メンタルヘルスと「やりたいこと」からより良いマッチングを考える就活生のメンタルヘルス。「やりたいこと探し」とその不安

見落とされてきた就活とメンタルヘルスの問題

就職活動は学生にとって人生の重要な決断を迫られるイベントであり、そのストレスフルな側面が以前から指摘されてきた (1)。一方で学生をはじめとした、就活に関わる人たちの負担やストレスに対する検討はあまりなされてこなかった (2)。さらに昨今、「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」(以降、産学協議会)で議論されている内容も、時期やスケジュール、インターンシップ、ジョブ型採用など、制度や運用に関するものが中心となっている (3)。

つまりこれまで、就活とメンタルヘルスに関する議論は見落とされてきた可能性がある。メンタルヘルスはその性質上、それ自体が重要なテーマといえる。加えて将来にわたる若年労働力の減少が確定的な状況において、就活生が健全な状態で社会に踏み出せるよう取り組むことは、就活生、企業双方にとって有益だと考えられる。

変化をとらえ、就活とメンタルヘルスの関係を見直したい

就活とメンタルヘルスの関連はこれまで、就職不安 (4) や就職活動ストレス (5) などの概念で研究されてきた。例えば藤井 (4) は、女子学生は男子学生と比べて就職率が低い(※1) といった、女子学生の就職難を背景に、就職不安の構造を分析した。また、比較的最近の研究には就職活動や職業選択の不安 (6,7) を検討したものがあり、これらは 2000 年代後半の就活生を対象にしている。この時期は、1990 年代後半に新卒就職市場が縮小した影響で、非正規雇用された人たちが年長フリーターとなったことなどを背景に、若年雇用が社会問題化した時期と重なる (8)(※2) 。

このように先行研究を概観すると、国内での就活とメンタルヘルスの研究は、就活生や若者を取り巻く環境の変化やその厳しさと密接に関係していることがわかる。

産学協議会での就活のあり方に関する議論や、ジョブ型雇用・採用への機運の高まりは、就活生を取り巻く環境を大きく変える可能性がある。例えば、仕事に人が割り当てられる本来的なジョブ型雇用に移行した場合、経験やスキルが相対的に低い就活生にとって就職競争はより厳しいものになるだろう(※3)。また、インターンシップを含む就活の多様化は選択肢を増やす反面、高い自律を学生に求めることになる。

このような変化の時期だからこそ、就活とメンタルヘルスの関係を改めて検討し、教育から職業への健全な移行に関する議論の基礎を構築しておく必要があると考える。そこでまずは、就活への不安や就活生のメンタルヘルス、それに影響を及ぼす要因に関する調査・分析の結果から見ていきたい。

就活への不安と就活後のメンタルヘルス

調査対象はインターネットモニター会社に登録された 2023 年卒の就活生(学部 4 年、修士 2 年以上)であり、分析対象は 1,078 人となった。本調査は 2022 年 11 月上旬に実施した。

まず、図1 で就職活動の不安スコアを示した。山型のグラフはスコアの分布であり、山が高い部分に多くの人が含まれる。また、山の下にある数値は平均と標準偏差(データのばらつき)であり、平均 ± 標準偏差を示す点とひげ線で約 68% の人が含まれる範囲を表現した。このスコアは「就職活動の不安尺度 (10)」から算出しており、アピール、サポート、試験、活動継続、準備不足に対する 5 つの不安について、就活初期の状態を尋ねたものである。

いずれの不安も得点分布が右に偏っており、就活に対して強い不安を抱えていた様子がわかる。特に、面接などの選考場面で自分をしっかりアピールできるか(アピール不安)、事前準備は十分であるか(準備不足不安)といった不安が強いようである。

図1: 就職活動の不安スコア
図1: 就職活動の不安スコア
次に、メンタルヘルスの状況を男女別で示したのが 図 2 である。この得点は、K6 (11,12) という抑うつや不安を測定する尺度(6 項目)から算出しており、過去 30 日間の状況を尋ねたものである。得点によってリスク高・低の 2 群に分けた(以降、「うつ・不安リスク」と表記)(※4) 。
結果、男性では 35.6%、女性では 40.5% と、多くの学生がうつ・不安リスクを抱えていることがわかった。なおリスク高の割合は女性の方が大きいものの、男女間に統計的有意差は見られなかった (※5)。

