Opinion:学びたくなる職場はどのようか【Opinion.4】個人の学びを促進するには 個人選択型の人事制度と 自律支援型のマネジメントの両輪で

組織人事コンサルティングの視点から 阿久津 徹(リクルートマネジメントソリューションズ エグゼクティブコンサルタント)

今、組織が個人に求めるものとは、中長期的なキャリア形成のための学びである。
そのために、どのように組織を作っていくのか。それを、学び、成長する組織が持つ制度やマネジメントから、組織人事コンサルタントとして多くの人と組織を見つめてきたリクルートマネジメントソリューションズの阿久津徹が明らかにすることを試みる。

個人選択型の人事制度、キャリア自律支援風土は
キャリア形成学びを促進できているのか

組織人事のマネジメントは、社会環境の変化に合わせて進化している。企業は人材的資本の安定性や成長性を描いていくこと、個人は自らのキャリアについて自律的に行動することが求められてきている。本報告書でも述べてきたように、仕事に直結した今・ココのための学びよりも、中長期を見据えたキャリア形成のための学びこそが重要になる。それにあたっての企業の責務は、キャリア形成学びを促す人事制度やマネジメントに進化させることである。

では、個人のキャリア形成学びへの意欲をより喚起するためには、どのような人事制度やマネジメントが必要なのだろうか。私の仮説は、個人が主体的に仕事や働き方を選択することを促す個人選択型制度と、自律を促す職場のマネジメントが中長期のキャリア形成への学習行動に寄与する、というものだ。それを検証することで今後の人材マネジメントの進化の方向性が明らかになるだろう。

ここからは、人事制度と職場のマネジメントが仕事直結学びとキャリア形成学びに与える影響を比較しながら、中長期学びに求められるものを明らかにし、上記の仮説を支持する事実を発見していきたい。

人事制度がキャリア形成学び、
仕事直結学びの学習動機に与える影響

最初に、人事制度が個人の学習動機に与える影響を見ていく。
前提として、学習動機を内発的動機、チャレンジ志向、外発的動機の3つの因子に分けた。主体的な中長期的キャリアを見据えた学び、という意味では、自らの内面から学びへ意欲が湧き起こる内発的動機に加え、今の仕事に役立つことだけではなく、新しいことをやってみようと考えるチャレンジ志向が特に重要だと考える。

図表1は、上記3つの因子に対する人事制度の影響を見たものである。
人事制度については、20の制度を、上司の関与、学習促進制度、個人選択制度、旧来型制度 の4つに分類している。私がフォーカスする個人選択型の人事制度として定義したのは、個人が仕事・働き方・キャリアに関する主体的な選択の機会を増やすと考えられる施策群であり、具体的には「キャリア相談機会」「副業・兼業制度」「複線型のキャリアパス」「社内公募/自己申告」「新規事業/改善提案」「柔軟な勤務制度」の6つである。

まず、キャリア形成学びを促している人事制度を概観すると、内発的動機は「評価のフィードバック」で高まり、「昇格条件としての資格」を示すことで低下する。チャレンジ志向は「学習のための長期休暇」と「副業・兼業制度」で高まり、外発的動機は「昇格条件としての資格」と「キャリア相談機会」で高まる。「目標設定(半年・年間)」は、チャレンジ志向も外発的動機も低めていた。

一方、比較として仕事直結学びを見ると、内発的動機に影響する特筆すべき制度は見当たらない。チャレンジ志向は「学習活動のグループ 」や「学習のための長期休暇」が、外発的動機は「学習のための長期休暇」「キャリア相談機会」「昇格条件としての資格」が高めている。チャレンジ志向、外発的動機ともに、「目標設定(半年・年間)」がマイナスに働いている。

図表1 勤務先制度と各学びの関係勤務先制度と各学びの関係※職場の制度の測定は2件法(1.ない、2ある)。数値は重回帰分析における標準化回帰係数(5%水準以上で有意な係数のみを記載。太字は1%水準で有意)

人事制度のキャリア形成学びへの
影響は限定的だが、有効な制度も

あらためて、全体を俯瞰すると、人事制度で学習動機を高めることの難しさを実感する。私が仮説とした個人選択制度のうち、キャリア形成学びでチャレンジ志向を高めるのは 「副業・兼業制度」のみである。そのほか、「評価のフィードバック」と「学習のための長期休暇」の2つが、チャレンジ志向にプラスの影響を与えていた。

