“日本のエンジニア”はどこへ行く?ーEngineer's Career Journey AI時代は“日本のエンジニア”にどんなCXを求めるのか?

豊田義博
リクルートワークス研究所 特任研究員
ライフシフト・ジャパン 取締役CRO/ライフシフト研究所 所長

“日本のエンジニア”はどこへ行くのだろう。AIが世の中を変えようとし、 DXが各方面へと広がり、リスキリングが潮流となろうとする中で、我が国の「ものづくり」を支えてきた “日本のエンジニア”の未来には、どのようなCX(キャリア・トランスフォーメーション)が待ち受けているのだろう。大手メーカー4社のエンジニア40名へのインタビュー、エンジニア1000人への調査から未来の姿を探る。本稿は、そのオープニングメッセージである。

デジタル化社会から見えるエンジニア2つの側面

ChatGPTは世の中を変えるかもしれない。シンギュラリティという言葉が想定している世界を、 ChatGPTは予見させる。今はアシスタントAIとしての活用が急速に広がっているが、いつ人知を超える日が来るのか。アシスタントAIが自らの意思を持って人間に逆らうさまは、55年も前に作られた映画「2001年宇宙の旅」に、もうとっくに描かれている。それは、2001年には訪れなかったが、カーツワイルが予測した2045年より早く訪れそうだ。

こうした動きに先んじて立ち上がった DX(デジタル・トランスフォーメーション)というムーブメント。日本においても遅々とではあるが各方面に広がっている。高度なテクノロジーを活用したビジネスプロセス変革から、小さな行動変容の積み重ねまで、その内実は様々だが、デジタル化が大きく遅れた日本社会にも変化が生まれている。
このような社会的なコンテクストの上で、エンジニアという存在に着目してみよう。そこには、2つの側面がある。

リスキリング対象の典型的存在であるハードウェアエンジニア

1つの側面は、デジタル人材、DX人材の中核的存在としてのエンジニアだ。ビッグデータの統計解析からキーサクセスファクターやクリティカルな課題を抽出するデータサイエンティスト、機械学習、ディープラーニング、ブロックチェーンなどの最先端技術エンジニアといった存在がその代表だが、その推進にはアーキテクトやプログラマなどを含めた大量のソフトウェアエンジニアが必要になる。2030年にはIT人材の不足数が最大で約79万人になるという試算も経済産業省から出されている(※1)。この報告は2019年のものだが、 IT人材という言葉はもはや過去の言葉に感じてしまう。たった4年で世の中はずいぶんと変わった。コロナ禍による社会情勢や経済動向の変化を織り込むと、この試算も全く違う結果になりそうだが、需要に供給が全く追いつきそうにない、という趨勢は変わらないだろう。

もう1つの側面は、そのような人材への転換、リスキリングが期待される代表的な存在としてのハードウェアエンジニアである。電気・電子、機械、化学といった理工学部の代表的な学科等にて専攻を学び、特定分野の知識・スキルを身につけ、メーカーへと就職し、我が国のものづくりを支えてきた日本のエンジニアの中核である。

両者は、時に対比的に語られる。前者はモダンで未来を嘱望される存在として、後者はレガシーで未来にはあまり必要とされないような存在として。よく引き合いに出されるのが、自動車産業の未来を語るときだろう。「クルマづくりの主役はもはやソフトウェアである」「ガソリンエンジンの使命は終焉を迎えつつあり、内燃機関の設計に携わっている技術者の需要は消失する」などなど。こうした類の言説は、ずいぶん前から様々なところから発せられている。

ハードウェアエンジニアの就業者数は減っている?

こうしたシフトがすでに起きているのであれば、データにも表れるだろう。そして、ある時点までは確かにそうした傾向がうかがえた。国勢調査で両者の就業者数の推移を見てみると、ハードウェアエンジニアは、1995年の92万人をピークに減少に転じている。バブル崩壊後の経済低迷、とくには半導体やパソコン、携帯電話などの電機産業の主力製品の凋落が主な理由だ。一方、1995年に59万人であったソフトウェアエンジニアの就業者数はその後も増加を重ね、2005年にはハードウェアエンジニアの数を抜き、2020年には125万人に至っている。エンジニアといえばソフトウェアエンジニアを指す時代になっているといってもいいかもしれない。

しかし、ハードウェアエンジニアは一貫して減少しているのではない。ソフトウェアエンジニアに総数を抜かれた2005年の78万人を底にして増加に転じ、2020年には93万人と1995年時点の総数を超えている。つまり、現在は、ハードウェアエンジニアもソフトウェアエンジニアも増え続けているのだ。

図表① エンジニアの就業者数推移

エンジニアの就業者数推移出典 : 国勢調査(※2)

