ワーキッシュアクトに関するインタビュー労働供給制約の突破口、ワーキッシュアクトとは何か

何か社会に対して提供しているかもしれない、本業の仕事以外の活動

ワーキッシュアクトの絵(言葉の説明は本文にあり)

労働供給制約が生活を破綻させてしまうかもしれない未来を回避するために、自動化・機械化と並ぶ重要なファクターとして検証するのが「ワーキッシュアクト:Workish act」だ。それは、1人の人間がいろんな場面で活躍する社会へのパラダイムシフトが起こる必要があるという発想に基づいている。
構造的な担い手不足について我々が取材や調査を進めていた際に、この社会には本業の労働・仕事として担う人に限らない、当初想定していた以上に多様な担い手が存在していることに気がついた。例をあげよう。

スマホのゲームをすることで結果として地域のインフラ点検に貢献している人がいる。そのゲームでは、地域のマンホールや電柱を撮影し位置情報に紐づけることで、マンホールの蓋や電柱の位置と状態が網羅・一覧化される。これにより、全国に1500万基あるといわれるマンホールの点検作業に必要だった上下水道の維持管理を行う自治体などの職員が、本来労力を割くべき修繕や交換業務に集中できるようになる。

旅先で旅気分を味わいながら誰かの困りごとを手伝う人がいる。知らない地域に行きたいと考えている旅行者と、誰かに手伝ってほしいと思っている人とが繋がることで、誰かの困りごとは誰かの旅先での“アクティビティ”になる。旅が単なる観光ではなく旅先での体験や経験が重視されるようになるなか、「自分が楽しいから助ける」という意識が新しい旅のあり方を作り出そうとしている。

健康維持のためや趣味の活動のなかで、地域の見守りを行っている人がいる。ランニングやウォーキングをしながら地域を見守る防犯パトロールの取り組みが全国に広がっている。警察や自治体だけですべてを担うことが難しくなるなかで、出勤途中や仕事の合間、健康のための習慣としてなど、参加者がそれぞれ無理のない範囲で続けられる活動として行われている。

我々は、こうした本業の労働・仕事以外の活動に「誰かの困りごとや手助けしてほしいという気持ち(労働需要)」に力を貸している性質がある点に注目する。また、家事などのシャドーワークのように義務的ではなく、何らかの報酬(金銭報酬・心理報酬・社会的報酬など、様々)があることにも注目する。

「ワーキッシュアクト」

こうした本業の労働・仕事以外で何らかの報酬を得るために誰かの労働へのニーズを担う性質がある活動のことを「ワーキッシュアクト」(Workish act)と名づけた。
Workish actは、2つの言葉で表現される。
・Work-ish : 何か社会に対して機能・作用をしているっぽい
・act: (本業の仕事以外の)様々な活動
この場合の「ワーキッシュ」は単に「仕事っぽい」という意味ではなく、機能する・作用するといった英語の意味を採用している。「アクト」は言葉のとおり「活動」であるが、ほかに舞台で演じる役という意味もある。人が仕事だけで1日が終わっていた社会が終わり、様々な「役を演じる」可能性があることも含めて表現した。

こうしたワーキッシュアクトにはゆるやかに共通する特徴がある。
特に大きなポイントになるのが、すべての参加者が崇高な社会理念や意識を持って実施しているわけではないという点だ。「自分が楽しいからやる」「自分が得をするからやる」という当たり前のきっかけが、人々が活動を行う第一歩になっている。ただ、結果として、誰かの困りごとや手助けしてほしいというニーズを満たしている。また、ワーキッシュアクトに対して支払われる経済報酬は様々で、豊かな金銭的リターンがあるもの、地域ポイントなどが得られるもの、リターンがないもの、あるいはその組み合わせ、がある。
我々が提唱するワーキッシュアクトは、これまでは「慈善活動」や「ボランティア」「コミュニティ活動」「副業」「趣味」、はたまた「娯楽」「アクティビティ」などと呼ばれてきた活動のうち、結果として誰かの困りごとを助けているものの集合体である。労働供給制約社会において、上記のような活動を単に慈善活動や娯楽、趣味としてだけ捉えてよいものだろうか。労働供給制約社会を迎えるにあたり、その価値をもっと前向きに受け止めるべきではないか。
「本人が自分のためにやっているにすぎない」ことも、結果として誰かを助けているのだ。

