企業が語る「集まる意味」の現在地コロナ禍以前より「どこでもオフィス」を推進 全員が集まれる共通のオフィスを「オンライン」に

ヤフー コーポレートグループ 
PD統括本部 ビジネスパートナーPD本部 本部長 
岸本 雅樹氏

新型コロナウイルス感染症の拡大を契機に、テレワークが定着し、職場における「集まる」機会やカタチが大きく変化している。対面かリアルか、同期か非同期か、職場かワークサイトか、どの場面にどのようなメソッドやプロセスが相応しいのかを悩み、また試行する企業も多いだろう。プロジェクトでは、いち早く「無期限テレワーク」制度を導入し、ほぼすべての社内外の会議、採用活動、研修、イベントなどをオンラインで実施してきたヤフーのメソドロジーについて、岸本氏にお話を伺った。

無制限リモートワーク導入で、9割が在宅勤務に

―― コロナ禍に対応した働き方の変化について教えていただけますか。

ヤフーでは2014年に、自分の好きな場所で働ける「どこでもオフィス」というリモートワーク制度を導入しました。個と組織のパフォーマンスが最大化する場所を自ら選択して働いてもらう、というのが狙いです。
その後、コロナ禍を受け、2020年2月、月5回という上限を解除し、全員に在宅勤務を推奨しました。これは臨時措置だったのですが、2020年10月、正式な制度として、「無制限リモートワーク」をスタートさせました。ここで、在宅勤務を推奨しながら、フレックス勤務対象者のコアタイムを廃止し、現在に至ります。
出社するか否かは、仕事の内容や必要に応じて、その都度、各自が判断します。現在、約9割が在宅勤務で、出社しているのは1割弱。出社組は主にセキュリティレベルが高い情報を扱う社員などで占められています。

コロナ禍では、9割が在宅勤務だった。コロナ禍では、9割が在宅勤務だった

リアルとオンラインとではやり取りされる情報が違う

―― リアルとオンラインとで、交わされるコミュニケーションの量と質について違いはあるのでしょうか。

個人差はありますが、オンラインになって特に減ったということはなく、逆に増えているケースもあると思います。オフィスのように偶然会った社員同士の立ち話はできませんが、Zoomで少し話すといった頻度は上がっている。つまり、何らかの目的を持って集まる機会はむしろ増えている感じがします。

上司と部下のコミュニケーションに限って現場の声を聞いたところ、「部下とのコミュニケーションが低下した」と答えた管理職は約10%で、「変わらない」「向上した」と答えた管理職が約90%でした。部下の側も同じような結果でした。
質については、ブレーンストーミングや企画の発表会などは対面のほうがやりやすいといった声もありますが、改善が必要なレベルの問題にはなっていません。

―― リアルとオンライン、それぞれの意味や特徴をどうお考えでしょうか。

現時点では、オンラインよりもリアルのほうが多様な情報がやり取りできると考えています。仕事でやり取りされる情報は、仕事そのものに関わる認知的情報と、メンバーの言動に関連した感情的情報とがあり、オンラインだと、後者の感情的情報が伝わりにくい。私個人がそう感じる場面は少なからずありますし、社員からも月1回行っているサーベイを通じ、同じような声が上がっています。そのサーベイでは、仕事のやりがいや成長実感、社内の人間関係、仕事量、健康状態、仕事の生産性などを聴取しています。ただし今後さらなるテクノロジーの活用によってやり取りされる情報量も差がなくなるかもしれません。

オンラインのみでは組織の生産性が下がる可能性あり

―― オンライン中心になることで、仕事の生産性は変わりましたか。

サーベイでは、オンライン主体によるパフォーマンスへの影響はない、もしくは生産性が向上したという社員がほとんどです。生産性については、個人の生産性、組織の生産性があり、今の調査では個人と組織の生産性が混ざっているので、今後はそれらを分けて聞こうと思っています。
というのも、組織の生産性が一部で落ちているのではないかという懸念があるからです。

新卒、中途を含めた入社直後の新人や部署異動者といった、新たな関係性構築が必要な社員の場合、オンライン主体ではそれが難しく、結果的に生産性が低下する可能性を危惧しています。 
さらに言えば、部署が異なる社員同士がつながる、横や斜めの関係構築も希薄にならざるを得ません。仕事や部署は別だけれども、お互い顔見知りで、困ったときに何かを頼めるような関係性はオンラインでは築きにくいのではないか。そういった問題意識から、今後、組織の生産性を定量的に把握してみたいと考えています。

―― 新人のオンボーディング(受け入れと定着)はオンライン全盛のなか、どこの企業も苦労しているようです。

そのようですね。当社は現在、採用はすべてオンラインで行っており、新卒、中途ともに「ヤフーに入ったんだ」と実感してもらうため、最初の出社日を重視しているのですが、今年は新卒者対象のリアル入社式は残念ながら開催できませんでした。
中途入社の場合、毎月1日が最初の出社日で、オフィスに集まってもらいます。我々にとっても、新しい仲間を迎える大切な日です。人事はもちろん、可能ならば上長にも出社してもらい、オフィスを案内しながら、いろいろな話をします。
新人との関係構築が難しいというのは、先ほどお話しした感情の入ったやり取りが難しいからではないでしょうか。