図2: 男女別 うつ・不安スコアの状況
図2: 男女別 うつ・不安スコアの状況

ここまでの結果を確認すると、就活初期には、しっかり準備できていないのではないか、それでは自分をしっかりアピールできないのではないかという不安が強かった。また直近の状況では、男性、女性ともにうつ・不安リスク高に分類される割合が大きく、就活生の不安やメンタルヘルスは見過ごせない課題といえる。

「やりたいこと探し」がメンタルヘルスに悪影響

では、何が就活生のうつ・不安リスクを高めているのだろうか。分析結果を 表 1 ・表 2 に示した。要因を示す説明変数のうち、「就職活動の不安」は上述同様の尺度を、「大学生活の不安」は学生生活調査 (13) の項目を使用した。「大学生活の不安」は「授業についていっていない」「卒業後にやりたいことがみつからない」「経済的に勉強を続けることが難しい」「学内の友人関係の悩みがある」の 4 項目であるが、今回関心があるのは働くことに関する意味を含む「卒業後にやりたいことがみつからない」である。それ以外は、影響を統制するための変数とした(表中の記載も省略)。

表中のリスク比は、大学生活および就職活動の不安がうつ・不安リスクに及ぼす影響を表している。これは要因を示す各説明変数が 1 点上昇したときに、何倍うつ・不安リスク高になりやすいかを表している。また、p-value が 0.05 未満の場合に統計的に有意であると判断した。 Model 1 は就職活動の不安、Model 2 は大学生活の不安(のうち、卒業後にやりたいことがみつからない)に関する分析結果である (※6)。

注目したいのは大きく 2 点である。第 1 に、Model 1 の結果から、就職活動の不安はいずれもうつ・不安リスクを高めていなかった。ただしこの結果は、「就活の不安は気にしなくてもよい」ことを示すものではない。例えば就活の不安が極端に強い場合に、就活を躊躇してしまう、あるいは過剰に活動してしまうことなども懸念される。今後はメンタルヘルス以外の観点も含め検討していくことが望ましいだろう。
第 2 に、Model 2 の結果から、 「卒業後にやりたいことがみつからない」不安が有意にうつ・不安リスクを高めていた。就活生のメンタルヘルスを考えるうえで重要なのは、就活それ自体への不安ではなく、選考の場面でよく問われる「やりたいこと」であった。次に、この部分について考察していく。

表 1: うつ・不安リスクに対する「就職活動の不安」の影響(Model 1)
match01_hyou.jpg※統制のために投入した変数(性別や専攻、性格特性など)は省略

表 2: うつ・不安リスクに対する「大学生活の不安」の影響(Model 2)
表 2: うつ・不安リスクに対する「大学生活の不安」の影響(Model 2)※統制のために投入した変数(性別や専攻、性格特性など)は省略

就活において「やりたいことがみつからない」とは

就活における「やりたいこと」には様々な研究蓄積がある。例えば、他の人がやりたいことを考えているから自分もそうしなければという他者に影響された「やりたいこと探し」は、適切な進路選択を阻害する可能性がある (15)。また選考で評価されるための自己分析は、「本当の自分」と食い違った結果を生むため学生が葛藤を抱えやすい (16)。

多くの学生は就活の中で「やりたいこと」を考え、選考場面でそれを問われ、語る(※7) 。「やりたいこと」は評価の対象であり、その企業でやりたいことを説得的に語れない場合、高い評価を得ることは難しい。

今回の調査で「やりたいことがみつからない」と回答した就活生は、具体的にどのような状況にあるのだろうか。純粋にやりたいことをみつけられないでいる学生、評価のために「やりたいこと」を探すことに意義を見出せず行動を起こせない学生、他人が期待する「やりたいこと」にとらわれて自分の気持ちを優先できない学生など、様々であろう。この結果を踏まえると、「やりたいこと」をめぐる就活、中でも特に「やりたいこと」が多く問われる選考プロセスが学生にもたらす葛藤やストレスが、就活とメンタルヘルスを考えるためのポイントになりそうだ。

