働く人の創造性を引き出す企業社員の「出る杭」を引き出し、対話を通じて磨きをかける。IDEO Tokyo

デザインを通じて、企業の組織変革や新規事業創出などをサポートするデザイン・ファームIDEO Tokyoは、「エクスペリエンス・スペシャリスト(ES)」という役職を設けて、社員にさまざまな人との交流や多様な経験の場を提供しています。デザインディレクターの堤惠理氏とESの佐久間真穂氏に、社員が創造性を生み出すための対話の機会や体験の重要性について聞きました。

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社員に経験と交流を提供 正解のない取り組みが大事

――なぜ社内にESという役職を設けているのですか。

私たちの仕事は、コンサルティングを通じて新しいサービスや事業を提案すること なので、社員の創造性を鍛え、新しいモノ・コトを生み出すのはビジネスの根幹に関わります。

ただ人が最初に思いつくのは、単なる「アイデア」にすぎません。他者との対話や、いろいろなものを見たり聞いたり触ったりする経験を通じて、次第に考えがブラッシュアップされ、形になっていくのです。

このため当社では、交流の場や多様な経験を得られる機会を設けることを大切にしており、こうした職場体験を社員に提供することを専任で担うESを設けています。

――具体的には、どのような交流の場を作っていますか。

佐久間:年単位、半年単位など定例で開催している多くの場がありますが、週単位では2回あります。毎週火曜日に「Tuesday Lunch MeetingTLM)」を開き、東京スタジオの全社員が集まってプロジェクトの進み具合や今後の予定などを共有しています。役職に関係なく全員が持ち回りでホストを務め、会の最後にはホストが好きなことを15分ほど話す「インスピレーション」の時間があります。3Dレンダリングについて話す回もあれば、娘と研究しているホタルイカの生態系について話す社員もいます。

毎週木曜日の「Thursday Lunch n’ LearnTLL」も全員参加で、実際に手を動かして当日発表を担当する社員から新しいスキルを学んだり、関わったプロジェクトから得たものをシェアしたりと、お互いに学び合う場となっています。

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――
こうした場を設ける狙いは何でしょうか。

TLMのインスピレーションでは仕事のアイデアも出されますが、「宇宙」や「スポーツ」など自分の好きなテーマを話す人もたくさんいます。TLLでは、例えば「机の上にあるもので、エイリアンと交流するための道具を作る」といったお題を誰かが出し、各メンバーが作品を作って見せ合うといったこともしています。いずれも出すべき「正解」がないのがポイントです。

私たちはクライアントから成果を求められますが、本来、創造性の源泉は「楽しいからやる」というモチベーションです。このため良し悪しを判断されずに、好きなことを自由に話したり、作りたいものを作ったりできる時間を持つことが大事だと考えています。

ヒエラルキーのない関係づくり キッチンから新しい発想が生まれる

――日本企業には、全社員の前で好きなことを話せるような風土はあまりありません。
なぜ「何でも話せる」雰囲気を作れたのでしょう。

:上下関係がゆるやかで、上級職に対しても友だちのように接するカルチャーが浸透しているためだと思います。社員旅行なども、業務や肩書を離れて楽しんでいます。

オフィスもプロジェクトスペースをガラス張りにするなど、目が合ったら自然に会話が生まれるような工夫がなされています。中でもざっくばらんな関係づくりに役立っているのがキッチンで、普段からよく人が集まりますし、月1回はみんなで軽食を取る「ハッピーアワー」も設けています。「週末、何をする?」といったたわいもない話から、新しい発想が生まれることもよくあります。

佐久間:各メンバーが入社1年、3年、5年、10年の節目に、贈り物やサプライズパーティーでお祝いする「IDEOversary」も開いています。メンバーが対話を通じて、お互いに何をすれば喜ぶか知っているからこそ、こうしたイベントも成り立つのだと思います。

ただ大勢集まるイベントが苦手な人もいるので、週1回、社員が2〜31組になっておしゃべりする「ドーナツ」という小規模な集まりも設けています。これはアプリがランダムにメンバーを組むので、毎回違う相手と話せるのが特徴です。

