働く人の創造性を引き出す企業営業や建設現場に技術開発の「仲間」を増やし、「あったらいいな」の声を吸い上げる。安藤ハザマ

andohazama_sama.jpg建設現場の安全確保や生産性向上のため、さまざまな新技術を開発してきた安藤ハザマ。技術開発の源泉は、現場や営業部門からの、さまざまな「こんな技術があったらいいな」という声だといいます。取り組むべき開発テーマを社内アンケートで募集するなど、提案を吸い上げる細かな「仕掛け」も設けています。先端技術開発部の谷口裕史部長(兼 技術研究所 副所長)と技術研究所 技術管理部の崎浜博史部長に、社内に散らばる「あったらいいな」の声をキャッチし、技術へと具現化するための方法を聞きました。

現場や営業の声にアンテナを張り、開発テーマをキャッチ

――開発者は、取り組むべきテーマをどのように見つけるのでしょう。

谷口
:特別なことに取り組むのではなく、日々の仕事に研究開発の種があると考えています。例えば、ある開発者が新しい基礎の工法を考えたら、検証のためにまず現場に試験導入します。そんな時、開発者は現場に行って、試験導入する工法以外にも、工事でこんなことに苦労した、最近こんな「ヒヤリハット」があったといったさまざまなことを聞き取り、改善策を考えるのです。

顧客ニーズを把握している営業の情報も重要な「種」の一つなので、土木、建築それぞれの営業部門と開発部門で、情報共有の場を設けています。「○○高速自動車道で4車線化の工事が始まる」という話が出たら、開発者は「車線の半分を稼働させながら残り半分を工事する工法を考えれば、全面通行止めが不要になる」などと発想するわけです。
学会や論文を通じて、専門分野の最先端の動きを知ることも大切ですが、現場や営業の声から情報を得る「仕掛け」を、社内になるべく多く作っておくこともとても大事です。

――ほかにはどんな「仕掛け」がありますか。

崎浜
:社内向けに「R&Dトピックス」というニュースを発行し、新技術の紹介と開発者の顔写真を載せています。社内報でも技術研究所や、先端技術開発部の社員の紹介記事を掲載してもらっています。

谷口:開発者の顔写真を載せて、開発者が普段から社内に顔を売っておくことで、現場の社員たちが必要とする時に「そういえば、あの人がこの開発をしていた」と、連絡をもらえます。相談が増えれば忙しくもなりますが、誠実に対応しているうちに現場や営業の社員から「こんな困りごとがあるけれど、どうすればいい?」と、相談を持ち掛けてもらえる関係を作れます。より多くの開発者が、課題を見つけるための「アンテナ」を立て、自分の足で情報を取れるようになれば、組織の勢いが増し成果も出せると思います。

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――うまくアンテナを張れる人、張れない人の差はありますか。

谷口
:アンテナを張るのが得意な人は、総じて友だちづくりや相手の話の肝を聞き出すことが上手な、営業タイプです。開発部門の社員は実験室にこもってこつこつ仕事をする職人肌が多いので、あまり得意とは言えないかもしれません。だからこそ、「現場に出張したらできる限り支店にも足を運んで情報収集しなさい」といった声かけをこまめにしています。アンテナを張る行動を習慣化していく「意識づけ」が重要になってきます。

また、部下には専門外の展示会もなるべく見に行って、出展企業の担当者と話し、その内容を同僚に伝えるよう勧めています。部門計画にも、展示会の参加と情報共有を盛り込んでいます。それによって本人が新たな発想を得るなどして成功体験が増えれば、自ずと「いろいろな人にアクセスして情報を得よう」と考えるようになります。
一方で管理職にも、部下が現場に出張する時、先方の所長にあいさつの連絡を入れるなど「次も一緒に仕事をしたい」と思ってもらえるような気配りが求められると思います。

