Opinion:学びたくなる職場はどのようか【Opinion.3】時間的、因果的な距離が異なる学びを区別し、組織の中での促進・阻害を今こそ問うべき

経営学からの視点から 服部泰宏(神戸大学経営学部准教授)

個人の学びは組織にとってなぜ重要なのか。
個人の学びを促すには組織の中に何が埋め込まれている必要があるのか。
神戸大学准教授・服部泰宏が、経営学の議論の蓄積からこれらを分析し、個人の学習のために組織に求められることを主張する。

経営学は個人の「学び」を
どのように捉えてきたか

個人が行う学習を捉え、分類する視点には、実にさまざまなものがある。代表的な見方は、「人は何から学ぶか(学びの源泉)」という点に注目するものであり、具体的には学習を、試行錯誤的学習、実験的学習、即興的学習、エラーによる学習など個人の直接的な経験に関わる学習(経験学習)と、観察学習、代理学習、模倣学習など他者の経験を観察することに関わる学習(間接学習)に分けて捉える。ここに、他者との対話や薫陶による学習や、職場のコンテクストから切り離された研修や独学などの学習が加わることもある。そのほか、経営学のなかでしばしば用いられるものとして、学習が起こる「深さ」に注目した低次学習(シングルループ学習)と高次学習(ダブルループ学習)、学習が起こる「領域の新規性」に注目した探索と活用(深化)(※1)などがある。これらは、個人が行う学習について、それぞれ異なる部分に注目をしたものであり、どれが正しく、どれが間違っている、という類のものではない。またこれらは、決して相互に排他的なものでもない。

「学びとその帰結との間の時間的、
因果的な距離」に着目

さまざまな学びの「源泉」やそこで起こる「深さ」、さらには「領域の新旧」といった視点を含みつつも、本プロジェクトが主として注目するのは、「学びとその帰結との間の時間的、因果的な距離」である。個人が行う学習には、学習行動とそれが成果として結実するまでのタイムラグが小さく(時間的距離が近い)、かつ「この学習行動によってこの成果が得られた」という因果を特定することが容易な(因果的な距離が近い)ものと、学習行動をとったとしても、それが成果として現れるまでのタイムラグが大きく(時間的距離が遠い)、しかもその因果を特定することが難しい(因果的な距離が遠い)ものとがある。大人の学びをどう捉えるかで行った分類でいえば、「課題解決型の学び課題解決型の学び」や「ソリューション共創型の学び」などが前者、「キャリア熟達型の学び」や「自己変革型の学び」などが後者に、それぞれ該当するだろう。

素朴に考えれば、「課題解決型の学び」や「ソリューション共創型の学び」のように時間的/因果的距離が近い学習であれば、個人も組織も、喜んでコミットするはずである。にもかかわらず、それが現実的に起こっていないのだとすれば、そこには私たちが見落としている重大な要因があるはずである。他方、「キャリア熟達型の学び」や「自己変革型の学び」のように時間的/因果的距離が遠い学習については、個人も組織も、そこにコミットするインセンティブを持ちにくい。短期的には成果をもたらさないこの種の学びを駆動させるためには、明らかに、なんかの周到な仕掛けが必要である。

経営学においても、個人が行う学習には「特定の成果に直接的に結びつくことを意図したもの」と、「特定の成果を必ずしも意図せず、学習することそれ自体の価値を追求するもの」がある、といった議論があることはあるが(※2)、これらがそれぞれ、なぜ、どのように可能になるのかということに関する本格的な実証は、決定的に不足している。これこそが、経営学者としての私の問題意識であり、このプロジェクトの問いの根幹である。

個人の学びが
「組織」にもたらすもの

このように「学びを阻害する要因とは何か」についてわかっていることは少ないが、他方で、「個人が学習を行うことが、個人や組織に何をもたらすのか」ということについては、すでにある程度の議論の蓄積がある。次に、この点を整理しておきたい。そのことが、「学びを阻害する要因とは何か」という本プロジェクトの問いの重要性を確認することにつながるはずである。

個人の学習が組織にとって重要である第1の理由は、単純に、それが当人の仕事成果に対してプラスの影響を与えるからである。例えばアメリカの某カーディーラー企業に所属する398名のビジネスパーソンを対象とした研究では(※3)、個人が自主的な学習行動に従事すればするほど、(上司や評価する)当人の仕事成果が高くなる、ということが確認されている。豊富な実証結果があるとはいえないものの、個人の学習は仕事成果として結実する可能性がある、というエビデンスは確かにある。

