中小企業で進むリスキリングのリアルさくらCSホールディングス株式会社:ありたい姿を思い描きながら、実践を通じてデジタルを身につける職場づくり

中元秀昭さくらCSホールディングス株式会社
社長 中元秀昭氏

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札幌市で介護事業を展開するさくらCSホールディングスは、介護施設の運営や人材育成、介護人材のキャリア支援など幅広い事業を展開しています。近年は介護記録をデジタル化するシステム「Care Viewer」を開発し、介護従事者にとって負担の大きい記録作業を大幅に効率化しました。
記録のデジタル化にAI、スマートグラス。中元秀昭社長は「3K」と言われがちな介護に新しい技術を取り入れ、業界を「格好いい」イメージに変えたいと話します。若手社員を「挑戦を恐れない」人材へと育てる鍵は、新規事業、新しいクラウドサービスといった「新しいもの」を、日々シャワーのように浴びせることにあるようです。

「ツールを使えば残業が減る」 使うことを押し付けず、メリットを説明

――Care Viewer開発の経緯を教えてください。

Care Viewerは当初、介護業界での外国人スタッフの増加を念頭に、5カ国語の翻訳機能を備えたコミュニケーションツールとして開発を始めました。しかし介護現場をヒアリングすると、語学以前の深刻な困りごとが続々と判明したのです。
スタッフは毎日、1~2時間かけて紙の日誌などに介護記録を記入し、そのために残業が増えていました。記録は7年間残すよう法律で定められていたため、書類の保管コストもかさんでいました。生産性の低さをデジタルツールで解決できれば、スタッフに時間的な余裕が生まれ、よりきめ細かく利用者・家族と関われるようになると思いました。
Care Viewerは隙間時間を使って、スマホやタブレットから介護記録を記入できます。データ化することで関係者間の情報共有がしやすくなり、保管コストも不要になりました。

――Care Viewerを現場スタッフが使いこなすために、一番大事なことは何だったのでしょうか。

「現場発想」で100%自社開発し、現場のニーズを着実に製品に反映させたことです。システムベンダーに委託すると「こういう機能があったらいいのでは」という「シーズ発想」で製品を開発するので、製品と現場のニーズが食い違うことがあります。内製化によってベンダーとのやり取りが不要になり、意思決定のスピードも格段に速くなりました。
開発者が直接現場にヒアリングできるよう、介護施設に開発拠点を設けたほか、SE経験者をCTOに任命して、現場と開発部隊の橋渡しをしてもらいました。この結果、スマホの延長線上で、簡単に扱える製品を作ることができました。
一方でオープンイノベーションも取り入れており、Care Viewerに今後搭載予定の、ケアプランを自動生成するAIは、大学発ベンチャーと共同開発中です。ただいずれは内製化できるよう、社員を開発に参加させて、ノウハウを学んでもらっています。

――Care Viewerの導入にあたって、スタッフにはどのような働きかけをしましたか。

column1_6_1.jpgCare Viewerに限らず、新しいツールを導入する時は「ツールを使え」と命じるのではなく、「利用者がテレビを見ている間など、ちょっとした空き時間に介護記録を入力できるので残業が減ります」といった現場へのメリットを説明し、有用性を理解してもらいます。また一気に全社へ導入するのではなく、最小限の規模から始めて、テストしながら段階的に広げていくことも、定着への近道です。
経営者の私がデジタルツールをある程度理解し、積極的に使う姿勢を示していることも、スタッフの前向きな受け止めにつながっているようです。介護業界はデジタルに拒否的な経営者が多く、ツール導入の弊害になっていると感じます。

ITで困りごとを解決。前職の経験を介護業界に援用

――経営者自身がデジタル技術の有用性を理解するためには、何が必要だと思いますか。

介護施設の経営者の多くは、目の前で起きている出来事に精いっぱいで、デジタルツールを導入すると、職場がどう変わるのかをイメージするのが難しいようです。
彼らには、座学のセミナーや導入施設の見学を通じて概略を理解してもらった上で、自分の施設に試験導入し変化も体験してもらうという、知識と実践、両面からのアプローチが必要でしょう。
介護業界は、ノウハウを公開することにあまり抵抗がないので、企業間で知見を共有することも役立つかもしれません。当社もCare Viewerの外販にあたって、顧客にサポートスタッフを派遣して導入を支援し、われわれのノウハウを提供しています。