近年、私が接する企業でも、評価結果を報酬に反映させるだけでなく、結果のフィードバックの場を 「本人の成長を促進するコミュニケーション機会」と位置づける企業が増加している。分析結果からは、それらの機会が意図通りに機能していると考えられる。また、業務上では得難い学びの機会や業務とは異なる仕事の機会を得られることが、新たな学びに向かうきっかけとなっている。一部の企業では従業員の視界や能力を広げるために副業や兼業を認める動きが進んでおり、中長期的なキャリアへの意識を育むことが可能だということが示唆される。

一方で、キャリア形成学びに寄与しない・あるいはマイナスに働く制度があることも認識すべきだ。メンバーシップ型の雇用のなかで育まれた旧来型制度のほとんどが、キャリア形成学びを促す動機づけになっていないことを真摯 に受け止めなければならない。特に、「昇格条件としての資格」という、社内でのキャリアを歩むための基準を示すことは、キャリア形成学びの外発的動機を高めても内発的動機を低めてしまう二面性に注目したい。

そして、上司の関与の「目標設定(年間・半期) 」は、仕事直結学び、キャリア形成学びともにチャレンジ志向と外発的動機を低下させる影響が見られた。目標設定は業績を維持・向上させるための組織マネジメントツールとしての側面が強い。それは、仕事であれキャリアであれ、個人の成長に向けた学びにつながることは少ないことがわかってくる。

職場マネジメントが学習動機に
与える影響は比較的大きい

次に、学習動機と職場のマネジメントの関係を見てみたい。学習動機は、前項と同様に内発的動機、チャレンジ志向、外発的動機の3つの因子を使用している。

職場のマネジメントの19の項目は、職場の特徴、職場づくり、成長支援、フィードバックの4つ に 分類している。また、冒頭で述べた自律を促す職場のマネジメントが個人の学習行動に寄与するという仮説を検証するために、職場マネジメントの因子として個人の自律を促進する特徴がみられるキャリア自律支援風土の因子を 抽出し、それと関わりのある13の項目を表中で太字として示した 。

では、キャリア形成学びの動機に影響するマネジメントとはどのようなものだろうか。
内発的動機は、「新たなチャレンジは求められていない」「職場のフィードバックはネガティブなものが多い」「職場のフィードバックはポジティブなものが多い」によって高まり、「仕事を進めるにあたり、個人の問題意識を重視する」によって低下する。チャレンジ志向は 、「会社のミッションやビジョン、組織目標が共有される」「新たなチャレンジは求められていない」が、外発的動機は「職場以外の価値観の異なる人との仕事の機会がある」「今、何を学ぶべきか、アドバイスしてくれる人がいる」が高めている。

一方の仕事直結学びでは、内発的動機を高めるのは「仕事以外のことについて話ができる雰囲気がある」「職場の同僚と相互に刺激を与えあい 、成長する関係である」「個人の課題に向き合うために、上司らが阻害要因を除いてくれる」である。チャレンジ志向は、「個人の長期的な成長に必要な仕事のアドバイスが得られる」「個人の課題に向き合うために、上司らが阻害要因を除いてくれる」が高める。外発的動機では、「個人の長期的な成長に必要な仕事のアドバイスが得られる」と「上司は、キャリアイメージや実現したいことを知ろうとする 」が高める要因として挙げられる。

図表2 職場マネジメントと仕事直結・キャリア形成学びの動機との関係

職場マネジメントと仕事直結・キャリア形成学びの動機との関係※職場の測定は5件法(1.あてはまらない、2.あまりあてはまらない、3.どちらでもない、4.ややあてはまる、5.あてはまる)。数値は重回帰分析における標準化回帰係数(5%水準以上で有意な係数のみを記載。太字は1%水準で有意)

キャリア形成学びと仕事直結学びで異なる
動機を高めるマネジメント

こうして見ると、先に見た人事制度よりも職場のマネジメントのほうが、キャリア形成学びと仕事直結学びの動機を高める要因が異なることに気づく。特徴としては、仕事直結学びよりもキャリア形成学びへの影響が強いものは、先の目標や組織全体のミッションという長く広い視点での意識のすり合わせや、社内外の他者からの刺激だ。
そして、上記で挙げたキャリア形成学びの学習動機を高めているマネジメントのほとんどは、キャリア自律支援風土 の因子と関わりがあることがわかり 、仮説をある程度支持してくれる結果となった。ちなみに、関わりのないうちの1つは、「職場のフィードバックはネガティブなものが多い」だ。 近年、リアルタイムフィードバックの重要性を指摘する声が多いが、たとえネガティブなものであっても、キャリア形成への思いを育むきっかけになり得るという点が大変興味深い。人事制度の項で述べた、評価のフィードバックと重ねて見ると、仕事ぶりや成果をしっかりと見つめ、真摯にフィードバックするという関わり方は、大変重要であることを強調しておきたい。