全社員から開発テーマをアンケート。専門外の発想を取り込む

――開発部門以外の社員からの提案の仕組みについて教えてください。

崎浜
:年1回、全社員から技術開発のテーマアイデアを募集しています。なるべく多くの人に参加してもらえるよう、社内ポータルのアンケートフォームに入力することで、簡単に提案できる仕組みにしています。
採択された提案は、開発部門で予算をつけて研究開発をスタートさせます。また採択されなかった提案にも「このアイデアは既存の技術を使うと解決できるので、紹介します」といったフィードバックを返します。

谷口:フィードバックを返すのは、アイデアをきちんと検討しているという姿勢を示すことが、提案のモチベーションを高め、翌年またアイデアを出してくれる「仲間」を増やすことにつながるからです。

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――開発部門以外の社員にも、提案を求めることの意味は何ですか。

谷口:誰しも日常業務の中でふと「企業として、この部分はもっと環境に配慮すべきではないか」などと考えることはあるでしょう。アイデアを出す「仲間」を増やすことで、専門外の社員だからこそ生まれる新たな発想や気づきを、開発に取り込めると考えています。
毎月開いている技術報告会も、開発に協力してくれた現場を発表の舞台に使わせてもらうなど、仲間を増やす取り組みを日々続けています。自分たちが関わった技術が社内で注目されれば、現場からも「また一緒にやりましょう」と声をかけてもらえるかもしれません。

崎浜:3,000人を超える社員全員が技術開発に注目しているわけではないですし、アンケートの提案数を急激に増やせるような、決定的な解決策もありません。アンケートフォームの入力方法を工夫するなど知恵を絞り、試行錯誤を繰り返して人の輪を広げているところです。

――アイデアの提案と、人事評価との関連はありますか。

崎浜
:実際に技術を開発した社員には評価がつきますが、アイデアを出した人を直接評価する制度はありません。私たちが役員のいる場で「この支店はたくさんアイデアを出してくれました」と紹介するくらいです。今後、提案者の表彰なども考えていければと思います。

谷口:現在、一部の営業部門では、技術開発に対する意識の高い管理職が「開発テーマの提案」を部門計画に入れており、提案の度合いが部門としての評価の対象になっています。

「前を向いて挑戦し続ける」ことで組織は強くなる

――管理職として、組織としての提案力を高めるために心がけていることはありますか。

谷口
:私自身が昔、失敗も多かったけれど必ず克服してきたという経験を重ねているので、部下に対しても失敗してもいいから、視線を上げてチャレンジし続けてほしい、と伝えています。メンバー全員がポジティブな意識を持って力を合わせれば、組織は強くなるはずです。
また開発テーマに取り組む時は、責任者1人だけに責任を負わせるのではなく、チームの一人ひとりが自ら考え、一緒に技術を作り上げるという意識を持ってもらおうとしています。目を外に向けるよう意識づけをしても、やはり地道な実験で、データを積み上げるほうが得意という人もいます。チームで動けば、アンテナを張れる人がたくさんアイデアを出し、地道に取り組むタイプの社員が実際の技術へ落とし込むといった役割分担も可能になります。

――部員の提案の芽を摘まずに育てるために、気をつけていることはありますか。

谷口:部下にとって、部長に相談するのは一大決心が必要です。それを頭ごなしに否定したり「こうしなさい」と早急に指示したりすれば、私自身、仲間に信用されなくなってしまいます。ですからなるべく時間を取って、会話を重ねるよう努めています。
部下の提案が「稚拙」だと感じる時はたいてい、本人の思い描くイメージや目指すべきゴールが不明確です。だから「それを通じて何を目指したいの?」などと問いかけ、本人に考えを深めてもらいます。本人が、提案内容を明確にイメージできるようになれば、相手が納得するような説明もできるようになります。

私は管理職として、一緒に仕事をした仲間を絶対に幸せにする、と自分に言い聞かせながら仕事をしてきました。だから、自分がかつて提案を受けてきた元部下たちが、多方面で活躍してくれているのを聞くと、とてもうれしいですね。


執筆:有馬知子