企業が語る「集まる意味」の現在地「人が集まる価値」から考えるハイブリッドワークのあり方

新型コロナウイルス感染症拡大に伴い、企業における労働環境は大きく変化している。仮に今後コロナ禍が落ち着いたとしても、働き方がコロナ禍以前に完全に戻ることは考えられない。人も企業も、非対面で働くこと、働いてもらうことを十分に知ってしまったからである。

ここでは、20219月から11月にかけて行い、すでに公表した6社(ヤフーサイバーエージェントリコーNECネッツエスアイ富士通カルビー)への取材から、各企業が考える「人が集まる意味」を改めて考えてみたい。

オンラインに移行し、生産性が向上、人も集まりやすくなった

さて、取材の中心となったのは、やはり、各社で急速に進んだテレワークに関する評価である。
まず肯定的評価から見ていく。

仕事の生産性が上がったという声はやはり強かった。「個人の生産性が向上した」(ヤフー)、「会議資料の事前送付が増え、本題の議論にすぐ入ることができる。移動時間もなくなり、会議の時間も短縮した」(サイバーエージェント)、「仕事の集中度がアップする」(NECネッツエスアイ)といった声が代表的だ。
人が集まりやすくなったという声も聞かれた。「会議室の設定が不要、人数制限も緩くなり、大人数の会議も容易にセットできる」(リコー)という具合である。

さらに「フラットな議論がしやすくなったこと」を挙げるのがNECネッツエスアイだ。同社では執行役員以上しか出席できなかった事業執行会議を本部長にも開放。さらに若手の意見を役員に伝える企画も走らせる。「批判的なコメントや、立場の上の人間がマウントをとるような発言をするのは厳禁」というルールまで定めて運用している。

オンラインでの集まりだと感情的情報、受け身の情報が得られない

問題点や課題に関しては、「オンラインでは入社直後の新人や部署異動者に対する関係性の構築が難しい」という声が複数から得られた。「仕事でやり取りされる情報には、仕事そのものに関わる認知的情報と、当人に関する感情的情報とがあり、オンラインでの集まりだと、後者が伝わりにくい」(ヤフー)という背景があるからだと思われる。

「残業が増えた」という声もあった。「距離や時間、場所などの制約がないため、会議が設定されやすいからではないか」という、先に挙げた肯定的評価の裏面を指摘したのがNECネッツエスアイだ。「加えて管理職が部下から相談を受ける機会が増え、負担も増している」という。

サイバーエージェントは、当人が意図せずとも対面で得られる情報を「受け身の情報」と表現する。オンラインではそれが失われる。たとえば、見ようともなく、目に入ってきた先輩の仕事の仕方を、後輩が目の当たりする機会が喪失してしまうというのだ。「OJTが機能しなくなる」(NECネッツエスアイ)というのも本質的に同じ危惧だろう。

また、6社とは別に、プレ取材で話を聞いたA社からは「職場で、上司がその上司に怒られている。その様子を見れば、何が問題で、自分がこれから何をすべきかを考えることができた。これがテレワークになるとできなくなる。上司もすべての情報を言語化しないと、部下に伝えられなくなるので、手間が増える」という声が上がった。
「仕事のスピードや質の担保という面で、現物を手に取りながらやり取りできる対面のほうがいい、という声がものづくりの現場から上がっている」(リコー)というメーカーならではの声もあった。

「イノベーションに不可欠な偶発的な議論ができにくい。社内でふと出会った仲間との情報交換が起こりにくい。ほかの組織との横のコミュニケーションもとりにくい」ことを指摘したのがNECネッツエスアイで、そのメカニズムをこう説明する。「テレワークには求心力と遠心力が働く。仕事上のつながりのある人たちは、その密度が増し、一体感と信頼感が強化される。これが求心力。一方で、職場や顧客との距離が心理的なものを含め、遠くなってしまう。こちらが遠心力。2つの力が効きすぎると、つながりは強くないけれど、時に重要な情報をもたらしてくれる他部署の人間が視野から外れてしまい、重要な情報が欠如してしまう」
組織にサイロができ、横の連携がとれなくなってしまうのだろう。

キャリアに悩んだ末の転職が増える?

