なぜノンデスクワーカーなのか人手不足はなぜ起こる? 警備業界の構造を探る【前編】

生産年齢人口の減少に呼応し、各界で「人手不足」が深刻化している。とりわけ状況の改善が急がれるのが、「警備業」の現場だ。厚生労働省「職業安定業務統計」によると、コロナ禍で労働需要が落ち込む中でも、「保安の職業」は最も高い求人倍率を示している。
なぜ、ここまで深刻な人手不足が起きているのか。改善の兆しはあるのか。
一般社団法人全国警備業協会とともに「警備員の働き方改革」に取り組むリクルートの大澤俊雄氏と本田守武氏に、警備業の現状と展望を聞いた。(全2回、聞き手:坂本貴志)

需給両面で見る「人手不足」の原因

── ノンデスクワークの中でも、警備は特に人手不足が深刻です。一体なぜでしょうか?

大澤俊雄大澤俊雄(以下、大澤)これまで警備業の採用支援などに携わってきて、大きく2つの要因があると考えています。
1つは、警備員になりたい人が非常に少ないこと。求人数を求職者数で割る「有効求人倍率」も、全業種平均が1倍超なのに対し、警備業は6〜7倍程度。つまり、1人に6〜7枠ほどの採用オファーが殺到する計算になります。
就職希望者が少ない理由は、働く環境の過酷さや、賃金の低さなど様々ですが、どの企業もかなり採用に苦戦しているのは事実です。
もう1つは、雇い主である警備会社で働き方の見直しがあまり進んでいないこと。
働き方改革の波を受け、各業界で労働環境の改善が進んでいますが、警備業は旧態依然としたルールがあり、変われていない状況にあります。
その結果、応募者も増えず、現場を回すのに必死。働き方の見直しが後手に回ってしまうという悪循環が起こっています。

──労働の需要が増えているということもありますが、労働供給側の問題が大きいんですね。

本田守武(以下、本田) 警備会社が見直しに乗り出せないのには、外的な要因もあります。
たとえば、「従業員の給与をなかなか上げられない」という問題。これは、新型コロナウイルスの流行によって、さらに顕著になっています。
首都圏の場合、コロナ前は警備員1人あたり1万7000円の警備料金が相場で、1万円を警備員へ給与として支払い、警備会社は7千円ほどの粗利を得ていました。
ところが、公共工事の工期見直しや、施設休業などの影響で需要が減った結果、警備会社間で価格競争が起こり、現在は警備員1人あたりの警備料金は1万5000円程度まで低下。当然、警備会社と警備員が得る収入も減っています。
警備員は日給の給与形態で雇用されており、働ける日数が減ると生活の維持が困難になるため離職せざるを得なくなります。それを避けるために、警備会社は受注件数を担保する必要があり、さらに値下げをする警備会社も少なくありません。

大澤 もう1つ、警備業には1日あたりの拘束時間が長い、という特徴もあります。
ほかの現場業、たとえば物流倉庫の仕分け業務では、2〜3時間など都合に合わせて働ける時短勤務の導入が進んでいます。ところが、警備の現場は8時間のフルタイムシフトへの対応が求められます。
時短制を導入できない大きな理由は、「業務連絡の引き継ぎが大変だから」。警備業務を発注する会社から、「始業前の朝礼で共有された情報が、途中で警備員が交代すると伝わらないかもしれないので困る」などと要望され、警備会社は通し勤務を基本にしてきたのです。
特に、交通誘導警備(主に道路工事の現場で行う警備)など、天候や工事進捗などによってスケジュールが変動する現場ほど、共有漏れのリスクを懸念しているようです。
これは引き継ぎの仕組みを整えれば改善が見込める部分なので、発注者側の理解を得られれば見直せる余地があると考えています。

変わらない「受発注」の構造

── そもそも、警備会社はどのように現場の仕事を受注しているのでしょうか?

