覧古考新 選考基準の「思い込み」を再考する「うちの業界では難しそう」を克服する ― ダイバーシティの徹底で、社員の活躍とイノベーションを生み出す ―(大橋運輸)

大橋運輸株式会社 代表取締役社長 鍋嶋洋行氏大橋運輸は愛知県瀬戸市で事業を営む運送会社。陶磁器や自動車パーツなどを運ぶ法人向けサービスが事業の柱だが、現在では遺品整理や引っ越しといった個人向けサービスにも進出している。
同社は2000年代後半から、従業員満足度の向上に向け本腰を入れ始めた。その後はダイバーシティ経営にも取り組み、女性、外国人、障がい者、LGBTQなどの人材も積極採用している。多様な人材の採用を進める背景と、彼ら彼女らが働きやすい環境を提供するため努力を重ねる理由について、代表取締役社長の鍋嶋洋行氏に聞いた。

脱下請けで利益を増やし、従業員の待遇改善を目指した

──鍋嶋さんが入社した1998年当時、大橋運輸はどんな状況でしたか。

鍋嶋 業績は悪化していて、6期連続の赤字でした。背景にあったのは規制緩和で、運送業を手掛ける企業が増えて価格競争が厳しくなっていたのです。また、当時は仕事の約8割が下請け業務だったため、利益を出しにくい状況でもありました。その結果、従業員の待遇も良くできず、社内の雰囲気は悪くなる一方でした。そこで、当社の未来を切り開くため、業務の付加価値を高めなければと感じていました。

──付加価値向上のため、どんな取り組みをしたのですか。

鍋嶋 最初に手をつけたのは、「当たり前のことを当たり前にやる」ことでした。運送担当者が身だしなみを整えて気持ちの良いあいさつをする、物品をきれいな状態で届ける、安全確認をしっかりやる……。これらをおろそかにする運送業者は少なくありませんでしたから、基本を徹底するだけで差別化が図れると思いました。
運送業にとって付加価値の源泉は、トラックではなく人。仕事をきちんとこなせる人を育てれば、付加価値を高めて利益を増やし、従業員の待遇改善につなげられると考えました。

──鍋嶋さんが基本の徹底を呼びかけたことで、従業員の意識は変わりましたか。

鍋嶋 いいえ、すぐには変わりませんでした。
当時、従業員から給料を増やしてほしいと言われたことがあります。私は、「かごに乱暴に積み重ねられた500円の果物も、きれいな箱に整然とそろえて入れたら3000円で売れる。だからまずは、お客さまに気持ちよく物品を受け取っていただけるよう頑張ろう。そうしてお客さまから信頼を得られれば当社の付加価値は高まり、いずれ給料も上げられるよ」と答えました。私は「よし、全従業員で協力しよう!」という反応を期待したのですが、戻ってきたのは「お金をくれるならやりますけどね……」というつれない返事。社員の意識を変えることはできず、自分の無力さを感じ、帰宅しました。お風呂で無意識に涙が出ていることに気が付きました。

──それでも鍋嶋さんは諦めず、社内の空気を変えようとされたのですね。どのようにして改革を進めたのでしょうか。

鍋嶋 高い付加価値が出せそうな案件に集中する方針に切り替えたとき、従業員には、「今後は下請け仕事を減らして利益率の高い仕事を増やす。短期的に売り上げは減っても、そのほうが会社の成長につながる」と何回も伝えました。社員にいつも言っていますが、まず事業が伸びてからお金がついてくるので、未来のイメージでみんなの役割を高めようと言い続けています。
今の若い人たちの考え方は、とてもしっかりしています。ビジネスモデルが劣化している企業からは優秀な人材は逃げ出しますし、将来の見込みがありそうな企業なら頑張って働いてくれます。脱下請けを鮮明に打ち出したことで、社内の雰囲気は変わっていきました。

ダイバーシティの価値を従業員に繰り返し説明

──大橋運輸は2011年から女性活用に取り組み始めたそうですね。女性に続いて、外国人、障がい者、LGBTQなどの人材を積極的に採用されていますが、なぜ多様な人材を採用しているのですか。

鍋嶋 当社は従業員数100人ほどの中小企業です。若くてやる気と体力のある従業員を採用したいと思っても、大手運送会社や他業界の大企業と人材獲得競争をしたら、とても太刀打ちはできません。ですから、あえて他社とダブらない人材を採用し、戦力化する道を選んだわけです。

──多様な人材が活躍できる環境を整えるため、どんな手を打ちましたか。

鍋嶋 たとえば子育て中の女性に対しては、子どもの急な病気などで突発的な勤務時間・勤務日変更にも柔軟に対応できる体制を整えたりしています。従業員には、ダイバーシティは当社にとって欠かせない取り組みだと繰り返し強調し続けています。
短時間勤務の女性を管理職に据えたとき、「早く帰る人がなぜ管理職なのか」と一部の社員から反発されたことがあります。私は、短時間勤務でも優秀な人は評価されること、そして、フルタイムで働く人の仕事を分割して複数人でこなせるようにすれば、優秀な人材を確保して企業の成長につなげられることを説明し、納得してもらいました。大切なことは根気よく説き続ければ、こちらの真剣な思いが従業員側にも伝わると感じました。