ソフトウェアエンジニアの未来は、社会的に共有されている。ニーズがさらに高まっていくことも、どのような領域で、どのような専門知識やスキルが期待されているかも、かなりの程度可視化されている(※3)。しかし、ハードウェアエンジニアの未来はそうとはいえない。人材ニーズが減るのではなく増えていく趨勢にあるようだが、その中身はどう変わるのか。彼ら彼女らのキャリアにどのような未来が待ち受けているのか。そうした未来に向けて、どのように変化していけばいいのだろうか。日本のエンジニアCX(キャリア・トランスフォーメーション)のシナリオが待望されている。

ハードウェアエンジニアは平成リストラの被害者代表だった

筆者は、キャリアの前半において、多くの企業の新卒採用の支援に携わってきた。主に大手企業を担当し、日本を代表するメーカーも数多く担当してきた。メーカーの企業姿勢や組織文化には共感することが多かった。採用担当者と懇意になることもあった。エンジニアへの取材は楽しかった。知識やスキルだけではなく、それぞれの持つエンジニアとしての資質(ものの考え方や行動特性)を活かして仕事を楽しんでいることが伝わってきた。筆者も理系の端くれであり、エンジニアの資質には自身と重なる点もあった。

採用支援の現場を離れたころから、日本のメーカーの牙城は揺らぎ始めた。FortuneForbesの企業ランキングから、次々と名前が消えていった。大規模なリストラを行う企業が続出した。日本の終身雇用神話はこのときに終焉を迎えた。1990年代に日本に進出し、定着したアウトプレースメントサービスの当時のメインクライアントはメーカーであり、カスタマーの多くはエンジニアであった。1995年から2005年にかけてのハードウェアエンジニアの就業者数の減少は、つまりはそういうことだったのだ。

彼らは転職に苦労した。アウトプレースメント会社でミドルシニアのエンジニアのキャリアサポートをしていたコンサルタントが、転職先開拓に苦労していたのをよく覚えている。こんな発言を聞いたこともある。

「彼らは、企業に言われるままに働いてきたので、自分がやりたいことがないんです」
ショックだった。悲しかった。一方で、強い違和感もあった。限定的な知識やスキルが他社で活用できないのは理解できるとしても、エンジニアの資質が活かせないはずはない、と思った。人材マーケットの流動性を高め、こうした人々が、何かの機会に雇用機会を失うことがあっても、生き生きと働くことのできる機会が得られるようにしたい、と、我が事として思ったのは、この機会が最初だったような気がする。

大手メーカー4社との協働研究 & 8名の頼れる研究推進メンバー

それから20余年もの月日がたった。 “日本のエンジニア”は、当時のような状況にはない。職を追われるようなことはない。しかし、当時よりはるかに複雑性の高い状況の中で立ち竦んでいる。何かできないものかと考え始めた。ふとした機会に、大手メーカーの人事キーパーソンであり、良質な対話のキャッチボールができる方々と巡り合った。こういう方々となら、何かできるかもしれないと思った。他の大手メーカーの旧知の方を通じて、ライトパーソンをご紹介いただいた。日本を代表するメーカーである旭化成、ソニー、トヨタ自動車、日立製作所との協働研究の基盤が出来上がった。

研究推進にもパートナーが必要だと考えた。このプロジェクトを価値のあるものにするためには、数多くの “日本のエンジニア”のインタビューが欠かせない。そのインタビューをともに行い、対話を通して分析を深めてくれるパートナーを広く探した。8名の頼れる研究推進メンバーがそろった。お膝元であるリクルート社内では、エンジニアのキャリアに関心や問題意識を持っているメンバーに声をかけた。仲間と立ち上げたライフシフト・ジャパンでつながりを持っている方々にも声をかけた。キャリアアドバイザーやキャリアコンサルタント資格保有者が多くを占め、またその半数は元エンジニアである。こうしたメンバーがそろい、プロジェクト「エンジニアのCX(キャリア・トランスフォーメーション)」は、2022年春にスタートを切った(※4)。

