働く人の創造性を引き出す企業全社員参加の新商品提案で、面白くて役に立つ商品を生み出す。家電メーカーのTHANKO

﨏様_w200×h250.jpgアイロンを掛けずシャツのしわを伸ばせる乾燥機、ご飯が炊ける弁当箱……面白くて役に立つアイデア家電を次々と世に送り出しているサンコー(THANKO)。商品開発の源は、毎週一つずつ全社員がアイデアを出すという新商品提案の仕組みです。日常生活の小さな「困りごと」や「こんな製品があれば」という提案をみんなで育て、商品という形にするには、どのようなプロセスをたどるのでしょうか。同社執行役員で広報部長の﨏(えき)晋介氏に聞きました。

解決したい「悩み」の提案、全員で行う商品開発

――新商品の提案はどのように行われるのでしょう。

イントラネット上に「商品企画掲示板」を設け、全社員に毎週一つ以上、アイデアを出してもらいます。商品化を前提にすると提案のハードルが上がるので「こんな悩みを解決したい」という相談や「こんな商品があったらいいな」という漠然とした提案でも構いません。

さらに社員には毎週2つ以上、誰かの提案にコメントを付けることも課しています。特にコメントの「作法」をルール化しているわけではないですが、みんな気軽にコメントを付けていますし内容は基本的に肯定的なものです。漠然とした悩みや空想に近いアイデアに対しても、「こんな機器を作れば解決できるのでは」といった具体的な提案や「こんな考え方なら実現できるかも」という新しい発想が示され、商品化が一気に加速することもあります。

幅750>THANKO新商品企画掲示板01_リサイズ.jpgイントラネット上の「商品企画掲示板」

――アイデアが提案された後、実現に至るまでのプロセスを教えてください。

商品企画部長と商品調達部長、社長の3人からなる委員会が提案を審査し、面白い案にはアイデア賞としてC賞、そのアイデアから商品の調達に至ったらB賞、オリジナル商品の自社開発にまでなったらA賞が与えられます。

その後は商品企画部メンバーが不定期に開催する商品企画ミーティングで、アイデア賞のアイデアから優先的に商品化の検討を行います。商品化に当たっては3Dプリンタを用いた試作から実現可能な構造を考えたり、実際に需要があるのかを検討したりして、製品化すべきと判断されればプロジェクトをスタートさせます。課題にぶつかったら掲示板で解決策を募るなど、いろいろな社員の力を借りながら開発を進め、試作を経て商品化に至ります。構造を一から考える場合、開発に数カ月かかることもありますし、同じような構造を持つ市販品を参考にするなどして、1週間ほどでものになる場合もあります。

――これまでにどんな製品が実現しましたか。また開発プロセスに乗っても、実現しなかった製品もあるのでしょうか。

例えば「お茶を飲むたびに、ケトルでお湯を沸かすのが面倒」という声を基に、マグカップでお湯を沸かせる海外製品を日本向けにアレンジして発売しました。また、温泉のお湯の噴出口に肩を置いて打たせ湯をするのが好きな社員が「手軽に自宅で打たせ湯を実現したい」と提案して「かた~ゆ」という製品も発売しました。

一方、卓上焼肉の煙やにおいを吸い込む機械は試作段階まで行きましたが、十分な出力を得られず実現しませんでした。「ドライヤー兼掃除機」というアイデアも、髪の毛を乾かす機械で掃除をするのは抵抗感がある、という理由で没になりました。

日常生活の気づきが起点に 困りごとの「本質」にアプローチ

――社員はどのようにアイデアを考え出すのでしょうか。

たいていは入浴や洗濯など、日常生活での気づきが起点になっています。提案のために悩みを探そうとすると、普通なら意識しないことにも意識が向くようになります。

例えば、洗濯なら洗濯物をかごから出して洗濯機に入れる、洗い終わったらかごに戻す、物干しへ行く、干すというプロセスに切り分けて考えます。すると「洗濯槽を取り外してかごとして使えたら、作業が一つ省けるのでは」と思い付くわけです。

――一見、突拍子もないアイデアでも、商品になるのでしょうか。

未来の発明かと思うようなアイデアが商品化に至るケースも多く、社員もそれを承知しているので「うちの会社なら実現できるんじゃないか」と、かなり突飛な提案もしてきます。

例えば当社は2017年、シャツのアイロン掛けが不要になる「アイロンいら~ず」を発売しました。面倒なアイロン掛けをやりたくないという悩みがあるとすると、普通は、シャツの上をアイロンが勝手に動く、魔法のような機械を思い浮かべるかもしれません。しかし「アイロン掛けは面倒」という本質的な悩みを解決するには、シャツにしわがつかなければいい。そこでシャツをハンガー型のエアバッグに着せて温風を送り込み、しわを伸ばしたまま乾かす製品が生まれました。困りごとの本質にアプローチすることで、実現の道はかなり開けます。

――アイデアを生み出しやすい環境を作るための工夫はありますか。

2フロアあるオフィスの1フロアを商品調達部と商品企画部が使っていますが、そこにはバーカウンターのほか動画撮影用のリビング、キッチンもあって、その場にいるだけで創造力を掻き立てられるような空間になっています。もう一つのフロアにもカフェスペースがあり、社員たちが仕事をしながらアイデアなどについて雑談しています。シーンとして仕事以外の話はできない、といった雰囲気は皆無です。

また、社員同士がプライベートで遊びに行く機会も多く、そのような時に「これ商品になるんじゃない?」というアイデアが生まれることもしばしばです。

発想の原動力は創造するよろこび

――新商品提案のモチベーションは何でしょうか。

提案が実現した時はとてもうれしいですし、商品がバラエティ番組などで紹介されればなおさら「アイデアを出して良かった」と感じます。商品企画部以外の社員が商品に携われることも、喜びの一つになっていると思います。また、商品名も社内SNSで募集して全社員で考えるので、自分が名付けた商品がヒットするのもモチベーションにつながっています。

「必ず週1度新たな提案を出す」というルールは、社員にとって負担が大きいのでは、と思う人もいるかもしれません。しかし「この製品は便利だけど、ここが気に入らない」といった「お客さまのご意見」に近いレベルでも受け入れているので、実際は苦痛を感じている社員はあまりいないと思います。

――最後に、アイデア家電を開発・販売するようになったいきさつを教えてください。

当社はもともとPC・スマートフォン関連機器が主力で、2011年には「自撮り棒」をヒットさせました。ただこうした機器だけでは展開しても売上が伸びていかず、10億円の壁を突破できない時代が続きました。また、そのままでは売上が下がってしまうリスクもありました。そこで当社のコンセプトである「面白くて役に立つ」をより多くの人が使う家電の分野でもチャレンジできれば、と考えたのです。これによって売上高も伸び、20215月には44.3億円という過去最高の売上を達成しました。

当社はリアルとネットに直営店を持ち、大手通販サイトにも出店しています。独自の販売チャネルを持つことで、自由に面白い商品を作ることができるのです。その結果当社のファンが増え、売上が拡大する好循環が生まれたことも「アイデア商品」という戦略が成功した要因の一つだと思います。


執筆:有馬知子