――社長ご自身は、どのようにデジタルの知識を身につけたのでしょうか。

かつて大手セキュリティ会社の営業責任者を務め、「技術の分かる営業マン」として、顧客にテクノロジーを使った課題解決策を提案していました。通信技術系の国家資格も5~6個取得しています。困りごとをITで解決するという意味では、前職の経験が今の業界でも生きています。
「介護現場を良くしたい」という思いも、新しい知識を身につける原動力になっています。国内外の施設へ視察に行くなど、情報収集の時間の方が机に座っている時間より長いくらいですし、新しいことを学ぶのにも抵抗はありません。

若手を新規事業に続々投入し、挑戦が「当たり前」の社風を作る

――従業員は、新しいツールになじむのに苦労してはいないでしょうか。

最初に介護の現場について言うと、あまり苦労している様子はないですね。当社はCare Viewerだけでなく、クラウドサービスの入れ替えやIoTの導入も頻繁に行っており、そのなかで従業員も、新しいツールに対応する力を、自然に身につけているようです。「ツールがあれば仕事が楽になる」と実感しているメンバーも多いので、自分から新しいものになじもうとする面もあると思います。
一方、本社業務を担う人材の多くは20~30代が中心です。新しい技術や時代の変化に、抵抗なく適応できているのは、「若さ」のおかげもあるでしょう。新卒を中心に採用しているのも、若い人は吸収力が高く、たとえデジタルツールを使った経験や専門知識がなくとも、入社してから抵抗なく学べるためです。
具体的な使い方の習得は、各職場の事情も踏まえて現場主導で進めてもらいます。結局は、使って慣れる、の繰り返しでしか身につかないですね。

――若い人材を、どのように育成していますか。

新規事業のプロジェクトをいくつも立ち上げ、若手をどんどん参加させています。もちろん一人で放り出すのではなく、私が主体的に進めるプロジェクトのサポートメンバーで入ってもらったり、逆に私がサポートに回ったりして、彼らを支えもします。挑戦を繰り返すことで、新しいことに取り組むのが「当たり前」という意識を持つメンバーが増え「これをやってみよう」という社風が生まれていると思います。

――新しいプロジェクトには、デジタル技術も活用しているのですか。

現時点でのプロジェクトの大半は、VRを使ってバーチャルで介護技術を学べる教育プログラムのような、デジタルと介護の融合です。例えばCare Viewerと、スマートグラスなどウェアラブル端末を連動させ、スタッフが利用者を見ただけで、端末上に必要なデータが表示されるシステムの開発などに取り組んでいます。これによってスマホを手に取る必要がなくなり、介助もしやすくなります。スマートグラスのような最新のテクノロジーを取り入れることで、介護を少しでも格好いい、若者に人気の業界に変えたいという思いもあります。若いメンバーも、楽しそうに議論しながら取り組んでいますよ。

特別な能力はなくても、日々の業務でスキルを習得できる

――総務・人事など事務系部署の仕事でも、デジタル化は進んでいますか。

これらの部署では、主に時間の使い方を効率化するため、デジタルツールを活用しています。まず従業員に「意識改革業務」として、将来の事業計画の立案、売り上げを作る直接業務、間接作業の3つに、仕事を分類してもらいます。その上で、電話代行サービスを利用するなどして間接業務はゼロにし、直接業務は省力化させます。これによって従業員は、ITに置き換えるべき業務を認識し、時間効率への意識を高めています。

――もともとITやデジタルの素養がある人材を採用しているのでしょうか

デジタルの知識は必須要件ではありません。大事にしているのは「あり方」で、自分の目標を明確にし、会社と方向が一致しているかどうかを確認しながら働くことを、学んでもらうようにしています。目標を持っていれば、達成に必要なスキルを自分から身につけようとします。それがしっかりしていれば社員はエンジニアや社外の人たちとの挑戦や研修など、日々の業務や学びを通じて必要なスキルを身につけていきます。
今年2月、若手社員と「30年ビジョン」を作りました。「無限の可能性を信じて、社会をつくる会社にしたい」などの意見を出し合い、2050年の会社の姿と、到達するためのロードマップをまとめたのです。彼らにはあるべき社会の姿を思い描き、そこから逆算して会社が取り組むべきことを考える「バックキャスト思考」も身につけてほしいですね。

聞き手:坂本貴志
執筆:有馬知子