個人の学習が組織にとって重要である第2の、そしてより重要な理由は、それが組織や職場の吸収能力(absorptive capacity)の向上をもたらす、というものである。吸収能力は、組織学習の領域で有名なコーエンとレヴィンサールが提唱した概念であり、「組織が新規の外部情報の価値を認識し、それを吸収・同化し(assimilate)、 商業的な目的に応用する能力」を指す(※4)。

激しく変化する環境のなかで生きる組織は、常に新たな情報に接し、吟味し、必要であればそれを内部に取り込み、ビジネスとして結実させなければならない。ところがコーエンらによれば、多くの組織は、仮に新たな、そして(見る人が見れば)有益な情報に接したとしても、その情報に注目し、それを摂取し、取り込むことができない。ある程度健全に運営されている企業であれば、外部情報に全く関心を示さないなどということはないはずである。にもかかわらず、新たな情報からの学びが起こらないのは、組織を構成する個人が、自らが接している情報の重要性に気づかない、あるいはそれを理解できないからである。彼らの議論が重要なのは、組織としての学習の失敗を、情報に接する機会の少なさでも、接している情報の貧弱さでも、個人の怠慢でもなく、情報を理解するための「事前の情報/知識」の欠如に求めている、ということだ。情報に接したとき、その重要性に気づき、それを理解し、自社内に取り込んで利用するためには、それを理解するための「事前の情報/知識」、いわば学びのための「レディネス」が、組織のなかに担保されていなければならないのである。

コーエンとレヴィンサールによれば、「事前の情報/知識=レディネス」は、2つの意味で学習に貢献する。1つ目は、ある時点での学習が、次の時点での学習の基礎となるというように、「事前の情報/知識」が情報/知識のさらなる蓄積をもたらすということ(cumulativeness)。四則演算ができるから方程式の理解が可能になり、方程式への理解が今度は連立方程式の理解につながる、ということだ。2つ目は、いったんある種の知識が形成されると、その知識がベースとなって、自身や自社にとってそれがどこまでの価値をもたらしそうか、期待の見積もり(expectation formation)ができるようになるということ。ある分野についての基礎的な読書を積んでおけば、新刊の目次や前書きを読むだけで、その書籍の価値を大まかに理解することができる、といったことがこれにあたる。

ただし、組織内の個人がみな同じことを学習している状態というのも、実はよくない。社員の間で保有している知識や情報がオーバーラップしていれば、人々の間のコミュニケーションは確かに円滑さになるが、他方で、新しいアイデアの創発には、個人間で保有している知識や情報が違うということが重要になる。個人による自発的な学習は、組織のなかにおける知識や情報の蓄積の総量を増やすだけでなく、蓄積される知識や情報の分散を担保するという意味でも、極めて重要になる。

個人と組織に中長期的に
大きな影響を与える「メタ的吸収能力」

ただし、コーエンとレヴィンサールがいう吸収能力は、学習の中身が、当該業務に直接的に関連したもの、本プロジェクトの言葉でいうならば、「課題解決型」と「ソリューション共創型」についての学習を想定したものである。では、我々が想定するもう1つの学習、つまり「キャリア熟達型の学び」や「自己変革型の学び」のように時間的/因果的距離が遠い学習についてはどうだろうか。

やや推測的な議論になるが、この種の学習は、学習者個人が新たな情報や知識を注目/評価/摂取/取り込むための「事前の情報/知識=レディネス」とは別の意味で、個人や組織に吸収能力をもたらす、と我々は考えている。具体的に、それは当人のものの見方や考え方に影響を与えることを通じて、「課題解決型」や「ソリューション共創型」といった学習によって摂取される情報や知識の捉え方、さらにはそうした情報を収集するためにアクセスするリソースに変化をもたらす、と考えられる。例えば、「社会のなかで数量化が進行する背景には、技術の進歩だけでなく、専門家に対する社会の不信がある」(※5)という知識をデータサイエンティストが持っていたとしても、当人の当面の業務内容には変化がないかもしれない。ただし、そのような前提を理解していれば、日進月歩で進化するデータサイエンスの世界にあって、自身はどのような意味での専門家でありうるのか、これからどのような分野で知識を蓄積していけばよいのか、ということに対する考え方は変化する可能性がある。この種の吸収能力を、ここでは仮に「メタ的吸収能力」と呼ぶことにしよう。