次回は、「やりたいこと」とメンタルヘルスの分析を一段掘り下げたうえで、就活生のメンタルヘルスに企業が着目することのメリット、そして就活における学生と企業の関係性に言及したい。

執筆:中村星斗(研究員)

(※1) 藤井 (4) は 1995 年の就職率が、男子 68.7%、女子 63.7% であったことを問題意識の背景として挙げた。
(※2)2004 年、厚生労働省に若年雇用対策室が設置された。
(※3)OECD のデータ (9) で若年失業率(15~24歳)を確認すると、日本は 4.6% となっており G7 の中で最も低い。一方、特に高い国はイタリア(22.1%)、フランス(19.2%)である。これは、経験やスキルが相対的に低い若者でも労働市場に参入しやすい新卒一括採用のメリットの 1 つと考えられる(ただしこのデータは大卒以外も含む。参考として掲載した)。
(※4) K6 に含まれる 6 項目についてそれぞれ 0 点から 4 点で回答を得ており、その合計が 9 点以上の場合にリスク高、8 点以下の場合にリスク低とした。
(※5)性別とうつ・不安リスク高低でカイ二乗検定を行った結果。
(※6)分析には修正ポアソン回帰分析を用いた (14)。
(※7)リクルート 就職みらい研究所 『就職白書2023データ集』 (17)によると、企業が採用基準で重視する項目のうち「自社/その企業への熱意」が第 2 位であった。

引用文献
(1)下村英雄, 木村周. 大学生の就職活動ストレスとソーシャルサポートの検討. 進路指導研究 1997;18:9ー16.
(2) 本田由紀. 日本の大卒就職の特殊性を問い直す. 苅谷剛彦, 本田由紀編. 大卒就職の社会学 : データからみる変化, 東京大学出版; 2010, p. 27ー59.
(3) 採用と大学教育の未来に関する産学協議会. Society 5.0に向けた大学教育と採用に関する考え方. 2020.
(4) 藤井義久. 女子学生における就職不安に関する研究. 心理学研究 1999;70:417ー20.
(5) 北見由奈, 茂木俊彦, 森和代. 大学生の就職活動に関する研究:評価尺度の作成と精神的健康に及ぼす影響. 学校メンタルヘルス 2009;12:43ー50.
(6) 松田侑子, 新井邦二郎. 就職活動不安尺度作成の試み. 日本教育心理学会総会発表論文集 2006;48:100.
(7) 松田侑子, 新井邦二郎. 職業選択不安尺度作成の試み. 日本心理学会大会発表論文集 2008;72:3PM060ー0.
(8) 濱口桂一郎. 若者と労働 「入社」の仕組みから解きほぐす. 9th 版. 中央公論新社; 2021.
(9) OECD. Youth unemployment rate (indicator) 2023. https://doi.org/10.1787/c3634df7-en (参照日:2023年3月7日).
(10) 松田侑子, 永作稔, 新井邦二郎. 大学生の就職活動不安が就職活動に及ぼす影響──コーピングに注目して──. 心理学研究 2010;80:512ー9.
(11) Furukawa TA, Kawakami N, Saitoh M, Ono Y, Nakane Y, Nakamura Y, ほか. The performance of the Japanese version of the K6 and K10 in the World Mental Health Survey Japan. International journal of methods in psychiatric research 2008; 17:152ー8.
(12) Kessler RC, Andrews G, Colpe LJ, Hiripi E, Mroczek DK, Normand SLT, ほか. Short screening scales to monitor population prevalences and trends in non-specific psychological distress. Psychological medicine 2002;32: 959ー76.
(13) 日本学生支援機構. 令和2年度 学生生活調査結果 2022.
(14) Zou G. A modified poisson regression approach to prospective studies with binary data. American journal of epidemiology 2004; 159:702ー6.
(15) 萩原俊彦, 櫻井茂男. 「やりたいこと探し」の動機における自己決定性の検討. 教育心理学研究 2008; 56:1ー13.
(16) 唐川真歩. 就職活動の自己分析における「本当の自分」の表出プロセス. 日本青年心理学会大会発表論文集 2022;30:29ー30.
(17) リクルート 就職みらい研究所. 『就職白書2023』データ集 2023.