覧古考新 選考基準の「思い込み」を再考する「採用方法への無自覚」を克服する―志望動機を聞く面接から、魅力を伝えてひきつける面接へ―(日本電気)

日本電気株式会社 大橋康子氏日本電気(NEC)は言わずと知れた、日本を代表する電機メーカーである。
かつてのNECでは新卒採用が中心で、キャリア採用者の比率は小さかった。しかし2021年度からは、新卒採用者とほぼ同数のキャリア採用者が入社している。採用方針を大転換した背景には、プロパー社員ばかりで多様性に欠ける社内カルチャーを変革しようという強い思いがあった。外部から人材を招き入れることで社内に「揺らぎ」をもたらし、硬直化した組織を融解させてイノベーションを加速しようというのが、NECの狙いなのだ。

中途採用自体がダイバーシティ

──2019年度までのNECは、キャリア採用をほとんどしていなかったそうですね。

大橋 その通りです。キャリア採用は離職者の補充という位置づけで、1年間のキャリア採用者数は20~30人程度にとどまっていました。

──ところが2020年度には、382人ものキャリア採用者を迎えた。なぜでしょうか。

大橋 経営陣を中心に、従来の企業カルチャーを変えたいという思いが強まったからです。
NECの採用活動はずっと、新卒採用が中心でした。NECカルチャーのなかで長年過ごしてきた社員が多数派だったため、あうんの呼吸で仕事を進められる点は長所だったかもしれません。反面、人材の多様性には欠けていて、新たな発想・視点を生かしてイノベーションを起こすことが難しくなっていました。また、市場がどんどんグローバル化していくにつれ、スピード感や実行力の不足が課題に上がるようになりました。
こうしたなか、NECの業績は右肩下がりに陥り、社内には危機感が高まっていたのです。それを打破するため、人事や採用に関する議題が経営会議でしばしば話し合われるようになりました。

──それはいつ頃のお話ですか。

大橋 人事に関わる議論が活発化になったのは、経営危機が深刻化していた2017年くらいからだと聞いています。そして2018年に「NECの文化を変える」という方針が打ち出されてからは、人事系のテーマが経営会議でさらに大きなウェイトを占めるようになりました。そして「状況を打開するには、外部人材を招き入れ社内カルチャーを変えるしかない」という認識が共有され、キャリア採用を増やす方針が固まったのです。

──2020年度以降も、キャリア採用は積極的に行っているのですね。

大橋 2020年度は新卒採用者が565人だったのに対し、キャリア採用者は382人でした。続く2021年度は新卒採用者655人に対し、キャリア採用者が619人。2022年度は新卒採用者595人に対し、キャリア採用者が596人となっています。2020年に発表した「2025中期経営計画」では、2025年までに新卒採用者と中途採用者の比率を1:1にする方針が打ち出されているのですが、前倒しで目標を達成した状況です。

応募者に自社の魅力を伝え「選ばれる企業」になる

──キャリア採用者を増やした際に、問題は起きましたか。

大橋 最初に生じたのは、面接官に関する問題でした。新卒者対象の面接と同じ感覚で、キャリア採用の応募者に志望動機を聞く面接官が数多くいたのです。
従来の日本企業では、会社が社員を異動させたり昇格させたりしてキャリア構築していくのが普通でした。しかし、ジョブ型雇用が広がっていくこれからの日本では、労働者が己のキャリアを会社任せにせず、自分自身で築き上げるやり方が一般的になるはずです。そのとき、キャリア採用の応募者は「この会社のこのポジションで働くと、私のキャリアにはどんなプラスがあるだろうか」「私が進みたいキャリアの方向性と、この企業の事業展開とは合っているだろうか」などの問題意識を持ちながら、面接を受けるでしょう。ここで面接官が行うべきことは、志望理由のヒアリングなどではありません。相手をアトラクト(魅了)する説明をして、自社を志望する動機を応募者にもたらすことが何より大切なのです。
たとえば、入社してくるに当たって、このポジションが持つミッションや、このポジションをやることでどんなキャリアが描けるのかとか、あなたが描きたいキャリアと我々が行きたい方向がいかに合致しているかなど。そういうアトラクト要素のあるような説明が全くできていませんでした。面接のなかで質問の時間を設けなかったりとか。「志望動機を言ってください。何でNECなんですか、その辺の志望動機弱いですよね」というやり方が通常でした。その志望動機をつくるのは面接官、あなたの仕事なんですよ、ということに全く意識が及んでいませんでした。

──その際に工夫したことはありますか。

大橋 面接官に強調したのが「エンプロイヤー・オブ・チョイス」、つまり「選ばれる企業」という考え方です。これからの企業は従業員を選ぶだけの側ではなく、従業員から選ばれる存在にもならなければいけないと繰り返し強調しました。優秀な人材を自社に招き入れるためには、応募者に選ばれる会社になることが必要なのです。そのあたりの意識を変えるために、1~2年はかかりました。

