが提案したことですか。

山岸 いいえ、オフィス家具部門で働く社員が提案してくれました。オフィスをショールームにして新しい働き方を提案するやり方も社員から出たアイデアです。私は率先して旗を振ることが役割で、旗の色やデザインを決めるのは社員です。私はコト売りへの変化を決めましたが、オフィスのショールーム化や新たな働き方の導入などの中身については細かく口出しせず、具体的な進め方は社員の自主性に委ねました。

──それからも、新しい働き方を次々と取り入れていったのですね。

山岸 クラウド上でさまざまなファイルを共有する、勤怠管理や書類の承認などをクラウドサービス上で済ませる、商談をオンラインで行う、フレックス制を導入するなどの取り組みを進めました。ですから新型コロナウイルスの感染拡大が始まった後も、すぐに全員が在宅勤務に切り替わり、問題なく業務を継続できました。

──山岸製作所には中高年層の社員もいると思いますが、新しい働き方やデジタル化に戸惑う人はいなかったのですか。

山岸 そこは大丈夫でした。改革を一気に進めたらついていけない人が現れたかもしれませんが、当社ではデジタル化をひとつずつ、順を追って進めるように心がけました。

手持ちの経営資源で成果を出し既存社員に還元

──社内の改革を進めるなかで、新たな人材を採用しましたか。

山岸 社長に就任してから10年ほどは、残った社員だけで頑張ってきました。やみくもに人を入れ替えるのではなく、今、社内にいる人材に輝いてもらうことを大事にしてきました。

──改革を加速するため、外から人材を採用して組織に新たな風を吹き込みたいとは思わなかったのですか。

山岸 先ほどお話ししたように、私には製造部門を閉鎖してたくさんの職人さんを解雇した苦い経験があります。その後すぐに新たな人材を採用することは、私にはとてもできませんでした。また、私が社長に就任してから、社員の皆さんには生産性を高めるために頑張ってもらいました。そんななかで新たな社員を入れると、社員たちが「私たちの頑張りはムダだったのか……」と感じるかもしれないという危惧もありましたね。

──2~3年くらい前から中途採用に本腰を入れ始めたそうですね。

山岸 中途採用に向かう前に、まずは手元にある経営資源で成果を出す。そして、努力してきた社員に、ボーナスなどの形できちんと還元する。これが経営者の手腕だと考えています。生産性が上がり業績も上向きになったことで、当社は石川県だけでなく、北陸三県などでも事業を展開することになりました。しかし、実現のためには人材が足りず、外から人材を招いて戦力を増やす必要がありました。頑張ってきた社員には、経営規模が大きくなれば、中途採用で社員を増やしても待遇が改善できるとメッセージを出して、理解を得ています。

変革の社風がある企業に新時代に対応できる人材が集まる

──中途採用でテレワークなどの新たな働き方に魅力を感じて応募する人は多いですか。

山岸 何らかの事情があり、通勤してフルタイムで働くことが難しい人は、世の中にたくさんいます。そういう人たちは時間に対する考え方がシビアなので、この制度なら自分は絶対に活躍できるからぜひ働きたいという気持ちが伝わってきます。たとえば先日は、技術力がとても高く、家庭の都合でテレワークを希望していた人が、大手企業と競合した末に当社に入社してくれました。
こういう方たちが仕事をして活躍できれば、世の中のためにもなるし、金沢を盛り上げることにもつながると思います。

──新たな人材と長年勤めてきた社員との関係は良好ですか。

山岸 特に問題は出ていません。むしろ、同じメンバーで長年仕事をしてきましたから、マンネリ感を打ち破ってほしいと期待している社員が多いです。組織に新風を吹き込むのに、タイミングとやり方は重要です。良い時期を見計らって、社員を大事にしながら採用活動をしなければなりません。

──ビジネスモデルを変え、それに合うタイプの人材を採用するとき、何に注意すべきでしょうか。

山岸 当社では、当社の考え方に共感し、変化を望む人や変化に柔軟に対応できる人を求めています。求職者も企業をよくみているので、変革を起こそうと努力を重ね、さまざまな制度を整備している企業には、そうした社風に合った人材が集まります。
自分たちが変化していない企業が、変化を望む人材を求めても応募してくれません。そのため私たちは、今後も身を挺して、新たな働き方に取り組み続けなければならないと思っています。そういう実験を繰り返すことで、自立した働き方や自由に働ける喜びみたいなことが対価として出てくれば、数字以上のものが生まれてくれると思っています。

〈インタビューを終えて〉
DX(デジタルトランスフォーメーション)や需給構造の変化など、多くの企業がビジネスモデルの変革を迫られるなかで、今までにないスキルやノウハウを持つ人材は欠かせないだろう。先のコラムで紹介した森下仁丹は、中途採用者を組織に埋もれさせないために一気に10人の採用を行うことで組織横断的な改革を進めた。一方で、山岸製作所では、ビジネスモデルを変革し、自ら働き方を変えたうえで、変革後の組織に魅力を感じる人材の採用につなげた。変わろうとする意思だけではなく、自らが変わるという実践が、一緒に働きたくなる企業としての魅力を高めている。
この二社からの学びは、中途採用をするタイミングは一様ではないが、いずれにおいても、中途採用者が活躍できる土壌を整えることが重要ということだ。

聞き手:橋本賢二(研究員)
執筆:白谷輝英