もう1つ、キャリア自律支援風土と関わりがないのは、内発的動機の「新たなチャレンジは求められていない」である。 これは解釈が難しいが、「内発」ということと「強く求める」ことの相性の悪さ かもしれない。「大人は自主的には学ばない。」で述べたように、「自主的に」「学ばせる」ことの矛盾と似ているのではないか。これは、社員に主体性を求めるときの、組織や上司のスタンスに大きな示唆を与えてくれる。

付記として、キャリア形成学びの動機を高めるための、人事制度とマネジメントの「相性」を検証したのでここで紹介したい。「複線型キャリアパス」の制度は学習動機を高めることに寄与するという結果を得られていなかったが、マネジメントのキャリア自律支援風土の因子と掛け合わせることによって、チャレンジ志向が高まることも見えてきた。ほかにもいくつか同様の例があり、キャリア自律支援風土を形成するマネジメントが、個人選択型の制度を有効にする可能性が見えてきた。

個人の学習動機を高め、行動を促すための
組織をいかにつくるか

あらためて、冒頭の仮説、「個人が主体的に仕事や働き方を選択することを促す個人選択型制度と、自律を促す職場のマネジメントが中長期のキャリア形成への学習行動に寄与する」に対する可能性をまとめる。

今回の分析からは、個人選択型の人事制度が直接個人の学習におよぼす影響は限定的ではあった。しかし、キャリア自律支援風土の因子と関わりのある職場のマネジメントは、学習動機に影響することが明らかになっている。また、キャリア自律支援風土を形成するマネジメントが、個人選択型の制度をより有効にしている可能性も示唆された。これらをもとに、キャリア形成学びの学習動機を高める組織をつくるための制度とマネジメントについて留意すべきことを、私なりにまとめたい。

1.個人 が今後のキャリアを選択できる制度を設計すること
多くの企業では個人が自由に学べる機会として選択型の研修体系を用意しているが、それ自体が学習の動機につながるわけではない。一方で、社内の複線型キャリアや社外での副業・兼業は学習動機を高めている。それらの選択肢が提示されていれば、個人の成長や、可能性をより広げるキャリア形成の機会として認知され、それが学習動機につながり得るのだ。

2.事業目標の達成に向けた人材マネジメントと、個人の学びのための仕組みを分けること
上司の関与は概ね個人の学習動機に影響がなく、半年・年間といった目標設定は学習動機を低下させる結果になっていた。昇格条件としての資格についても外発的動機を高める一方で、内発的動機を低下させる可能性があった。これらの人材マネジメントの目的は、企業が追求する成果・業績を上げること、そしてそれを可能にする人材を継続的に育てることであり、個人に期待する学びは企業が求める能力の開発となりがちだ。つまり、事業目標の達成に向けた人材マネジメントでは、今、多くの企業が期待する個人の主体的な個人の学びを促進することにはつながらない。個人のキャリア形成学びを促進する制度としての、例えば副業・兼業制度や複線型キャリアパス、学習グループなどは、事業目標の達成に向けた人事制度と分けるべきであろう。

3.個人が学びに向き合うためのサポート
アクティブ・ラーニングの中では、学びの目的や内容を明示し、学びのプロセスに向き合わせることが重要とい われている。今回の調査から見えたことは、個人の学習においても、キャリアイメージについて 対話し、社内外の自分とは異なる価値観に触れ、また、ポジティブ・ネガティブを問わずフィードバックをもらう、といった支援が必要であることだ。換言すれば、個人が学びの目的を見つけ、向き合い、試行錯誤しながらも前に進んでいく支援が重要であるということだ。
権限委譲とは、推進上の阻害要因を取り除くことが本質である。そう上司から教えられたことがある。事業推進に向けて組織がマネジメントしてきた学びの主導権を個人にあらた めて委ねていくうえ で、人事制度・マネジメントに求められることは、個人の学びに向けた視界を広げ、物理的・心理的な壁を取り除くサポートをすることではないだろうか。

阿久津 徹 株式会社リクルートマネジメントソリューションズ 
エグゼクティブコンサルタント
組織開発を中心に理念浸透、戦略推進、育成体系構築、働き方変革等のコンサルティング、トレーニング/サーベイの商品開発に従事。コンサルティング部門・商品開発部門の責任者、執行役員を経て、現職。米国CTI認定 プロフェッショナル・コーアクティブ・コーチ(CPCC)
Minerva Managing Complexity Program Faculty