なぜノンデスクワーカーなのかハローワークに聞く、建設・警備・運輸業界の労働市場

全国のあらゆる現場で働く「ノンデスクワーカー」の人手不足。厚生労働省発表の「職業安定業務統計」によると、警備員や建設作業者、ドライバーなどノンデスクワークの職業は、いわゆるデスクワーク職と比較し、とりわけ高い有効求人倍率を示している。本記事では、ノンデスクワークの職業紹介を行うハローワーク渋谷の統括職業指導官・川上智司氏へのインタビューを通して、人手不足の構造と展望を探る。(聞き手:坂本貴志)

人材確保推進分野「建設・警備・運輸」

── 今回のテーマである「ノンデスクワーカー」は、ハローワークでも特に人材確保に注力している領域だと聞きました。

私たちハローワークは、自治体や企業と連携して求職者の就業支援を行っています。扱う求人は、業界・業種問わず多岐にわたりますが、中でも「介護・看護・保育・建設・警備・運輸」の6つの業界は、人材確保推進分野として注力しています。
この6業界のうち、特に建設・警備・運輸(トラックの運転手など)は人手不足が深刻化しています。厚生労働省が発表する「有効求人倍率」でも、ほかの業種と比較して特に高い数値になっていて、マッチングがうまくいっていないのが現状です。

図表1 有効求人倍率
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出典:厚生労働省「職業安定業務統計」

有効求人倍率が高いということを端的にいえば、「求人数に対して就職希望者が少ない」ということです。昨今はコロナ禍で離職者が増えたともいわれていますが、ハローワークとしては、これらの業界の希望者が増えた実感はありません。ここ10年以上、就職希望者は少ないままだと思います。

── 建設・警備・運輸業界はなぜ就職希望者が少ないのでしょうか?

3業界のうち、建設と、警備・運輸で、それぞれ傾向が異なります。まず、建設業界は、現場での経験や技能が重視されるため、そもそもハローワークの求職者とマッチしない場合が多いのです。さらに、工事現場では専門的な機械を扱ったり、建築に関する特殊なスキルや知識が求められたりするため、未経験で飛び込むのは難しい。そのため、就職決定となり得るターゲットの母数自体が少ない、というわけです。
一方、警備と運輸は、応募条件にあてはまる人自体は多くいます。警備であれば20時間程度の研修の受講など、運輸であれば運転免許証の所持と、いくつかの必須要項はありますが、建設業界ほどの特殊なスキルや経験は求められません。それでも、応募が集まらない理由は「大変そう」「つまらなさそう」という「なんとなく」のイメージがあるからでしょう。
実際、ハローワークの求職者に最初にヒアリングをすると、事務職を希望する人がほとんどです。もともとデスクワークをしていた人が多いので、ノンデスクワークに自分が就くイメージが持てず、警備や運輸の仕事を紹介すると、「そんな仕事しかないのか」と返されることすらあります。

説明会の席は埋まるが、応募につながらない

── 希望者が少ない中で、どんな人がノンデスクワークを選ぶのでしょうか?

事務職で転職先を探したけれどうまくいかず、金銭的な理由もあって早く就職先を見つけたい、と選ぶ人が一定数います。次のステップを模索するうちに、ノンデスクワークにチャレンジしてもいいかもしれない、と思い直してくれる人もいます。もちろん、中には転職活動を続けて事務職に就く人もいますし、特に高齢であればボランティアや趣味に余生を使おう、と方向を変える人もいます。
ハローワークからも、転職状況にあわせて個別相談に乗ったり、ノンデスクワークも含めて、その人が視野にいれていなかった業界について知れるチャンスを作ったりするようにしています。

── 詳しく知っていくなかで、業界への先入観も変わっていくはずだ、と。

個別相談のほかにも、数年前から警備業界や運輸業界の方を招いて、1日の仕事内容や、業務のやりがいを話してもらう「職業説明会」や「現業者との座談会」を開いたりもしています。コロナ禍の現在も、12~13人ほどの定員で職業説明会を開催しているのですが、毎回ほぼ満席です。終わった後のアンケートでも「知らないことが知れてよかった」「業界へのイメージが変わった」という声が集まっていますし、参加者の年齢層も幅広いのが特徴ですね。
しかし、残念ながら職業説明会から直接応募につながることは多くはありません。少し知ったからといって即応募、という方は少ないのでしょうね。なので、まだまだブラッシュアップする予定ですが、フラットに業界を知れるという意味では必要な取り組みだな、と感じています。やはり、先入観だけで就職の選択肢を狭めてしまうのはもったいないですから。

ノンデスクワークに山積する現実的な課題

── はじめはノンデスクワークにネガティブなイメージを持つ方もいるとのことですが、実際の働き方はどうなのでしょうか?

