専門家が語る。創造性を引き出す知恵“逸脱”の許容と促進に向き合う ー「職場マネジメント」の視界から 鈴木竜太 氏

社員一人ひとりに創造性を発揮してほしいと期待するものの、社員から新しい提案がなかなか出てこないことに、頭を悩ませる企業は少なくなくありません。組織の中で新しい提案やその実現のための行動を起こすことを、何が阻んでいるのでしょうか。創造性を発揮しやすい組織を作るために、どのようなマネジメントが必要なのでしょうか。
組織における人間行動や人と組織の関係性について研究を続けられてきた、神戸大学大学院の鈴木竜太教授にお話を伺いました。

suzuki-sensei.jpg【プロフィール】
鈴木竜太(すずき・りゅうた)神戸大学大学院経営学研究科教授。神戸大学大学院博士課程修了。ノースカロライナ大学客員研究員、静岡県立大学経営情報学部専任講師を経て2013年より現職。専門分野は経営組織論、組織行動論、経営管理論。著書に『組織と個人』(2002)、『自律する組織人』(2007)、『関わりあう職場のマネジメント』(2013)などがある。

要件1:インセンティブ

まずは、個人がメリットを感じられるかどうか

創造性の発揮を阻むものとして、根っこにある問題は「メリットのなさ」ではないでしょうか。職場でのちょっとした業務改善にしても、新しいことを始めるにしても、一定の時間はかかるし、周囲に対する調整などといった労もかかってくる。「自分が損をする」感覚、これが問題だと思うのです。例えば、何か新しい提案をした際に「いいね、頼むよ」という話になったとします。「じゃあ、今抱えている仕事をほかでカバーしてもらえますか」。ここで「いや、それもやったうえで」となると、言わないほうがよかったということになりますよね。あるいは、周りの人に「何か面倒くさいことを始めたな」的な顔をされると、言い損に思えてしまう。もちろん新しいことを始めることそのものが楽しいということもあるでしょうが、自分が損をしてまで組織のために何かしようという気持ちは、相当に高い貢献意識がないと出てこないものです。

創造性のマネジメントを考える場合、まずは「その人が得をする」ところからスタートすると、話が早いように思います。その行動が自分のためになる、また、そうしないと仕事がうまく進まないといった状況なら、何かを創造せざるを得ない。こういった感覚は多くの人に共感されるから、ひいては集合体となって、「新しいことをしていこう」「皆で助け合っていこう」という組織の価値観の醸成につながると考えられます。

利得や喜びを得られるような組織構造にする

組織の制度面に視点を移すと、ある機械部品のメーカーが「大失敗賞」という表彰制度を設けていると聞いたことがあります。もちろんチャレンジしたうえでの失敗が対象ですが、社長から表彰され、金一封まで出るというもの。これは、次に生きる材料となるし、チャレンジ自体が評価されるという価値観の醸成に一役買っている例でしょう。

また、昔ながらの日報を取り入れているある会社では、日報に単なる出来事を記すのではなく、日々の工夫や自分がやってみたいことを書くよう奨励しています。そして、経営トップが必ず目を通す。このように日頃からアイデアを出せる場があると、人との関わりも生まれてきます。こんなことをしてみたい、新しいものを作ってみたいとなれば、「もっとよくするには」「実現するには」と、いろんな人に聞きにいくという行為が起こりやすくなりますから。

新しいことをする、工夫・改善をしてみる―自分で考えて物事を進めるノンルーティンはけっこうしんどいものです。やはりフィードバックがあるとか、報われるとか、そういうインセンティブは必要です。換言すれば、損をしない、利得や喜びを得られるような組織構造にする。これは重要なことだと思います。


要件2:時間的余裕

「時間がない」は新しい活動を阻害する

単純に「時間がない」というのも、創造性の発揮を阻害する大きな要因の一つです。アイデアをかたちにする、あるいは何かを変えるというのは、一時的にであっても非効率だったり、時間がかかったりしますからね。その改善を図ると生産性が間違いなく20%上がる、みたいなことだったら活動は進むでしょうが、創造とは概してそういう世界ではなく、そもそも現場はパンパンの状態で仕事をしています。また、携わる仕事に慣れてきて、問題意識も芽生え、「さぁ動こう」と思った段に異動となるケースも珍しくありません。これも時間的余裕がないわけで、あまりに短いローテーションは新しい活動を阻害するという印象があります。