大澤 大手を除く、多くの中小企業はオーナー社長が個人的な人脈で発注者との関係性を築き、継続的に受注する場合が多いですね。

本田守武本田 営業が新規顧客の開拓をして取引先を増やす活動をしている企業は一握りです。警備会社には、営業職の適性があるセールスパーソンが少ないことも関係しています。
警備会社のセールスパーソンは、警備員として働いたのちに内勤職を経て、その後営業になるパターンがほとんどです。入社直後から営業として配置する警備会社は少ないのです。営業職に就いてからも、取引先開拓のノウハウを教わる機会はあまりなく、既存顧客との取引を継続していくことが主な職務となるケースが一般的です。
新規取引先を増やさないと、既存の取引先からの受注案件が減った場合に巻き返しを図る手立てがありません。案件の総量が減っている今、警備会社では営業適性のあるセールスパーソンの人材需要は高まる傾向にあります。

── 受発注の仕組みが変わらないことも、間接的に人手不足の一因だ、と。

大澤 もう1つ、受注構造が固定化している理由があります。
実は、20年ほど前にあるイベントで、警備業者間での事前協議の不備による群衆雪崩の事故があり、大規模なイベントであっても1つの現場を複数の警備会社で受注することは原則的に禁止されています。
ルール自体は安全性の観点で必要なものですが、大きな現場を受託できるのは大きな警備会社に限られてしまうため、そもそも警備会社を選ぶほどの選択肢がないのです。
大きな警備会社であっても、毎日決まった案件に配置しなければいけない人数は削れません。突発的な数十人規模の案件の場合、断らざるを得ないケースも出てきます。発注するイベント会社にとって、警備員を派遣してくれる警備会社が見つからないことはイベントの実施を左右する大きなリスクになります。いつも依頼に応えてくれる警備会社があれば、その会社に優先的に仕事を依頼するため、持ちつ持たれつの強固な関係が出来上がるのです。

本田 どの警備会社も人の採用に苦労していて余剰人員がないため、新しい顧客を開拓しても派遣する警備員の数が足りなくなる。そういった背景からも、仕事量が潤沢にある平常時は、セールスパーソンを採用したり育成したりするマインドが醸成されにくいのです。

── 受注を考えた時、金額以外に他社との差別化要素はあるのでしょうか?

大澤 警備員個人や隊長、チーム単位での指名もあります。
受け答えがハキハキしている、気遣いができるなど、現場におけるコミュニケーション能力や礼儀正しさなどが評価されて、継続受注につながっています。
ですが、こうした能力の有無では警備料金は変動しないため、給与への反映もされにくく、能力がやりがいやキャリアアップとはなかなかつながらないのが実情です。

テクノロジーで業界は変わるか?

── 変化が起こりにくい業界構造とのことですが、人手不足について改善の兆しはあるのでしょうか?

本田 テクノロジーの活用が、1つのブレイクスルーになると考えています。
ある施設警備(商業施設やビルなどに常駐して行う警備)の現場では、最新式の監視カメラの導入により、今まで10人が必要だとされていた案件で、配置人数が6人に減った、という事例があります。
さらに、人数が減っても施設から支払われる報酬額は変わらなかったそうで、かなりの利幅アップがあった、と。
ほかにも、ドローンを活用した巡回の仕組みや、AIで自律移動できる警備ロボットなど、人を配置しなくても警備ができるテクノロジーが次々と登場しています。

── テクノロジーの導入によって、現場の働き方も見直されていくのでしょうね。

大澤 テクノロジーが導入されても、たとえば監視カメラをチェックしたり、警察に接続したりと、人が必要な仕事は残るので、テクノロジーと人とでサステナブルかつ効果的に、仕事を差配していけるといいですね。
交通警備や雑踏警備など、行政の規制によってテクノロジー活用が進んでいない現場もありますが、業界での議論の深まりとともに、少しずつ導入が進んでいくと思います。
「警備員の働き方改革」に取り組む我々も、そのお手伝いができるよう力を尽くしていきたいと考えています。

*後編に続く

大澤俊雄
リクルート HR本部 HRパートナーユニット 首都圏ソリューション営業部 ソリューション営業1G
「リクナビNEXT」「タウンワーク」の営業、営業企画に携わる。2014年より現部署で大手クライアント向けのHRソリューションコンサルティングを担当。物流、外食、警備など、年間数万人規模の応募集客や採用ブランディング、SaaSを活用した採用業務支援などに従事。

本田守武
リクルート 制作・PE統括室 第1ソリューションユニット HRソリューション推進3部 ソリューション推進G
制作ディレクターとして、入社以来一貫して、HRにおける新卒・中途採用領域でのコミュニケーション設計を担当。アウター向けの広告表現だけでは本質的なブランディングに限界があるのを感じ、インターナルブランディングなどを通じて、従業員体験(Employee Experience)を向上させることを起点としたエンプロイヤーブランディングを標榜している。

執筆:高橋智香
撮影:平山諭