離職理由に変化が生まれるかもしれないことを指摘したのがサイバーエージェントだ。「リモートワークが進むと、自分の今後のキャリアに一人で悩んでしまうかもしれない」。昨今、多くの企業が副業の解禁に乗り出しており、リモートワークが主体になると、副業もしやすくなる。そちらの仕事のほうが面白くなり、転職、という流れも強まる可能性がある。

サイバーエージェントは「二感と五感の違い」を強調する。オンラインでは視覚、聴覚以外の情報が不足する。飲み会など、社員同士の会食の機会が減ると、人間同士がわかり合い、結びつきを深め、信頼関係を強固にする機会が減ってしまう、と。 
ただ、こういった課題や問題点を勘案したとしても、「仕事の集まりは対面だけ。オンラインはあり得ない」というコロナ禍以前の慣習に戻ることはないだろう。個人のライフを中心に仕事を組み立てようとした時には、リモートワークは何といっても利点が多い。さらに各社が異口同音に話したように、今後を担う若手ほど、リモートワークに抵抗感がなく、以前の働き方には戻りたくないと考えているのだから。

さらにいえば、富士通が「デジタル環境の整備がより一層進むと、コミュニケーションにおけるリアルとオンラインの差は今まで以上になくなっていく」と指摘したように、テクノロジーの進歩もそれを後押しするはずだ。

対面で集まる4つの価値

今まで当たり前のように行っていた対面での仕事や打ち合わせがなくなると、今まで気にも留めなかった「対面で集まることの価値」が浮かび上がる。健康を害して、初めてその尊さが実感されるように。
その価値は次の4つに集約できるだろう。

まずは「機能的価値」である。リコーのものづくりの現場から上がった声のように、物体としての製品、装置、備品といった物理的なモノを扱う職場においては、顔を突き合わせ、あれこれ協議する局面が不可欠となる。つまり、ものづくりの現場である工場での仕事がすべてオンラインに置き換わるわけではないということだ。

次は「感覚的・情緒的価値」である。これも先にリコーが指摘した感情的情報そのものだ。担当者はこう発言した。「対面すると、言葉のやり取りだけではなく、表情や所作、服装などを目にすることができる。受け取る情報が桁違いに多く、結果、その人のことをより深く知ることができ、共感が起こりやすい」。 

3つ目が、同じ出来事を共有することで得られる「経験価値」だ。これはIT企業としては珍しく、サイバーエージェントが重視している。ホンダのワイガヤ、京セラのコンパのように、多くの日本企業で、仕事に関連したメンバー同士の会食が頻繁に行われてきたのは、そうした場で得られる経験価値を重視した試みといえる。

先のA社がいうところの、上司の様子から次にとるべきアクションを先読みするといった動物的勘、あるいは「阿吽の呼吸」も、「先輩がそうしていたのを見た」「自分はそうしないでいたことがあり、怒られた」という経験があるからだろう。

最後は「偶発的価値」だ。オンラインの場合、目的を持った会合は開きやすいが、そうではない会合は稀だ。「単純な情報伝達はともかく、新たなアイデアの創出にはオンラインは向かない」という声が複数から聞かれた。NECネッツエスアイが指摘するように、違う部署の顔見知り同士がたまたまオフィスの廊下で出会い、何気ない会話から、新たな仕事の種や解決策を思いつく。こうした「瓢箪から駒」はやはり多くの社員がオフィスに在社していなければ難しい。

一方で、働き方の進化を考える場合、これらの価値は必須なのか、それぞれを「取り戻す」ためだけに、対面環境を用意する必要があるのか、という議論も忘れてはならない。

4つの価値を再確認する各社の施策

こうしたオンラインのみでは創出が難しい価値を、どう再確認し、増幅していくべきか。6社の取材から振り返ってみたい(図表1)。

ヤフーは「どこでもオフィス」を推進、最も効率がいい働き方、働く場所を各自が決めている。注目すべきは社食のカレーを一緒に食べながら、初対面の面々が趣味の話に興じるオンラインのランチイベント「お友達獲得大作戦」。オンラインでは創出が難しい感覚的・情緒的価値、経験価値、偶発的価値の3つを、あえてオンラインで創出させる試みといえるだろう。中途入社者を対象にした最初の入社式は「ヤフーに入った」という感覚的・情緒的価値を高める働きがある。