現在、25.6%の人が実施

我々はワーキッシュアクトについて調査 を実施した。調査は20~69歳の日本に在住する回答者を対象に実施した。現在、何らかのワーキッシュアクトを実施している人は回答者のうち25.6%、これは約1966万人の規模である。またそのほかに、ワーキッシュアクトを実施したいが今はできていないという回答者が24.2%。実施している人と今後実施したい人を合わせて約3824万人であった。

【図表1】 ワーキッシュアクトの実施者・実施したい人の規模

ワーキッシュアクトの実施者・実施したい人の規模
調査では、ワーキッシュアクトについてその実施理由や形態を問わず、図表2のような他者の労働需要を満たすことが想定される本業以外の活動をしているか質問した。
〇本業の仕事以外に行っている仕事: 「収入を伴う副業・兼業」「収入を伴わない副業・兼業」「プロボノ活動」
〇地域コミュニティで行っている自治会や防犯活動などの活動: 「地域活動(町内会・自治会・マンション管理組合など)」「公共空間の清掃活動・掃除」等
〇趣味・娯楽などを通じたコミュニティでの活動: 「趣味・娯楽などを通じたコミュニティへの参加」「スポーツ・芸術活動への参加」「自分が詳しい何かを他人に教える活動」
〇隣人の手助けなどの活動: 「周囲に住む隣人の生活の手助け(雪かきや草刈り、送迎など)」「自身の家族以外の子どもの子育てや育児の手伝い」等
〇ボランティアなどの活動
〇ほか 「農作業や自然保全などの活動」「まちづくりやまちおこしの活動」等

既存の概念を用いて把握したために、ワーキッシュアクトの定義と比べ狭く捉えすぎている部分が存在しているが全体像を捉えることを優先した。

【図表2】ワーキッシュアクトの実施率(実施者に占める割合/複数回答)

ワーキッシュアクトの実施率

なぜ行うのか:誰かに頼まれたり、自分の“得”になるため

さて、こうしたワーキッシュアクトをなぜ行っているのかを聞いてみた。理由の上位は

・様々な人と繋がり、交友関係が広げられるため 29.1%

・楽しい時間が過ごせるため 25.2%

・家族や友人、知り合いなどに頼まれたため 22.0%

結果からは、こうした活動を実施している人の多くは、社会に対する意識が高いわけではなく、「自分の得になる」と感じていたり「誰かに誘われた」りしたために、行っていたという実情が浮かび上がってくる。

この「得になりそうだ」「誰かに誘われた」ということは重要なポイントだ。その結果として誰かの労働需要を満たしている可能性がある活動をし、誰かの何かを助けているわけだから、理由がどんなものであれ、労働供給制約社会においてその価値は高まっていく。

【図表3】 ワーキッシュアクトの実施理由(実施者/複数回答)

ワーキッシュアクトの実施理由

新しい“働き方”の創造

ワーキッシュアクトという人間の活動領域。我々は、労働供給制約の1つの解決策になると考える。

その特徴は、始める理由を問わず、金銭対価を問わず、活動しているという意識すら問わない。重要なのは、ただ結果として誰かが何かしてほしいという「労働の需要を満たしていること」だ。

例えば、週に何日かジムのルームランナーで走っている人が、同じ運動をする際に少し鮮やかな色のユニフォームを着て外を走ったら、それは警察官や警備員の仕事のある部分を必要とする人の手助けになるのではないか。誰かと話をしたいと思っている人が、介護施設に行って入所者と話をしたら介護福祉士の仕事のある部分の手助けになるのではないか。今後、誰かの労働需要を満たす必要が過去に例がないほど高まる社会において、ワーキッシュアクトはエンタメと融合するなど(「ワーキッシュレジャー」と呼べるかもしれない)、より楽しく豊かに実施される可能性が十分にある。別に誰かの需要を満たすことが苦役である必要はない。労働供給制約社会は、人間の本質的な社会性、つまり生きているとなんとはなしに誰かのためになっている性質を強調するのではないか。現在は必要なシステムやプラットフォームが未整備であるために、人の活動が人の必要性と出会っていないだけではないか。

その際起こるのは、「労働」や「仕事」が今のイメージから大きく変容することだ。「労働や仕事ではない部分」が豊かに楽しいものに変わることで、人は労働や仕事に何を求めるようになるだろう。

労働供給制約社会の必要性は、人の働き方を新たに創造する潜在性を秘めている。