川上智司近年は女性の働き手も増えていたり、労働環境の見直しが始まったりと、少しずつ働き方が変わってきているタイミングだと思います。ですのでネガティブなイメージの半分は過去のイメージが先行してしまうという側面があるのも確かです。ですが、もう半分くらいはイメージだけではなく実態の働き方にもまだまだ改善の余地があることから来ていると思っています。
まずは、待遇面。給料水準は決して高くはないですし、たとえばタクシー業界などの歩合制で不安定な処遇も、気にする求職者は多いです。労働時間も、タクシー運転手や警備員などは夜勤がありますから、働きにくいと考える人がいます。
それから、特に建設業などは下請けや孫請けの小さな会社が多いので、健全なマネジメント体制が整っていないことも少なくありません。職場の上下関係などが厳しい会社もあって、働きにくいといった声も耳にすることもあります。職場によりけりですが、デスクワーク職と比較して、労働管理や組織体制で不安を抱えている人も多いようです。

── 職場によって様々な課題があり、待遇面に懸念がある、と。逆に、給与が上がったら応募は増えるものでしょうか?

難しいところですね。あくまで肌感ですが、もし給料が2倍になるならば、応募も増えるイメージが湧きます。ですが、おそらく2万や3万くらいの月給アップでは、あまり効果がないかと。それくらい、やはり求職者からのイメージがあまりポジティブでない方向で固定化されていて、興味を持たれにくい領域だということです。
これは、福祉系の職業だと状況が少し違います。同じように、看護や介護のなどの業界も給与面はいい待遇とは言えないのですが、福利厚生に力を入れている企業が多いです。家賃補助などもそうですが、特に資格支援は求職者からかなり反応がいいですね。警備業や運輸業などでもそういった取り組みをされている企業もありますが、単に給与を上げるだけではなく、キャリアアップにつながるような筋道を示すことが応募先として魅力を上げる要素になるのだ、と私たちも日々感じています。

解決のカギは「働く時間のスポット化」にある?


── ノンデスクワークは就職希望者が少ないとお聞きしましたが、そのなかでも応募が多い職種はありますか?

民間での求人などもあわせて考えると、宅配ドライバーは応募がしやすい職種だと感じています。コロナ禍でそもそもの求人ニーズは増えていますが、同じくらい応募が集まっていると聞きます。ほかのノンデスクワークと比べて給与が高いわけではないですが、「スポットで働ける」のが大きいようです。1日3時間だけ、週4回だけ、と自分で働くペースを選べる職場が増えているんですね。
ちなみに、これは「清掃業」でも見られる傾向です。建設・警備・運輸業界と同じく、清掃もノンデスクワークの職業ではありますが、有効求人倍率は「0.97」と、ほかの職業にくらべて安定した数字を示しています。
というのも、清掃業も宅配ドライバーと同じく、ライフスタイルに合わせた働き方がしやすい職業です。午前に4時間シフトに入って、午後は休む、といった働き方をしている方も多くいます。ほかのノンデスクワークと同じくらいの給与ではありますが、この「ライフスタイルに合わせて働ける」という点に魅力を感じる求職者が多く、毎回一定の応募が集まるのだ、と捉えています。

── 逆にいえば、ほかのノンデスクワークもこの「スポットで働ける」が実現できれば応募が増えるかもしれない、と。

その可能性はあると思います。実際、警備の中でもビルやテナントを守る「施設警備」の一部では、スポットでの働き方を実現している職場もあるようです。もちろん、安全性の観点から警備員が頻繁に変わるのは望ましくないという論点などもあるのですが、一つの方法として検討の余地があると思います。
そして、これは建設や運輸など、その他のノンデスクワークでも、働き方を多様化させていく意味で議論してもいいポイントだと思います。国の雇用施策として様々な議論があるところですが、私たちハローワークとしても、求職者と就業先のより良いマッチングを実現できるよう、フレキシブルな働き方の実現についてしっかり考えていかなくてはと考えています。

執筆:高橋智香
撮影:平山諭