海外に見る、中小企業向けリスキリング支援なぜ海外では、中小企業のリスキリング支援が始まっているのか

デジタル時代を生き抜く前提条件として、「リスキリング」への注目が拡大

リスキリングとは「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」を指す。とりわけ近年では、デジタル化と同時に生まれる新しい職業や、仕事の進め方が大幅に変わる職業に就くためのスキル習得を指すことが増えている。

ここ数年、ILOやOECD、世界経済フォーラムなどの国際機関がこぞって指摘してきたのが、官民が連携しリスキリングを強力に推進する必要性だ (※1)。背景にあるのは、多くの企業が、デジタルトランスフォーメーション(DX)、すなわちデジタル技術を活用して事業戦略やビジネスモデルの変革を急ぐなかで、働く人の保有するスキルが急速に陳腐化しようとしていることである。

企業がデジタル技術を活用してビジネスモデルを変革すれば、「どの事業領域で」「何を用いて」「どう稼ぐか」の構造が土台から変化する。このような変化が今後、製造の現場、人事や総務や広報などを担う本社業務の現場などのあらゆる現場で発生すると予想されており、働く人の多くが新しい仕事に習熟し価値を生み出せるようになること、すなわちリスキリングが必要だと考えられている。リスキリングは企業のDXへの取り組みを、従業員の能力やスキル(ケイパビリティ)の面から可能にする要件なのである。

もちろん過去にも、技術進歩によって人に求められるスキルが変化する事態はあった。しかし今回はそのスピードがあまりに急激なため、そのままでは企業が技術を導入しても使いこなせる従業員が不足して効果を出せなかったり、労働市場で求められるスキルを持たない大量の失業者が発生するなど、経済や社会の安定や発展を損なうことが懸念されている。

重要性が指摘される、中小企業のリスキリングに対する支援

問題は、リスキリングが必ずしも均等に進まないと予想されていることだ。例えば、リスキリングの機会は先進国よりも先進国以外で、高所得世帯よりも低所得世帯で、男性よりも女性で、大企業よりも中小企業で不足しやすく、政労使が連携し、リスキリングの機会を広げることが必要だと指摘されている(※2)。

なかでも、公共部門からの戦略的な支援が必要とされている領域の1つが、中小企業におけるリスキリングである。中小企業は各国経済で重要な位置を占め、多くの就業者に雇用機会を提供しているにもかかわらず、時間やコストの面で従業員のリスキリングに制約を抱えているためだ(※3)。

例えば世界経済フォーラム(2017)(※4) は、OECD加盟国の就業者の60~70%に雇用の場を提供する中小企業で訓練機会が相対的に少ないことに警鐘を鳴らし、社会全体でリスキリングを進めていくためには、中小企業における相互学習の枠組みづくりや資金提供などの政策支援が必要であると指摘している。また、OECDが2021年に公表した報告書『中小企業のデジタルトランスフォーメーション』でも、政策的課題として、中小企業への技術支援に次ぐ2番目に、中小企業のスキル支援の必要性を挙げている。

こうしたなか、中小企業のリスキリングにフォーカスした支援がさまざまなレベルで始まっている。例えばEUの政策執行機関である欧州委員会は、研究者らとともにEU域内の中小企業に調査を行い、2020年に政策担当者、ステークホルダー(学習提供者、経営者団体など)、中小企業それぞれに対するベストプラクティスやガイダンスを示すブックレットを提供している。

国や地方自治体レベルの取り組みもある。例えばドイツでは、連邦経済エネルギー省が中小企業のデジタル化を支援する「中小企業4.0コンピテンスセンター」を全国26カ所に開設し、経営者や従業員のための多様な学習イベントを提供している (※5)ほか、2019年、2020年には新たな国家的な訓練戦略の一環として、企業のデジタルトランスフォーメーションにともなう訓練ニーズへの対応を強化する「資格機会法」「明日の資格法」が施行され、中小企業の訓練に重点的な支援が行われている。

一方英国では、デジタル格差縮小やデジタル専門職育成のためにデジタル・文化・メディア・スポーツ省が地域別のデジタルスキルパートナーシップ(DSP)の構築を推進しており、例えばランカシャー地域では企業、教育機関と第3セクターの連携による企業のリスキリング支援が展開されている。

またアジアでは、シンガポールが国民の技能向上支援するスキルズフューチャーシンガポールが国民のデジタルスキル習得を推進していることで知られているが、取り組みの一環として中小企業の従業員の研修機会を広げるため最大90%の研修費補助や訓練中の賃金補助などを提供している。

日本における中小企業のリスキリング支援の拡大に向けて

それでは日本はどうだろうか。日本にも企業のデジタル技術導入や人材育成に関わる政策が存在する。例えば、経済産業省は、専門知識を持つ人材を派遣し中小企業のデジタル化をサポートする事業やIT機器やデジタル機器導入や企業間などでのITツールの連携に関する補助金制度など (※6)を実施している。しかしこれらはデジタル技術の導入そのものに関わるものであり、新たな技術を活用する人材の能力やスキル(ケイパビリティ)の再開発、すなわちリスキリングを支援する内容ではない。

また厚生労働省は企業が活用できる各種の助成金(人材開発支援助成金、キャリアアップ助成金)制度を設けているほか、東京都が都内中小企業の人材のスキルアップ支援を目的に実施する助成金制度(社内型スキルアップ助成金・民間派遣型スキルアップ助成金など)を設けているように、地方自治体による支援もある。これらの制度は必ずしもリスキリングにフォーカスしたものではないが、企業自身が戦略を描いて活用できるのであれば、デジタル系のスキル習得にも利用可能である。