信頼関係のベースに必要なのはお互いの共感だと思います。対面すると、言葉のやり取りだけではなく、表情や所作、服装などを目にすることができる。受け取る情報量が桁違いに多いわけです。その結果、「この人は今楽しいんだな」「こんなことを言うと喜ぶんだ」と、その人のことをより深く知ることができ、共感が起こりやすいのではないかと。

うちは上司と部下との1対1の対話、いわゆる1on1を非常に重視しているのですが、その1on1に関するサーベイで、興味深いことがわかったのです。
2つあって、1つは上司と1on1を頻度高くやっている部下のほうが、そうでない部下よりも、エンゲージメント(その人に対する関係性の強さ)の値が高くなったのです。もう1つは、オンラインで実施する場合、PCのカメラをオンにし互いに顔が見える状態で実施したほうが、オフの場合より、同じくエンゲージメントの値が高くなりました。

社食のカレーを皆で食べるリモートランチ会

―― なるほど。1on1ですから2人ですが、3人以上で集まる場合も同じことが言えそうですね。情報量が多いほうが人間は相手に興味を持ち、そこに共感が生まれるということですね。先ほど、今後は横や斜めの関係をケアしたい、ということでしたが、そのためのアプローチは何か行っていますか。

今年は「お友達獲得大作戦」と銘打ち、約300名の新卒社員向けに仕事以外のつながりを社内で作ってもらうランチイベントを行いました。新人に2、3名単位でチームをつくってもらい、ランチを食べながら話したいテーマを決め、イントラネット上で、「このテーマでおしゃべりしてくれる先輩いませんか」と呼びかけます。テーマは好きな映画、本、ガジェット(携帯用の電子機器類)など、それこそさまざまです。役員含め、「やります」と次々に手を挙げてくれて、すごく盛り上がりました。
しかも、これはオンラインイベントです。社食の料理を自宅に宅配できるサービスがあり、それを利用しました。このときは全員が同じカレーを自宅で食べました。

オンライン懇親会セット 社員向けに社食が販売オンライン懇親会セット 社員向けに社食が販売

―― それはまさに「同じ釜の飯」ですね。オンラインですが、PCの前で食べているものは同じで、しかも社食から届けられたものだから、一体感が生まれる。それこそ感情が湧き起こり、共感が生まれやすくなるでしょう。

はい。今はランチだけではなく、社食発の夜の飲み会セットも社員向けに販売しており、利用者には会社から補助が出ます。

毎月の朝会もオンラインで

―― ところで、「どこでもオフィス」を推進していくと、長期的には組織のまとまりが減じ、離職者が増えたり、大切なDNAの伝承が途絶えてしまったりといった危惧はありませんか。

先ほどお話しした毎月のサーベイでその点も確認しているのですが、幸いなことに現時点では、そうした危惧は顕在化していません。
「どこでもオフィス」に移行する以前から、私たちは月に1度、全社朝礼というものを行ってきました。経営陣が、それ以外の全社員向けにメッセージするもので、現在はオンラインでやっていますが、以前は対面でした。

朝礼でのメッセージのトピックスは毎月変わりますが、中心となるのは、事業の現状や戦略の達成状況、戦略とミッションの関わりなどです。経営陣が社員に説明責任を果たすとともに、ヤフーへの帰属意識も高めてもらう場となっています。その場で質問も受け付け、社長自ら回答しています。

リアルで出社するとどうなるかという実験

―― あえてお聞きしますが、現在のオンライン主体の働き方に不満を持っている社員はいるのでしょうか。

多くは「快適だからこのまま続けたい」という反応ですが、一方、難しさを感じている層も一定数います。何事も自己完結型だからリモートのほうが集中できるという人もいれば、皆とわいわい話をしながら仕事をしたいという人もいます。それに、家庭の事情で在宅勤務はそもそも難しいという社員もいますから、非常に個別性が高い。
今は半ば強制的に自宅勤務を強いていますが、緊急事態宣言が明けたら、最も高いパフォーマンスを発揮できる働き方を各自に自律的に選択してもらいたいと思っています。

―― 今後、御社の働き方はどう変化するのでしょうか。

理想は「どこでもオフィス」ですので、コロナ禍が収束したら、自宅で働くということは今より減るでしょう。対面で会うことの価値も変わってくる可能性がある。それを見越して、リアルで出社して働くとどうなるか、という実験を考えています。
一方、皆がどこでも好きな場所で働いていいわけですから、働く場所が分散します。そうなると、今度は皆が集まり、コミュニケーションする場が必要になる。それは必ずオンラインになると思います。コロナが収束したからといって、全員をオフィスに戻したり、一律の出社日を決めたりすることはないでしょう。

ヤフー コーポレートグループ 岸本 雅樹氏ヤフー コーポレートグループ 
PD統括本部 ビジネスパートナーPD本部 本部長
岸本 雅樹氏

2006年ヤフー(株)に入社。入退社管理、福利厚生の運用、勤怠・労務管理等を行ったのち、2011年からは人事企画として人事制度設計と運用に従事。評価制度、社内FA制度、サクセッションプラン、タレントレビューなどの運用を手掛ける。また2016年にはバリュー改定を推進。2016年10月よりHRBPとして主に全社のテクノロジー部門と管理部門を担当。人事全般に従事。2021年4月より現職。

インタビュアー:村田弘美
TEXT:荻野進介