推進役に聞く、リスキリング実現の要点企業向け公共職業訓練からみた、中小企業のリスキリングの課題とは

中小企業がリスキリングに取り組もうとする時、立ちはだかるのは人手や時間、資金面の制約である。こうしたなか国は2017年に企業向けに生産性向上に関わる職業訓練を行う「生産性向上支援訓練」を新設しており、近年はデジタル技術活用に関わるコースを大幅に拡充している。国の公共職業訓練の実施を担う独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構で公共職業訓練部次長を務める藤浪栄一氏に、生産性向上支援訓練の実施状況からみる、中小企業のリスキリングに向けた課題について聞いた。

藤浪栄一氏
―――生産性向上支援訓練とは、どのような訓練なのでしょうか

一般に公共職業訓練というと、求職者向けのものをイメージするかもしれません。ですが公共職業訓練のなかには、主に中小企業に勤める方々が専門知識や技能の習得や向上を図るために行われているものがあります。これまでは在職者訓練、一般向けには「能力開発セミナー」という名称で、公共職業訓練施設(ポリテクセンター等)で製造業の従業員向けに、ものづくり分野の職業訓練を行うものがメインでした。しかしそれだけでは企業のニーズに応えられないため、平成29年度以降は、民間の訓練実施機関を活用し、製造業に限らず、広く中小企業の生産性向上に関わる支援を行うプログラムとして生産性向上支援訓練を実施しています。

―――生産性向上支援訓練にはどのようなコースがありますか。

生産管理、IoT、クラウド活用、組織マネジメント、マーケティング等幅広い生産性向上に関わる知識・スキルを習得できるよう、現在、116のコースが用意されています。令和2年度までは生産性向上支援訓練とは別に、IT活用力セミナーという、ITリテラシーを付与することを目的とした訓練を実施していましたが、令和3年度より生産性向上支援訓練にIT業務改善という分野を新設し、ネットワーク、データ活用、情報発信、情報倫理、セキュリティに関する知識・技能を習得するコースを設定しました。訓練時間は4時間から30時間で、受講料は1人あたり2,200円から6,600円です。

―――中小企業は人手や時間面での余裕がないなか、たとえ無料や安価であっても公共職業訓練を受ける余裕がないという声も聞きます。

中小企業に対する支援では、個別の企業のニーズに沿った内容とすることが極めて大事です。そのために生産性向上支援訓練では、極力企業のニーズに沿った訓練となるよう柔軟に対応しています。訓練は、ポリテクセンター等に設置されている全国87ヵ所の生産性向上人材育成支援センター(生産性センター)に所属する事業主支援相談員が企業を訪問等するところから始まります。相談員は人材育成の課題や方法について経営者や人材育成担当者とともに整理を行い、その企業に適したコースを提案します。

コースが決まれば、今度は具体的な実施内容を詰めていきます。企業からはさまざまな要望があり、演習部分を充実してほしいという場合もあれば、従業員が基礎を知らないので演習は最小限とし、とにかくしっかり基礎を学ばせたいという場合もあります。その他にも自社の属する業界に特化した内容にしてほしい、1日に長時間受講をすると現場が止まってしまうのは困るので複数日に分割して1日の受講時間を短くしてほしいなどのさまざまな要望もあり、これらの要望を踏まえ、適切な訓練実施機関をマッチングします。講師が企業を訪問しその企業の会議室で訓練を行うことが多いのですが、最近はオンラインでの訓練にも対応しています。また、企業側の要望があるときは、実際に現場を見学し、普段お困りのことを直接聞いて、既存カリキュラムをカスタマイズしたり、演習の課題に実際の事例を反映したりするなど、さらに柔軟な対応を行うこともあるようです。

―――事業主支援相談員はどのような役割を担うのでしょうか。

生産性向上支援訓練には多様なコースがありますので、相談員は必ずしも訓練内容の専門家ということでありませんが、企業の経営層、人事労務や生産管理、営業の経験者等であった者が多いです。相談員は企業の課題や訓練に対する要望を聞き取り、適切な訓練実施機関につなぐ役割を担っています。また、相談員と訓練実施機関(講師等)と企業(経営者等)で具体的な訓練内容について詰めていく際、経営者あるいは講師が要望や回答を直接言い出しづらいことは多々あると思われますので、両者を仲介し、効果の高い訓練の形に仕立てていくという役割も担っています。

―――この訓練を知らない企業は多いのではないでしょうか。

promotor_02.jpg知名度はまだまだ十分でありません。ポリテクセンターを過去にご利用いただいている事業所に、生産性センターの相談員が訪問して話をすると、「こんな訓練をいつ始めたの」と驚かれることもあります。また、経営者向けにダイレクトメールやパンフレットをお送りしても、忙しい中小企業の経営者までエスカレーションされず、途中で止まってしまうことも珍しくありません。私たちが単に「いい制度ですよ」とお知らせしてもなかなか伝わるものでないため、相談員が経営者に直接アポイントメントをとって訓練の説明をするということも行っています。しかし、一番効果があるのと感じているのは口コミで、実際に利用した企業からご紹介いただきご連絡をいただくことも少なくありません。

―――生産性向上支援訓練を経て組織が変わるために重要なことは何でしょうか。

会社の規模によりますが、できるだけ会社全体、部門全体で訓練を受講し、共通認識を作ることが大事です。経営者等一部の方だけが訓練を受講し、学んだことを職場に戻って実践しようとしても、他の従業員の理解が追い付かず、なかなか実践できないということがあるからです。社内の人間に言われても納得できないことも、社外の専門家に学ぶことで納得できる場合があります。

―――デジタル技術の活用に関わるコースの受講は増えているのでしょうか。

新型コロナウイルス感染症の流行による影響もあり、現時点でデジタル技術に関わる訓練の受講者がうなぎ上りに増えるという状況ではありません。一方で、経営者とお話ししていると「うちもDXやらなきゃ」などと話題によく出てきますし、期待感を持たれていると感じます。しかし、デジタル技術の活用には初期投資も必要なため、経営者が二の足を踏むケースが多いのだと思います。

DXは経営者がトップダウンで意思決定をしないとなかなか進まない面があります。生産性向上支援訓練は人材育成のお手伝いはできますが、DXの実践には経営者の意思が必要です。生産性向上支援訓練には経営層向けのコースもありますので、時代の変化やデジタル技術活用の必要性を経営者が実感できるようなコースなど、特に中小企業の方々をどう支援していくかを、しっかり考えていきたいと思っています。

執筆:大嶋寧子