個人の主観を事業に取り込む 他人の意見がアイデアを磨く

――社員からは、どのようにアイデアが出され、実現していくのでしょうか。

:日本企業は客観的な視点を重視しがちですが、最終的に「これをする」と決断するのは人間の意思なので、主観を大事にしています。プロジェクトを始める時も、メンバーには必ず「セルフィッシュにやりたいことは何ですか」と聞きますし、TLMなども含め、社員がやりたいことを表明する場をたくさん用意しています。

例えばあるメンバーは「教育に関わりたい」という希望を持っていました。最初は漠然とした内容でしたが、周囲が「どんな教育をやりたいの」と問いかける中で、次第にアイデアを具体的な形にする「プロトタイプ」の学校を作りたいという意思が明確になり、最終的には事業化されました。

――曖昧な段階で「やりたいこと」を表明するのを、ためらう人もいるのでは?

:転職直後の社員などは、「生煮え」のアイデアを出すことに不安を覚えるようです。ただキッチンでの雑談やTLMなどで、みんながどんどん思いついたことを言い、カオスのような状態から議論が始まるのを見て「こんなことも言っていいんだ」と思うようになります。各メンバーには、ビジネスリードというサポート役もついていて、アイデアの出し方などを1on1で相談することもできます。

私がかつてコピーライターとして働いていた時は、他人のアイデアに口を出すことは「タブー」でした。しかし今は、誰かが出したアイデアの卵にほかの人の考えをどんどん積み重ねることで、本当に創造的なものを生み出せると考えています。

職場が多様なほど、ユニークなアイデアが生まれる

――会社の方向性と、個人のやりたいことが食い違うことはありませんか。

:当社は社員の意思をくみ取り、成功をサポートする、“Make others successful”を組織バリュー(注)の一つに掲げています。「出る杭」を打つのではなく、いろいろな方向に突き出した社員たちの「杭」を引っ張り出すことが、会社の役割です。

当社のメンバーは、出身国も受けてきた教育も、スキルも趣味も多彩です。社員が多様であればあるほど、ユニークなアイデアが生まれます。多様性という「杭」を打たずにむしろ表に出し、周囲の力を借りて磨きをかけるのです。それによって社員がそれぞれの分野で輝くことができるし、輝いている人を掛け合わせてコラボレーションすることも可能になります。

――日本企業には「出る杭を打つ」風土が根強いと感じることはありますか。

:日本企業には職位が下の社員から順に発言するといった暗黙の了解が存在し、上司への忖度などから自由なアイデアが出にくい面はあると思います。

私たちはこうした企業と協業する時、独自に設けたブレインストーミングのルールを活用します(図)。「ダメ出し」をせず他人のアイデアを広げる、といったルールをクライアントに説明し「違反者はこれで撃ちます」とおもちゃの銃を見せるんです。すると、わざと違反して「撃たれ」たがるメンバーが現れるなど、雰囲気がなごんで意見を言いやすくなります。

出る杭を打つ文化を変えたい、と考える企業は増えていると思いますし、プロジェクトの後、社内メールの形式ばった序文をなくしたという職場もありました。小さなことの積み重ねから文化が変わるのだと感じています。

図 ブレインストーミングのルール
brainstorming rules_IDEO.png(出所)IDEO提供

――これから新たに、社内で取り組もうとしていることはありますか。

佐久間
:最近、月替わりのホストが美術鑑賞などのイベントを企画する「Vitamin Tour」を始めました。来年からは3カ月に一度、例えば寿司職人などいろいろな技を持つ人を招いてスキルを伝授してもらう「Play & Learn」もスタートさせます。近年はコロナ禍もあって、社内での学び合いがメインでしたが、今後は社外からインスピレーションを得る機会も増やせればと考えています。

(注)IDEO社のバリュー:https://jp.ideo.com/post/our-approach-and-values/
 
前向きに考える、共創する、自分ごと化する、不確実さを許容する、口より手を動かす、失敗から学ぶ、周りの成功を助ける(Make others successful)がある。


執筆:有馬知子
撮影:平山諭