コーエンとレヴィンサールのいう吸収能力が、新たな知識や情報に対するレディネスに関わるものだとすれば、「メタ的吸収能力」は、そうした情報や情報への注目の仕方であり、評価のあり方であり、摂取であり、取り込み方を変えることに関わる、といえるだろう。「メタ的吸収能力」は、仕事業績への直接的なインパクトがみえにくいだけに、個人にとって重要性が理解しづらい。にもかかわらず、これは、個人のものの見方、捉え方に大きな影響を与え、ひいては組織としてどんな情報や知識に注目し、取り込むかということに影響を与える。

個人の学習を駆動し、自走させるには
組織としての取り組みが必要

繰り返しになるが、今私たちに必要なのは、「学びを行ったタイミングと、それが帰結をもたらすまでの間の時間的、因果的な距離が異なるさまざまな学びを区別し、それらが組織のなかで、促進され、またどのように阻害されているのか、ということを問うことである。「課題解決型」「ソリューション共創型」的な学びであれ、「キャリア熟達型の学び」「自己変革型の学び」的な学びであれ、すでにある程度の蓄積がある個人は、コーエンとレヴィンサールがいうように、「事前知識」をもとに自走的に学習を行うことができる。学習には、そうした一種の「自走」的な側面が確かにある。ところが、そうした「事前知識=レディネス」を持たない多くの個人は、仮に学習機会に直面したとしても、学習のサイクルに入ることができない可能性が高い。残念ながら、組織のなかの個人は、よほどのことがない限り、自発的な学びを行わないということは、すでに実証研究によって確認されている(※6)。仮にそうした学びを行うとしても、そこで行われるのは、その問題に直結した「課題解決型」「ソリューション共創型」における学習となる可能性が高い。個人の学習を駆動させるためには、やはり、組織としての取り組みが欠かせないということだ。

(※1)「両利きの経営」の議論をご存じの方は、探索と活用という概念が、個人の学習の分類として紹介されていることに違和感を持たれるかもしれない。探索と活用というのは、元々は組織全体において2つの学習活動を並列することに関わる概念であるが、近年、一人の個人のなかでもこの2つを並列することの重要性が指摘されている。
(※2)Walumbwa, F. O., Cropanzano, R. & Hartnell, C. A. (2009). Organizational justice, voluntary learning behavior, and job performance: A test of the mediating effects of identification and leader‐member exchange. Journal of Organizational Behavior, 30(8), 1103-1126.
Kim, S., Kim, H. & Lee, J. (2015). Employee self-concepts, voluntary learning behavior, and perceived employability. Journal of Managerial Psychology, 30(3), 264-279.
(※3)Walumbwa, F. O., Cropanzano, R. & Hartnell, C. A. (2009). Organizational justice, voluntary learning behavior, and job performance: A test of the mediating effects of identification and leader‐member exchange. Journal of Organizational Behavior, 30(8), 1103-1126.
(※4)Cohen, W. M. & Levinthal, D. A. (1990). Absorptive capacity: A new perspective on learning and innovation. Administrative Science Quarterly, 35, 128-152.
(※5)Porter, T. M. (1996). Trust in numbers. In Trust in Numbers. Princeton University Press.
(※6)服部泰宏 (2015). 経営学の普及と実践的帰結に関する実証研究. 経済学論究, 69(1), 61-86.
新井康平, & 服部泰宏 (2014). 経営学に関する宣言的知識: 普及状況の実態調査 (〈特集〉リガー VS. レリバンスを越えて 〈上巻〉). 日本情報経営学会誌, 34(2), 40-50.

服部 泰宏 神戸大学大学院経営学研究科准教授(2023年4月1日より教授)
神戸大学大学院経営学研究科卒業。「組織と個人の関わりあいはどこに向かうのか」と「個人の優秀さをいかに捉えるか」という2点をコアテーマに、人材採用の革新に関する研究、圧倒的な成果をあげる「スター社員」の生態、そうした社員の「特別扱い」の研究などに従事。組織学会高宮賞、労務学会賞、人材育成学会賞などを受賞。