スラック(緩み)というか、環境や時間に余裕を持たせる必要性を感じます。「悪貨は良貨を駆逐する」の言葉で有名なグレシャムの法則があるけれど、デイリーの仕事はクリエイティブで中長期的な仕事を駆逐していくんですよ。計画のグレシャムの法則と呼ばれます。善良な働き手ほど、ルーティンワークを優先するものです。滞ることで期限に遅れてしまう、人に迷惑をかけてしまうかも……と考えますから。それで手一杯だったら、クリエイティブな仕事が後回しになるのは当然のことで、要は、デスクの上が散らかっていても、忙しければ人は片付けをするより狭いスペースで仕事をする、忙しいと人は新しいことをしないという話です。

“余裕”をどこまで温かく見守れるか

考える時間も余裕も与えないで「創造性を発揮しろ」というのは無茶だと思うのです。知られているところに、3Mの「15%カルチャー」やグーグルの「20%ルール」がありますが、社員は勤務時間の一定時間をやってみたい仕事や自身のプロジェクトに充てることができる。業種・職種にもよるでしょうが、こういう取り組みが新しいアイデアや活動を促す力になっているようです。現実はタスクに追われる日々だけれど、マネジメントとしては“余裕”をどれだけ温かく見守れるか、このポイントは大きいと思いますね。


要件3:考える習慣

ラーニングだけでは試行錯誤が起きない

創造性にはアイデアを生み出す段階と、それを実践する段階の2ステップがあります。そもそも気づきがない、アイデアが出ないというのは前段の問題で、ここで大事になってくるのは、思考をどうやって促すかです。ところが現場では、むしろ思考を止めるようなマネジメントが多いのではないでしょうか。何かにつけ先に答えを出してしまう、「こうすればいい」と教えてしまうといった場面です。これはスタディではなく、ラーニング。教わるだけになって、いわゆる試行錯誤が起きないわけです。

重要なのはアイデアを出し、それを考える習慣を作ること。これも時間の余裕に関わってきますが、効率を追求しすぎるとLearnばかりになって、Studyとしての思考や探索が滞ってしまいます。また、時間的余裕はもちろんあったほうがいいけれど、やはり、気づきやアイデアって、異質な情報の接続であり、それはいろんな人との関係性の中で生まれてくるものでもあります。「人から触れられる」「人に触れる」ことでアイデアが解かれていくというか……。さまざまな情報が人からもたらされる環境は創造性の源泉であり、大きな要素になると思います。

思考や探索を促進させる環境づくり

もう一つ大きな点は、チャレンジしても恐くないという環境ですね。周囲との関わりの中で勇気づけられたり、最後は何とかしてもらえると思えたり、そういった環境は思い切ってチャレンジすることを心理的に後押ししてくれます。

こんなマネジメント例があります。前述のようなチャレンジをサポートする環境がある一方、個人に対しては強く創造性を求めるスタイルで、これがなかなか厳しい。出てきた考えやアイデアに創造性がないと、周囲が「それが精いっぱいなのか」「考え尽くしたか、知恵は絞りきったか」と詰めるらしいのです。マッチョな感じのマネジメントですね。時間的余裕から生まれるもの、やりたいという欲求から生まれるもの、創造性の発揮にはいろんなタイプがあると思いますが、これもまた一つの創造性のあり方。温かくカバーしてもらえる環境と、精いっぱいを求められる環境、双方がうまく関係しあっているのだと思います。

昨今は、コンプライアンスの問題が最重視されつつあります。これって、つまりは「逸脱をするな」なんですよね。ある意味、創造性の対極にあるような気がしています。コンプライアンス問題が非常に強く言われている半面で、「いいことはどんどん逸脱せよ」というメッセージは現場に届きにくい。現場で個人がわきまえて、逸脱するかしないかの判断をするのは難しく、対応できないのが実情でしょう。創造性を阻害しないためには、逸脱をどこまで許容するか、あるいは促進するか―ここに向き合うことがとても重要だと感じています。


創造性を引き出す方法
趣味は読書で、好奇心の赴くままに
あらゆるジャンルを読んで楽しんでいます。
たぶん、それらが自分のいろんな考えとか、
アイデアを育んでいるんだろうなと。
つまらない仕事はできる限り最小限でやって(笑)、
“エンジョイ”を増やそうと努めています。 ――鈴木竜太

執筆:内田丘子(TANK)