専門家が語る。創造性を引き出す知恵チームでの創造性発揮に着眼する ―「経営科学」の視界から― 稲水伸行 氏

日常的、継続的にイノベーションを起こしていく必要に迫られている中、その土台となる「働く人々の創造性」は、今やすべての企業にとって喫緊の課題となっています。創造性を発揮しやすいチーム、組織を作るためには、どのような点に着目すればいいのでしょうか。
3回は、経営学の領域で、職場の物理的環境や情報技術の導入、人事施策がどのようにして成果(生産性やクリエイティビティ)につながるのかについて研究をされている、東京大学大学院の稲水伸行准教授に話を聞きました。

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【プロフィール】 稲水伸行(いなみず・のぶゆき)
東京大学大学院経済学研究科准教授。同大学院にて博士課程単位取得。日本学術振興会特別研究員(DC1)、東京大学ものづくり経営研究センター特任研究員、筑波大学ビジネスサイエンス系准教授などを経て、2016年より現職。主な研究分野は経営科学、経営組織論。近著論文に「ハイブリッドな働き方で創造性をいかに高めるか」(2021)がある。

要件1:創造性の定義

クリエイティビティは、イノベーションの“足腰”みたいなもの

まず、創造性って何?という話からすると、イリノイ大学のグレッグ・オールダム教授らは「組織にとって新規で、潜在的には有用な製品、実践、サービスまたは手順に関するアイデアを開発すること」と定義しています。これによれば、クリエイティブなアイデアはあらゆる職務、階層で生み出されるものなのです。クリエイティビティというと、日本企業の多くは、例えばGAFAが示す画期的なものをイメージしたり、あるいはクリエイティブ職に限定した捉え方をしたりするようですが、学術的にはもっとユニバーサルな概念なんですよ。たぶん「創意工夫」と換言したほうが、親和性があって、誰もが自分事として捉えられるような気がします。

気をつけたいのは、イノベーションとの違いです。一般的に、クリエイティビティとはアイデアの開発を指し、製品やサービスを市場に出して、成功させることまでも含むイノベーションの「最初のステップ」という位置付けになります。イノベーションの“種”みたいなものですね。あるいは、プロセスを進めていくうえでの創意工夫とか。つまり、イノベーションのほうが大きな概念であり、クリエイティビティはその土台というか、足腰みたいなものなんです。

アイデアの深掘り、精緻化に着目する

新しいアイデアが出てこなければ、イノベーションも生まれない。これは確かですが、ただ、そこに必ずしも相関はないんですよ。アイデアが出てきたからといって、そのままイノベーションが起きるわけじゃありません。どうイノベーションに結びつけていくかはプロセスの問題であり、ロジックが違います。アイデアを出していく段階と、実際にそれをかたちにしていく段階とでは、当然フェーズも違ってきますから。

アイデアはどういった瞬間に生まれるのか。これは人の脳内の動きにかかわってくるので、さすがに社会科学では追い切れないけれど、出てきたアイデアを深掘りする、精緻化するフェーズになってくると、経営学や組織学で何かできる部分はあると考えています。思いつきみたいな“種の種”を“種”にするぐらいのところならば、何かできそうだと。


要件2:アイデアの精緻化

アイデアの数だけでなく、「育つこと」を求める

最近注目されているのは、チームレベルでのクリエイティビティ研究です。個人に対してというより、チームの組み方であったり、チーム特性としては何が必要なのか――などといった論点に移行してきています。チームで行うブレーンストーミング(ブレスト)については、さまざまな研究が行われてきましたが、実は学術的には、生産性が低いという結果が出ているんですよ。

ご存じのとおり、ブレストはその場でディスカッションしながらアイデアを出していく集団発想法。これに対して、事前にテーマを示し、個々人にあらかじめ考えておいてもらったアイデアを持ち寄るスタイルを採ってみると、結果、アイデアの数は後者のほうが多かったりするんです。加えて、アイデアの新規性にも遜色がない。そういった点から、ブレストの生産性の低さが指摘されているわけです。

ブレストのようなやり方で、チームとしてクリエイティビティを発揮できる何かいい要素がないか。現在、私もある会社と一緒に研究を進めているのですが、前述したように、アイデアの数を出す段階においてはチームで行う意味はあまりないと感じています。その場で次々とアイデアを出すスタイルではなく、一定の方向性のもとで絞られたアイデアを深掘りするチームワークにすると、アイデアがアイデアを呼んで膨らみ、議論によってぐっと精緻化されていくんですよ。