──キャリア採用者が急増したことでトラブルは生じなかったのでしょうか。

大橋 多くのキャリア採用者を受け入れる手順が整備されていなかったため、いろいろな混乱が起きました。たとえば2019年当時は、キャリア採用者の手元にPCが届くまで2週間もかかっていたのです。そこで2020年度には、オンボーディングのプロセスをすべて見直しました。現在は、入社直後のオリエンテーションが終わり現場に配属された時点で、PCはきちんと用意されていますし、チーム専用のシステムにも入れるようになっています。
キャリア採用者をフォローする仕組みも整えました。たとえば今は、オリエンテーション終了後、入社3カ月後、入社8カ月後の3回にわたってキャリア採用者からアンケートをとっています。そこでキャリア採用者からアラートが出たら、我々人事はもちろん、上司なども巻き込みながら対応しています。

「キャリアは自分でつくる」という価値観への転換

──キャリア採用者が増えたことで、既存社員にはどのような影響が出ていますか。

大橋 NECが社員に対し、「キャリアは自分でつくるもの」というメッセージを発信し始めたこともあり、既存社員のキャリア意識は大きく変わりつつあります。また、私たちも社員のキャリア形成を支援するためにさまざまな施策を始めました。
たとえば、2020年に創設された新会社「NECライフキャリア」です。同社には多様な業務経験と専門資格を併せ持つ社内キャリアアドバイザーが多数所属しており、キャリア構築に悩む社員に対して面談を行ったり、キャリア開発支援プログラムを提供したりしています。

──なかには、「キャリアは会社任せにしておけばいい」という意識から抜け出せない社員もいると思います。NECではそういう人にどう対応していますか。

大橋 キャリア観を大きく変えるのは大変です。社員のなかには数十年にわたる会社員生活を否定されたと感じ、変化を拒絶する人がいるかもしれません。それに対して私たちは、変わらないことが不利になること。同時に、変わることでメリットが得られることを伝えていきたいですね。

──具体的には、どのようなやり方をとっているのでしょうか。

大橋 価値観を変えることを拒否し、成果を出せなかった場合は評価が下がり、場合によっては降級・降格もあり得る。逆に、価値観を変えて成果を出せば高く評価される評価制度につくり替えました。
また、事業部ごとに配属されているHRBPと協力しながら、組織や評価の問題点を解消してもいます。これはHuman Resource Business Partnerを略したもので、各事業部に対して採用や育成の方法の改善策や、その事業部で必要なメンバーの人物像や人数などを提案する役割です。

競争の激しい管理職人材は将来性に着目して採用

──キャリア採用を増やしたとき、採用基準は変えたのでしょうか。

大橋 以前までは、出身大学や前職の勤め先、転職回数など細かい条件をたくさん挙げることが少なくありませんでした。でも、すべての要望をかなえる人材は、転職市場ではなかなか確保できません。そこで管理職の皆さんと協力しながら、求める人材像の条件を徐々に緩めていったのです。また、即戦力の人材だけでなく、3年後に事業部を担えるようになる人材を採用しようとも提案しました。

──脂ののった人材を採用できればベストですが、どうしても競争は激しくなります。3年後の成長を見越して人材を採用する方針は、とても面白いですね。

大橋 他の会社で美しい花を咲かせていた人材が、転職した瞬間、しおれてしまうことだって珍しくありません。逆につぼみの状態だった人材が大輪の花を咲かせることも可能でしょう。人は環境に左右されますから、管理職には、適切な環境を整え良い教育を施すことが求められます。

──NECでは、DX(デジタルトランスフォーメーション)領域のコンサルティングなど新たな事業体を生み出しているようですね。こうした部門の採用はどのように進めていますか。

大橋 DX事業では、外部からリーダーや核となるメンバーを一気にキャリア採用して、そこからチームをつくっていきました。リーダーが動かしやすい組織にするため、リーダーの人脈から多くのメンバーを呼び寄せてもらいました。ただし、それだけではNECの内部ルールがわからずに混乱することもありますので、社内公募などで社内からもメンバーを集め、新組織とNECの人材を融合させようとしています。

──管理職、なかでも女性管理職のキャリア採用についてはどのような状況でしょうか。

大橋 世の中を見渡してみても女性管理職の比率は、男性に比べてずっと低いのが現状です。そのため、採用の難度はきわめて高いです。そこで先ほども触れたように、将来マネジャー役を担える人材を採用し、育成することを目指しています。

──最後に、キャリア採用を増やしたことで、NECにはどのような変化が表れていますか。

大橋 これまでのNECには、「社内でしか通用しない常識」が数多く存在していました。しかしキャリア採用を増やし、外部の価値観が入ってきたことで、必ずしも自社のやり方だけではないのだと気づけたと思います。そうして社内に「揺らぎ」が生まれたことで、凝り固まった組織が融解している手応えがあります。それが、将来の変革を加速してくれるのではないかと期待しています。

〈インタビューを終えて〉
中途採用によって新しい風を入れたいのに、自社への理解度を試すような志望動機を聞いたり、出身大学や転職回数といったこれまでの採用基準を踏襲してしまう。そのことで結局、現在の自社を好きな人や、従来と同じような人を採用してしまっていることに、無自覚な企業もいるかもしれない。NECはこれまでの採用方法を見直し、応募者から選ばれる採用に舵を切った。多様な人材を採用することは、これまでの採用方法を見直すことから始まる。

聞き手:千野翔平(研究員)
執筆:白谷輝英