このほか経済産業省では2020年度より「デジタル時代の人材育成に関する検討会」を開催しており、2021年9月現在も継続中である。同検討会はこれまでデジタル人材の育成に必要な取り組みとして①企業内・組織内のリスキリングの促進、②企業・組織外における実践的な学びの促進、③能力・スキルの見える化の3つの方向性を示しており、特に2021年度は②に関わるデジタル人材育成のため の基盤(プラットフォーム)の整備に重点を置いた議論が行われる予定である。

上記検討会での議論も踏まえ、2021年6月28日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2021」でも、政府は社会で必要なデジタル人材の育成・確保のために、教育コンテンツやカリキュラムの整備、実践的な学びの場の提供等を行うプラットフォームを形成し、地方と連携していくなどの方針が示された(図表1)。しかし、これらは学習環境の整備やスキルの評価に関わるものが中心で、この施策により中小企業のリスキリングをどう促していくのかは不明である。

以上を踏まえると、日本では中小企業がリスキリングのために利用可能な制度があるものの、海外のように中小企業のリスキリングにフォーカスした支援策の設計や実施は「これから」という段階にあるといえる。

日本でも中小企業のリスキリング支援を強化していく必要がある

日本でもデジタル技術を活用した生産性向上やビジネスモデルの転換に取り組む中小企業が増えており(※7)、今後は中小企業のリスキリングをいかに効果的に支援していくかが大きな課題となるだろう。

なぜなら他の国と同様に、日本の中小企業も、従業員のスキル再開発を行う資金的・時間的な余力が少ないことや、デジタル化が遅れてきたためにデジタルツールの導入に対する抵抗感があることなど、リスキリングに関わる課題を抱えているからだ。一方で、中小企業には意思決定のスピードが速く大企業以上に機動力のある取り組みが可能であること、新たな取り組みを行う上でのしがらみが少ないこと、などの強みもある。そのような弱みや強みを踏まえた中小企業ならではのリスキリングについて、現時点では知見もそれに基づく支援も不足しているからである。

そのような支援のあり方を検討するにあたって参考になるのは、先行して取り組みを行う海外の事例であろう。そこで本連載では次回以降、海外の国や自治体による中小企業のリスキリング支援を紹介していく。

図表1 政府のデジタル人材育成に関わる方針
(「経済財政運営と改革の基本方2021」(2021年6月28日閣議決定)より)

① 社会全体で求められるデジタル人材像を共有して先端技術を担う人材等の育成・確保を図るため、経済界や教育機関等と協力して、教育コンテンツやカリキュラムの整備、実践的な学びの場の提供等を行うデジタル人材プラットフォームを構築し、地方におけるデジタル人材育成の取組とも連携する。

② IPA(独立行政法人情報処理推進機構)が、経済界との協力を含む体制整備を行い、各種デジタル人材のスキルを評価する基準を作成する。

③ 全国の大学・高等専門学校・専門学校等において数理・データサイエンス・AI教育の充実や、デジタル関連学部や修士・博士課程プログラムの拡充・再編を図ることとし、モデルカリキュラムの普及、国際競争力のある分野横断型の博士課程教育プログラムの創設、ダブルメジャー等を推進する。デジタル人材の裾野拡大のため、職業訓練と教育訓練給付のデジタル人材育成への重点化を図ることとし、デジタル関連プログラムの拡充等の強化を行う。

④ 「誰一人取り残さない」という理念の下、「デジタル・ガバメント実行計画」に基づき、ITリテラシーやスキルの底上げ・再生などのデジタルデバイド対策を推進する。特に地域で育成したデジタル人材を積極的に活用し、デジタル活用に不安のある高齢者等にオンラインサービスの利用方法等に関して講習会・出前講座等の助言・相談を行うとともに、行政窓口等でのサポートに努めるなど、支援の仕組みの充実を図る。生活困窮者のデジタル利用等の実態を把握し、必要な支援策を検討する。生体認証技術等を活用した簡便なオンライン上の本人確認の仕組みの普及促進を図る。

⑤ さらに、健全な情報通信社会の実現に向けて不可欠なサイバーセキュリティ対策の強化のため、政府の次期サイバーセキュリティ戦略を2021 年中に策定する。加えて、サイバー攻撃に対応する技術開発、人材育成、産学官連携拠点の形成を図る。また、関係府省庁、電気通信事業者等重要インフラ事業者による積極的なセキュリティ対策を推進するほか、サイバーセキュリティに係るサプライチェーンリスクへの対策を強化する。

(※1) https://www.dhbr.net/articles/-/7033
(※2)2020年10月に開催された世界経済フォーラム「ジョブリセットサミット」で開催された「リスキル革命への動員」セッションでは、政労使連携の必要性や途上国、女性に対するリスキリングの必要性、オンライン学習環境の格差などへの対処について議論が行われた(世界経済フォーラム「ジョブリセットサミット」で示された、リスキリングのこれからの課題)
(※3) Anand Chopra McGowan, Srinivas B Reddy, “What Would It Take to Reskill Entire Industries?” Harvard Business Review Digital Article, Jul 10, 2020
(※4) World Economic Forum, “Accelerating Workforce Reskilling for the Fourth Industrial Revolution An Agenda for Leaders to Shape the Future of Education, Gender and Work, ” 2017
(※5) 中小企業4.0コンピテンスセンターは2022年で終了するが、2021年以降フォローアップのための中小企業デジタルセンターへの置き換えが開始されており、2021年9月現在は2つのタイプのセンターが併存している。
(※6)IT導入補助金、共創型IT連携補助金
(※7)情報処理推進機構(IPA)「デジタル時代のスキル変革等に関する調査」によれば、2019年の時点ではDXに「取り組んでいる」と回答する企業の割合には、1001人以上と1000人以下で大きな差があった。しかし2020年度の調査では1000人以下でDXに取り組む企業の割合が上昇した。

執筆:大嶋寧子