アイデアに対するエンゲージメントが高まるかどうか

そしてもう一つ。皆で方向性を決めて、目線がそろっている状態で議論をしていったほうが、次のフェーズに向けていい流れができるように思います。ブレストのように、たくさん出たアイデアの中から「一番いいやつを選ぶ」という感じでやってしまうと、アイデアが選ばれなかった人のテンションは下がりがちです。チーム内に考え方の違いや、わだかまりみたいなものが残ったまま次のフェーズに進むことになり、結果的にはアイデアがいい感じに育っていかない。アイデアソン(あるテーマの下に多様なメンバーが集合し、対話によって短期間で新たなアイディアの創出などを行うイベント)などのイベントが終わると同時に、チーム解散となるケースもありますから。

アイデアに対するエンゲージメントが高まるかどうか、これが大きいのだと思います。コミットに近いのかもしれません。仮に、アイデアが採用にまで至らなかったとしても、高いエンゲージメントを有するチームは、イベントが終わったあとでも「何とかかたちにしたいよね」と、活動を続けていたりする。一緒にアイデアを練ったチームは、もとよりアイデアの発生と精緻化にあまり境目がないんですよ。フェーズの切り替えを意識していない。議論を重ねて進む中、だんだんかたちが見えてきて、「イノベーション実現に向けてこうしよう」と活動が自然につながっていく。研究的には事後、現象をわかりやすく捉えるためにフェーズ分けしてきましたが、当事者がフェーズを意識するとむしろ逆効果かもしれないと、最近考えているところです。


要件3:チーミング

重要なのは、一定のフレームワークの“さじ加減”

うまくアイデアが育つチームというのは、ある種のノリの良さがあります。総じてインタラクションが多く、ポンポンと会話が進むんですね。そして、アハ体験とでも言うのか、「これだ!」という感じでメンバー皆が盛り上がるシーンがけっこう出てくる。その意味で、チーミングはやはり重要ですよね。一人のリーダーがチームを主導するのではなく、また、誰かへの忖度や否定もなく、メンバー全員が自分の考えをフラットに出し合えることが、より良いパフォーマンスの発揮につながります。

アイデアの精緻化を進めるためには、先述したとおり、一定のフレームワークはあったほうが効果的です。ただ、諸刃の剣みたいなところはあって、決めすぎてしまうと、その方向性にばかり目が向き、ほかの可能性を見落としてしまう怖さがあります。また、誰がどう方向性を決めるのかという話になったとき、それが既存の考え方に沿ったものになってしまうと、結局、パラダイムは打ち破れません。

その加減は難しいところですが、結局、フレームワークの示し方次第なのではないかと考えています。トップダウン的に示すのがダメかというと、そういう話ではなく、重要なのはチームのメンバーが“乗れる”方向性を出せるかどうか。乗れるちょっとしたワードを示されることで、クリエイティビティを発揮できる人はいるものです。

アイデアを練ることとチーミングは不可分

そして大切なのは、その場における心理的な安全性。例えばチームを組んだとき、年齢やキャリアが大きく違うメンバー構成になると、得てして、若手は遠慮し発言しづらいですよね。でも、ほかのメンバーが個別にヒアリングしたり、アイスブレイクをしたりして、うまく発言を引き出すことはできます。そういう意味では工夫が必要になってくるので、心理的な安全性を作り出す的確なファシリテーションは必要だろうと思います。

どういうチーム構成がいいかという話になると、明言するのは難しいのですが、信頼関係があったほうが発言しやすいのは確かでしょう。ちょっとした思いつきであっても「こういうの、どうですか」と気軽に言えるかどうかが、その場では非常に大事になってきますから。最近の研究で私が感じているのは、アイデアを育てていくプロセスと、チームを作っていくプロセスは表裏一体だということ。まずは心理的安全性を確保してから議論しようではなく、出てきたアイデアを一緒に練り、また練りと続けていく中で、真にチームとなっていく――そんな印象です。両者は不可分であり、ここにクリエイティビティを発揮させるカギがあるように思います。


創造性を生み出す方法
いろいろなところから受ける「お願い事」は
極力断らないようにしています。
大学にいるだけではなかなか得られない
つながりを大切にしたいので。
あとは、朝起きて頭がスッキリしている午前中は
自分の時間に充てること。
意識しているのは、大きくこの2点ですかね。
――稲水伸行

執筆:内田丘子(TANK