人生100年時代 学びの進化モデル 原動力は仲間やコミュニティの存在。 学びを楽しむ環境が次への扉を開く

クリス・スティーブンソン氏
Google社
コンピュータサイエンス教育戦略部門責任者

責任ある仕事を任されていた46歳のとき、自身の新しい扉を開くべく博士号を取得するという大きな決断を下したクリス・スティーブンソン氏。その原動力となったのは、周囲で博士号を持って働く、仲間たちの存在だった。

その後、2010年からコンピュータサイエンス教育者協会の創立理事を務めたのち、2014年にグーグルへ移り、現在は、コンピュータサイエンス教育戦略の責任者として世界中のさまざまな組織と協働。その一方、今も、多彩なグーグルコースで学び続けている。

「グーグルの仲間と共に学び、学びについて共有し、人々に会う機会を得て関係を持つことは私たちの仕事や幸せに欠かせない」。たとえば、彼女は学びを共にした別の地域のグーグルエンジニアと週に一度は会うという。「週のなかでも、最も楽しみな時間の1つ」と話すクリス氏。学ぶ意欲と楽しさを持ち続けるためには、"コミュニティ"の存在が欠かせないと話してくれた。

限られた時間のなかで、優先順位をつけ、学びの効率を上げる

――あなたのキャリアのなかで最も大きなトランジションを教えてください。

フルタイムで働きながら進学し、1996年にカナダのトロント大学で教育学の修士号を取得しました。その後、2003年頃までにはもっと学習が必要だと感じ、博士号を取得するという判断をしました。しかし、これは非常に難しい判断でした。当時、私は安定した職業に就き、しかもその職は、たいへんな挑戦の伴う仕事だったからです。しかし次の一歩を踏み出すために、学び続けることが必要だ、と。実際に博士課程をスタートしてみると、まったく新しい世界に踏み込んだかのようで、それは個人的な挑戦でもあり、プロとしての挑戦でもありました。

――博士号を取得されたことでどのような可能性が広がりましたか。

私は、国際コンピュータ学会(ACM)という団体でボランティアをしていましたが、メンバーのほとんどが博士号を持っていたので、ACMへ参加するためにはまず博士号を持っていることが期待されるという風潮がありました。博士号を取得したことで、少なくとも「新たな役割を任されてそれをやり遂げられる人だ」ということを周囲の人にわかってもらうことができたのではないかと思います。実際、コンピュータサイエンス教育者協会の立ち上げを任される機会があり、この団体の立ち上げは、非常に大きな挑戦でした。

――挑戦を成し遂げるために、どのようにして学習に対する意欲を維持し続けましたか?

まず自分が伸びている、ストレッチして新しい能力を得ている、その挑戦を乗り越えているということを認識することでした。短期的には難しいものでしたが、長期的に見るとそれは本当に刺激的でした。新しい講義を受けて、それが自分の持っている知識ではまったく対応できないとき、とても困難で高い壁を感じましたが、それを乗り越えたときに非常に満足感を得ることができました。博士号を取り、新しい可能性が開けたことで、それまでの投資に対する大きな価値が得られたと思います。

――あなたの学びの戦略について教えてください。仕事とのバランスはどのようにとりましたか。

博士号を取るための戦略は確固たるものがありましたが、博士号を取ったあとのことについては偶発的に出てきたものもあるので、そこは目標をしっかり決めていたわけではありません。ただ、自分に対してスケジュールを課し、必要な作業を終わらせる時間と、少しだけ自分のバランスをとるためのパーソナルタイムを空けておきました。当時私は46歳で、家族もいましたので、家族にも私の目指していることを理解してもらうことが必要でした。この頃の学び方は今でも役立っていると思いますね。今の仕事は作業量が非常に多いのですが、作業を交通整理するために優先順位をつけて行っています。ワークライフバランスを維持するためにも努力が必要です。

互いに教えあい、共有することで、学びを深め、伸ばしあう

――あなたの学び方にも見られるように、グーグルの社員には、学び方が上手な人が多いのではないかと思うのですが、同僚を見ていてどう思われますか。

確かにそうかもしれません。何しろグーグルのなかでは状況が激しく移り変わるので、絶えず人として新しいものを提供できる力が求められます。学ぶ力がなければ、そういう状況に対応するのは難しいですから。グーグル社員は、自分の得意分野では講師としてコースを受け持つこともできますし、互いに学びを提供しあっています。テーマは、自分の趣味だったり、技術的な内容だったり、さまざまです。マネージャになるための研修もあれば、ヨガもあるし、ミシンの使い方を教えあうこともあるし、ダンスもある。そういう意味で、Googly(グーグルらしさ)というのは、互いに情報共有を行い、互いの学びをサポートしあうといったところにあるかもしれません。

――グーグルらしさでもある、お互いに教えあうことは、教える側の学びにもつながっていると思うのですが?

はい、そこは絶対にあると思います。まず、自分たちが教えるうえでは、自分がどれだけ理解しているのかが試されます。教えるなかで、自分に足りないところ、ここを学ばなければいけない、伸ばさなければいけないといったところも明確になってきます。2つ目に、やはりいちばんいい教師というのは、教えているもの・ことに対しての情熱を持っているので、教えるなかで、その情熱が伝わるということもあると思います。

また、学びの楽しさを維持するものとして、私はコミュニティや仲間の存在が大きいと考えています。たとえば、オンラインで講義を受けている受講者がほかにもいて、そこでのコミュニティで答えを共有したり、話しあったりしています。ある調査結果では、挑戦や解決策を分かち合うことのできるグループの仲間や、リスクを喚起する仲間がいた場合、専門家としての成果を改善していくことができることが明らかになっています。

――グーグルのなかの学習環境でも、コミュニティの果たす役割は大きいのですね。

まさにその通りです。私は受講したコースのなかで知り合った仲間と、毎週20分、「今週は何を学んだ」といった話をしていて、私の1週間のなかで最も楽しい時間の1つになっています。これは私だけでなく、グーグル全体についても言えることです。私は仕事の一環として世界中のいろいろなところへ行って、いろいろな国のグーグルの社員たちと一緒に仕事をすることがありますが、いつも彼らから学びを得ています。この学びの文化はグーグル全体で永続的におこなわれているものです。私たちは一緒にグーグルらしく(Googly)学び、一緒に学ぶ機会をとても大切だと思っています。こうした文化は、グーグル全体に還元され、財産になっているものだと思います。

執筆/鹿庭由紀子
※所属・肩書は取材当時のものです。

プロフィール

Dr.Chris Stephenson(クリス・スティーブンソン博士)
Head,CS Education StrategyengEDU, Research & Machine Intelligence,Google
グーグルでコンピュータサイエンス教育戦略の責任者を務め(2014年~)、グーグルだけでなく、世界中のさまざまな組織と協力し、コンピュータサイエンスに関する指導と学習の向上に取り組んでいる。2004年にコンピュータサイエンス教育者協会(CSTA)の設立に携わり、2010年~2014年まで同協会のエグゼクティブディレクターを務めた。コンピュータサイエンス教育に関する多くの研究論文を発表しており、高校の教科書も複数執筆している。国際コンピュータ学会(ACM)のメンバーも務める。