リモデイと称し、週5日のうち、一定曜日の3日を出社日にしているサイバーエージェントは、それによって、4つすべての価値の創出を図っている。一方、非出社日に社員の表彰式を行う場合、季節に応じ、Zoom画面の背景をあつらえることでチーム内の一体感を醸成、感覚的・情緒的価値の補完を図り、トレーナーに新人との朝会や夕会の開催を推奨し、経験価値を高めるといった、きめ細かな対策もとっている。

東京オリンピックに向けて全社一斉リモートワークの準備を早くから進めてきたリコーは、完全リモートから部分リモートへ、今後の働き方を模索している。出社日を設定することで、失われがちな4つの価値の創出を検討している。

NECネッツエスアイはリアルとオンラインを組み合わせたハイブリッドワークをすでに志向しており、6社のうちでは意識面でも実態面でも最も先を行く。営業同士のざっくばらんな情報交換の場「Tea Room」 は偶発的価値を生まれやすくするための施策といえる。クラウドのアンケートツールといったデジタル技術の活用で、ピラミッド組織を崩してフラットにし、議論を活性化させていることにも注目したい。

図表1 「集まる価値」の回復と増幅に向けた各社の対応策
「集まる価値」の回復と増幅に向けた各社の対応策

オフィスに求められる経験価値、偶発的価値の創出機能

奇しくもコロナ禍という同じ時期にオフィスのリニューアルを行ったのが、富士通、カルビーの2社だ。富士通はオフィスを社外のパートナーにも開放したうえで、「仕事をする場」ではなく「経験する場」、カルビーは新オフィスを一人での仕事や報告型会議以外の社内外の「コミュニケーションの場」と、それぞれ規定した。どちらも、4つの価値を新オフィスにおいて創出することを、改めて確認した内容といえる。

さらに、富士通の社内SNSは感覚的・情緒的価値ならびに偶発的価値を、出社者の偶発的コミュニケーションを促すアプリは、それこそ偶発的価値を増幅する仕掛けといえる。

カルビーの場合、雑談のみを行うチャットは感覚的・情緒的価値を、オフィスでのフリーアドレス制やオンライン学習講座「Calbee Learning Café」は、目の前の仕事に直結しない異質な情報を提供するという意味で、偶発的価値を増やす仕掛けといえるだろう。

最近の報道によると、NECは社員食堂で社外の人と会食ができる取り組みを始め、コーヒーをいれる技術を持つバリスタやパン職人を雇用し、食事メニューも充実させたという。
経験価値、偶発的価値の創出を試みているのだ。

オフィスで仕事をしていると、機能的価値と感覚・情緒的価値は努力せずとも創出される。というより、それらはオフィスで仕事をすれば自然に創出される。一方、経験価値や偶発的価値は意識しないと創出が難しい。富士通、カルビー、そしてNECの例を見ると、今後のオフィスにはその2つの価値創出に絞った機能がより重要になるのではないだろうか。

自社なりのハイブリッドワークをどう設計するか

今後を見すえると、ほとんどの企業がリアルとオンラインをうまく組み合わせたハイブリッドワークを目指すことになる。
その場合、どこの企業でも適用可能な一つの型があるわけではない。

今回の6社でいえば、ヤフーは「全社員が集まることができるのはオンラインのみ。各自が最もパフォーマンスが上がる働き方、働く場所を工夫してもらい、指定出社日は設けない」という前提で、ハイブリッドワークを推進している。 
それと対照的なのがサイバーエージェントで、リアル出社日3日、オンライン2日というルールのもと、ハイブリッドワークを志向している。リコーもこれに似ており、指定出社日を設けようとしている。

NECネッツエスアイのハイブリッドワークは、リアルを大切にしながら、各種のデジタルツールを使い、オンラインの場面を、ある意味、リアルよりもリアルな、議論が活性化された状況にすることを目指している。
あるいは、富士通やカルビーのように、集まる場としてのオフィスの再定義とリニューアルという原点から、ハイブリッドワークを再設計するやり方もある。

どんな場面ではリアル、どんな場面ではオンラインで、「集まる」のか。オンラインをどんなツールや方策で、よりリアルに近づけ、活性化させるのか。それらを含めた自社独自のハイブリッドワークの方針は先の4つの価値に留意しつつ、言語化された自社の戦略、事業の性格、さらには企業理念やパーパスに紐づいて決められるべきだろう。

「人が集まる意味を問いなおす」プロジェクトメンバー