──現在、女性や外国人などの従業員はどの程度いますか。

鍋嶋 運送会社というと男性が多く働いているイメージがあると思いますが、当社では女性従業員が2割を占めています。また、外国籍の従業員や障がいのある従業員も数多く在籍していますし、LGBTQ人材も活躍しています。今の当社にとって、彼ら彼女らは特別な存在ではありません。社内に左利きの人がいても誰も気にしないのと同様に、普通に「メンバー」だと捉えています。

──多様な人材を受け入れることで、周囲にどんな影響があったのでしょうか。

鍋嶋 上司や同僚は、障がいのある人や日本語が上手ではない外国人の「できないことではなく、できることに目を向ける」と仕事の幅が広がります。このとき大切なのが、仕事に社員を当てはめるのではなく、その人に合った仕事を用意する姿勢です。こうして知恵を絞ることで従業員は成長できていると感じますし、互いにカバーし合うことで社内のチームワーク向上にも役立っています。
ダイバーシティは、予算をかければ実現できるというものではありません。強い思いと地道な取り組みこそが不可欠です。

自社のビジョンに共感しているかどうか、採用時に確認

──ダイバーシティや地域課題の解決といった経営方針を強く打ち出したことで、大橋運輸の採用に変化はありましたか。

鍋嶋 良い影響が出ています。私たちのような中小規模の運送会社は、新卒採用をしようとしてもなかなか応募がありません。ところが当社は今、5年連続で新卒者を採用できています。しかも、当社のポリシーに共感したり働きやすい環境にひかれたりした人が、他の都道府県からも応募してくれるのです。非常にありがたいことだと感じますね。

──となると、ダイバーシティに乗り出したことは大成功だったのですね。

鍋嶋 そう思います。女性なども存分に活躍できる、地域課題を解決して働きがいを感じられるなどとアピールすることで、当社は専門性を持っている人も含めて優秀で仕事への熱意にあふれた人材を獲得できています。また、子育て中の女性のように、優秀だが活躍の場がなかった人材を獲得できたのも大きかったです。
イノベーションを起こすためにもダイバーシティは必須です。社内に均一な従業員しかいなければ、新たな発想でサービスを生み出すことなどできませんから。

──人材を採用する際に何を重視していますか。

鍋嶋 学歴や職歴より、その人が仕事を通じて実現したいことは何かという点を大事にします。
当社は現在、地域課題を解決するビジネスに注力しています。たとえば遺品整理や生前整理(高齢者が元気なうちに持ち物を処分すること)はダイバーシティに取り組むからこそ生まれたビジネスですが、単にものを片付けるだけのサービスではなく、高齢者のケガ防止や震災対策といった課題の解決も目指しています。そういった仕事に関心を持つ人を採用することで、当社はミスマッチを防ごうとしています。
ここ数年、当社の思いに共感してくれる入社者は増えました。ケアマネジャーや管理栄養士などの資格やスキルを持ち、課題解決に役立てる従業員も多くなっています。反対に、既存の従業員が仕事に活かそうと資格を取るケースも増えていて、嬉しく感じています。

中小企業はダイバーシティに今すぐ取り組むべし

──鍋嶋さんは今後、大橋運輸をどんな方向に導きたいですか。

鍋嶋 今は「世界から注目される魅力ある中小企業」を目指しています。当社の働きやすさや、仕事で得られる楽しさが広く知られ、国内外のさまざまな場所から人材が集まってくれたら嬉しいですね。そうして社内がさらに多様化すれば、より付加価値の高いビジネスを提供できるのではないでしょうか。

──ただ、中小企業が広いエリアから人材を集めるのは難しくないのでしょうか。

鍋嶋 そうは思いません。私は中小企業にこそ、世界から人材を集めるチャンスがあると考えています。会社の規模が小さいほど小回りが利き、ダイバーシティなどで思い切った手を打ちやすいからです。また、中小企業は地域と密接な関係を築きやすいので、地域課題をいち早く発見して解決に導ける点も有利です。
現に当社では、県外からもたくさんの応募者が集まっています。また、誰もが知っているような大手企業から研修の依頼を受けるなど、当社への注目は着実に高まっていると感じています。

──なるほど、大手企業からもそうした依頼があるのですね。

鍋嶋 はい。ただ残念なことに、中小企業からの反応は芳しくないので、私としてはさびしいですね。
これから先、国内の労働者人口はどんどん減っていきます。当然、企業の採用活動も大きな影響を受けるでしょう。そして人が全く採れなくなったとき、慌ててダイバーシティなどを始めても遅いのです。こうした取り組みに着手し、社内の雰囲気が変わるまでには5~10年はかかりますから。
中小企業はダイバーシティや従業員の働きやすい環境の整備などに、今すぐ、本気で取り組むべきでしょう。逆に言えば、すぐにでも取り組むことで社内にイノベーションを起こし、生まれ変われるチャンスが得られます。

〈インタビューを終えて〉
うちの業界は男性が向いているとか、この仕事はフルタイムにしか務まらないというのはただの思い込みかもしれない。大橋運輸では、強い信念と長い時間をかけて、一人ひとりの特性をフラットに捉えられる雰囲気を組織に定着させてきた。今では男性に限らず、女性や障がい者、LGBTQなど多様な人材が活躍し、新たなビジネスモデルの芽も育ってきた。これは大橋運輸だからできた特別なことではないだろう。業界や仕事に抱いている思い込みは乗り越えられる。

聞き手:橋本賢二(研究員)
執筆:白谷輝英