「40人インタビュー」と「“日本のエンジニア”の実態調査」からモデルを構築

プロジェクトは、4つのフェーズに分かれている。
◎Phase 1 視界図づくり
協働企業各社の実態・課題共有を起点に、プロジェクトの視界図を創り出すフェーズである。視界図をもとに、研究仮説、エンジニアインタビューの対象者、質問項目などを構築した。
◎Phase 2 エンジニアインタビュー
協働企業各社のエンジニア(各社10名、計40名)へのインタビュー「40人インタビュー」(※5)を 実施するフェーズである。
◎Phase 3 モデルづくり
視界図、仮説、インタビューから得られた知見を集約し、エンジニアの近未来像/キャリアモデル、CXモデルを構築するフェーズである。モデルのプロトタイプ作成後、その検証のために定量調査「“日本のエンジニア”の実態調査」 を実施した。
◎Phase 4 アウトプット
研究成果であるモデルを社会へと発信するフェーズである。ウェブ発信、報告書作成、シンポジウム実施を予定している。
現在は、Phase3を継続しつつ、 このウェブ連載の開始とともにPhase4に突入する。
このウェブ連載 では、Phase 1~3で得られた成果物を、順を追ってお届けしていきたい。本稿はその前口上である。次回から本題に入ろう。まずは “日本のエンジニア” の現状を探ることから始めたい。キーワードは「ラビリンス」だ。

(※1)経済産業省がみずほ情報総研株式会社に委託した「IT人材需給に関する調査」。2019年3月。
(※2)ハードウェアエンジニア=農林水産・食品技術者、電気・電子・電気通信技術者(通信ネットワーク技術者を除く)、機械技術者、輸送用機器技術者、金属技術者、化学技術者、その他技術者の合計。ソフトウェアエンジニア=システムコンサルタント・設計者、ソフトウェア作成者、その他の情報処理・通信技術者の合計
(※3) IT人材の「共通キャリア・スキルフレームワーク」(情報処理推進機構) に代表されるようにスキル標準が体系化されている
(※4)
◎プロジェクトリーダー
豊田義博(リクルートワークス研究所 特任研究員/ライフシフト・ジャパン株式会社取締役CRO )
◎プロジェクトメンバー
【協働企業メンバー/社名証券コード順、敬称略】
山澤一嘉(旭化成株式会社 人事部人事室(スタッフ・研究開発)課長)
竹花 晶(旭化成株式会社 人事部人事室(スタッフ・研究開発)エキスパート)
竹内光憲(株式会社日立製作所 人財統括本部デジタルシステム&サービスCHRO)
西  正(株式会社日立インダストリアルプロダクツ 取締役 人事総務本部本部長)
小平潟仁(株式会社日立インダストリアルプロダクツ 人事総務本部 人事企画部長)
黒木貴志(ソニー株式会社 人事総務部門 部門長)
西郷貴晶(ソニー株式会社 人事総務部門 人事3部 統括部長)
作山 淳(トヨタ自動車株式会社 人事部 車両系技術人事室 室長)
(※5)【インタビュイーのアウトライン】
⓪共通する前提
電気・電子、機械、化学等を専攻し、大学理工系学部を卒業、あるいは大学院理工学研究科修了し、エンジニアとしてキャリアをスタートした方
①次世代中核人材(30代/33~39歳 各社5名 計20名)
エンジニアとしてのキャリアが軌道に乗り、プロジェクトリーダー、グループマネジャー、新規事情担当などのポジションについている活躍人材 。
②中核・円熟人材(40代~/44~58歳 各社5名 計20名)
20~30年にわたって基幹事業、中核的な部署等においてエンジニアとしてのキャリアを展開している人材
【インタビュー仕様】
・90分/1人
・オンライン(Teams)
・インタビュアー+サブインタビュアー
【インタビューに向けての事前ワーク】
●「変化の履歴書」の作成
・キャリア曲線ワークシート
・ステージワークシート
・転機ワークシート
「変化の履歴書」の詳細は、以下を参照 : 『マルチサイクル・デザイン読本』 https://www.works-i.com/research/works-report/item/multicycledesign_2019.pdf
【インタビュースクリプト概要】
①現在の仕事について
②大学卒業までのアウトライン
③ワークシートにもとづくヒアリング
④自身の期待役割の変化について
・「広げる」「深める」の受け止め方(ポジティブ/ネガティブ)
・これまでの変化の主体性(自ら望んで/異動などの会社の指示で)
・所属企業・部署・上長が、自身に期待するもの(現在、将来)
⑤自身がかくありたい、というエンジニア像
・テーマ/興味関心
・志向、持ち味、強み
・核となる経験
(※6)“日本のエンジニア”の実態調査 調査対象 : 《メイン対象》大学・大学院にて自然科学系(工学、理学、情報工学、農学等)学部に学び、卒業・修了後、従業員規模500名以上のメーカーへと就職し、正社員として設計、開発などの技術系職種でキャリアをスタートした就業経験5年以上の20~50代 《比較対象》大学・大学院にて社会科学系(経済学、法学、商学、経営学等)学部に学び、卒業・修了後、従業員規模500名以上の民間企業へと就職し、正社員として営業・事務・企画系職種(総合職)でキャリアをスタートした就業経験5年以上の20~50代 調査サンプル : 《メイン対象》1082名 《比較対象》497名 調査時期 : 2023年3月