なぜノンデスクワーカーなのか人手不足はなぜ起こる? 警備業界の構造を探る【後編】

生産年齢人口の減少に呼応し、各界で「人手不足」が深刻化している。とりわけ状況の改善が急がれるのが、「警備業」の現場だ。厚生労働省「職業安定業務統計」によると、コロナ禍で労働需要が落ち込む中でも、「保安の職業」は最も高い求人倍率を示している。
なぜ、ここまで深刻な人手不足が起きているのか。改善の兆しはあるのか。
一般社団法人全国警備業協会とともに「警備員の働き方改革」に取り組むリクルートの大澤俊雄氏と本田守武氏に、警備業の現状と展望を聞いた。(全2回、聞き手:坂本貴志)

相次ぐ退職。約8割が1年以内に辞める

──前編は、警備業の業界構造を中心に伺いました。後編では、警備員の働き方についてお聞きしたいです。

大澤 まず特徴的なのは、警備は人の定着に課題がある職業だということでしょう。
前編で「警備員になりたい人自体が少ない」とお話ししましたが、同時に離職率も高い業種だと捉えています。ある企業では1年間で2300名の警備員を採用したところ、その年のうちに1800名が退職してしまった、なんて話もあるくらいです。
警備員の約8割が1年更新の有期雇用という背景もあり、更新を待たずに数カ月程度で辞めてしまうケースが後を絶ちません。


本田 交通警備や雑踏警備は、道路工事やイベントのスケジュールによって繁閑が激しく、仕事量が安定しにくいと言われています。せっかく警備会社と雇用契約を結んだのに、警備員としての仕事が全く回ってこないというケースも珍しくありません。
こうした傾向は、国や自治体から依頼される公共工事に顕著です。
予算編成のスケジュール上、期末の3月は追い込み工事で非常に忙しく、逆に4〜5月は予算組みであまり仕事がない。予算が決まった6月から徐々に現場が増えていく……といった時期による増減が見受けられます。
民間工事の人員配置にも影響がでることから、「公共工事の負」とも呼ばれており、警備会社・警備員もこうしたスケジュールを折り込んで仕事を選ぶ必要があるのです。

キャリアが「可視化」されない環境

大澤 それから、「専門性が身につかない」と辞めていく人も少なくありません。
特に必要な資格などがなく、20時間の法定研修をクリアすれば仕事が始められるため、「誰にでもできる仕事だ」という印象を持つ人が多いように感じます。
極端なケースだと、法定研修だけ受けて辞めてしまう人も。面接の交通費として3000円がもらえたり、研修にでるだけで報酬が出たりと、多少の稼ぎが得られるのがその理由でしょう。


本田守武本田 警備員のキャリアが可視化されていないことにも問題があると思います。
以前、ある男性警備員にヒアリングしたところ、「新宿の大規模開発での交通整備にやりがいや適性を感じた」と話していました。こうした人や車の交通量が非常に多い場所では、判断力や対応力など、専門性の高い能力が求められるのです。
ですが、関わってきたプロジェクトの実績が可視化されないと「大型の交通整備に適性があるのに、小規模な人通りの少ない現場にばかり配置される」といったアンマッチも起こってしまいます。人手不足の問題を解決するためにも、適切かつ効果的な人員配置を考えていく必要性があります。

「3K職場」と呼ばれて

──ほかに、警備業の離職者が多い理由は何がありますか。

大澤 「思っていたより現場が大変だった」という声はよく聞きますね。昔から警備の現場は、いわゆる「3K(きつい、汚い、危険)」で、肉体的にも精神的にもつらいと言われています。
警備員にヒアリングをしても、「ずっと立っているので足が痛い」「なかなかトイレに行けなくてしんどい」「支給される安全靴(工事現場などで足を守るために防護機能を備えた靴)が重い」といった意見が返ってきます。
昨今は、新型コロナウイルスの感染拡大でマスクの着用を義務付けている現場がほとんどですが、コロナ以前は工事現場など粉塵が多い場所なのにマスク着用の許可が下りない、という現場もありました。
ほかにも、警備は危険が伴う仕事なので、やはりメンタルの面でプレッシャーを感じてしまう警備員も少なくないようです。

本田 特に交通警備などは、外仕事がほとんどなので、夏の暑さや冬の寒さが厳しくてつらい、という声が多いですね。逆に、駅構内やショッピングセンターなどの警備は冷暖房が完備されていて、雨風もしのげるので人気だと聞きます。
「寒暖なら、服装で多少調節できるのでは」と思われるかもしれませんが、実は警備員の服装には細かい規定があり、なかなか改善が難しいのです。

──それはなぜでしょうか?

本田 警備員の服装は行政への届け出が必要で、制服の生地をもっと厚手にしていいか、防寒具を着けていいか、といった変更もすべて届け出が必要なのです。
また、警備に関する規制は、国土交通省と警察庁の両方が管轄しており、法改正がスムーズに進まないことも多々。
昔決められた法律が今の世の中には合わない部分があっても、なかなか改正に至らないため、合理的でない取り決めが残ってしまったりもしています。
そのうちの一つが服装に関する規制なのです。

少しずつ改善の兆しも

──服装一つとっても、複雑な背景があるのですね。

大澤俊雄大澤 そうなんです。ただ、昨今は猛暑の影響で熱中症も増えてきているため、少しずつ暑さ対策が進んできています。
東京オリンピックの会場では警備員のサングラス着用が推奨されましたし、空調服と呼ばれる小型ファンの付いた作業着を支給する警備会社も増えてきました。
空調服は、コストの関係からまだすべての警備会社に普及しているわけではありませんが、今後も猛暑が続くと予想されるため、導入企業は増えていくと思います。ちなみに私も試着したことがありますが、普通の警備服と比較して段違いに涼しかったです。

本田 暑さ対策以外にも、たとえば私たちは全国警備業協会とともに、警備員の働き方改革に取り組んでいます。
先日はプロジェクトの一環として、座哨(座って警備を行うこと)に関する研究を発表しました。
必ずしも立つ必要のない現場では、警備員の負担軽減のためにも座って警備をしてもらったほうがいいでは、と考えたのがきっかけです。
実際に研究を重ねていくと、座ることで「警備員の身体的負担と精神的ストレスが軽減し、運動能力が向上する」ことがデータでわかってきました。

大澤 座哨の導入を推進すべく、7月からはリクルート社内で座哨の実証実験も行っています。現場からも、「足腰の負担が減った」「疲れを感じずに、より集中して警備ができるようになった」という声が上がっていて、手応えを感じているところです。こうした結果をもとに、業界全体での働き方の改善を推進できればうれしいですね。

大澤俊雄
リクルート HR本部 HRパートナーユニット 首都圏ソリューション営業部 ソリューション営業1G
「リクナビNEXT」「タウンワーク」の営業、営業企画に携わる。2014年より現部署で大手クライアント向けのHRソリューションコンサルティングを担当。物流、外食、警備など、年間数万人規模の応募集客や採用ブランディング、SaaSを活用した採用業務支援などに従事。

本田守武
リクルート 制作・PE統括室 第1ソリューションユニット HRソリューション推進3部 ソリューション推進G
制作ディレクターとして、入社以来一貫して、HRにおける新卒・中途採用領域でのコミュニケーション設計を担当。アウター向けの広告表現だけでは本質的なブランディングに限界があるのを感じ、インターナルブランディングなどを通じて、従業員体験(Employee Experience)を向上させることを起点としたエンプロイヤーブランディングを標榜している。

執筆:高橋智香
撮影:平山諭