問題提起 多様な生き方・キャリアの選択はなぜ難しいのか希望するライフキャリアを選べない国、ニッポン

働く人の多様化にもかかわらず、固定的なキャリアの選択

働く人の多様化は、この10年で一気に進んだ。60代前半の就業率は今や約7割となり、60代後半の就業率も上昇を続けている(※1)。女性の就業率は急ピッチで上昇し、2019年にはフランスを追い抜き、女性の社会進出が最も進む国の一つとされるスウェーデンに近付きつつある(図表1)。反対に、就業者のうち59歳以下の男性の割合は1990年の52%から2019年の43%まで低下している。

図表1 25~54歳女性の就業率(日本、フランス、スウェーデン)図表1.png(出所)OECD Statisticsを基に作成


働くことに関わる価値観も変化している。育児や介護など、仕事と仕事以外の生活を両立しながら働く人が増えているだけでなく、若い世代を中心に仕事以外の生活を重視する傾向が強まっている(※2) 。新型コロナウイルス感染症の流行による勤め先の休業や営業縮小などの影響はあっても、長い目で見て働く人の属性や意識の多様化はこれからも進んでいくだろう。

多様な選択が許容されない働き方が主流

このような変化に対して、個人のキャリアの選択肢はいまだ固定的だ。フリーランスとして働く人は増えているものの、2019年時点で就業者の9割が企業に雇われて働く雇用者である。そこで雇用者としてキャリアを積もうとすれば、学校を卒業した直後か数年以内に就職することが標準で、米国や欧州のように学校を卒業後、数年海外で見識を広げてから入職するような選択を取ることは簡単ではない。
さらに、いわゆる正社員として働く場合、雇用保障の裏返しとして、企業に強力な人事権が認められており、職務や部門、勤務地などを自由に選ぶことは難しい。また、育児や介護などの理由がある場合を除けば、働く時間を柔軟に変更できる職場も少ない。
このほか介護や病気治療、育児、配偶者の転勤などでいったん離職し復職しようとすると、一部の専門職を除けば、前職での経歴が評価されず、キャリアがリセットされることも少なくない。

今の勤め先に不満がある場合の選択肢も限られている。日本、米国、中国、フランス、デンマークの就業者を対象に行ったリクルートワークス研究所「五カ国リレーション調査」によれば、日本人はほかの国と比べ、様々な面で職場への満足度が低いにもかかわらず、今の職場を辞めたい人の割合は他国とほとんど変わらない(図表2)。不満があっても職場を変える選択はしない。そのことがほかの国よりも職場に不満のある人の割合が高い結果をもたらしているようだ。

図表2 五カ国調査で見る社員と企業の関係性img_2.png(出所)リクルートワークス研究所「五カ国リレーション調査」を基に作成



仕事と仕事以外の活動を自由に組み合わせることも難しい

その時々の希望や必要に応じて、仕事と仕事以外の活動を柔軟に組み合わせたり、その構成を変えていくような、生き方全体の自由度も低い。内閣府「平成28年度 男女共同参画社会に関する世論調査」では、生活における「仕事」「家庭生活」「地域・個人の生活」の組み合わせについて、希望と現実を尋ねている。これによると、いずれか一つだけを優先する「単線型のライフキャリア(以下、単線型)」を希望する人は回答者の38%にとどまり、2つ以上を組み合わせる「組み合わせ型のライフキャリア(以下、組み合わせ型)」を希望する人が60%に上った(※1)。しかし現実の状況を見ると「単線型」の人が61%を占め、「組み合わせ型」を実現する人は33%にとどまった。
図表3は「組み合わせ型」の希望者と実現者の割合および両者のギャップを、性別・年齢別に見たものだ。これを見ると、20代から50代まで性別・年齢を問わず、希望が現実を大きく上回っている。また女性では40代以降ギャップが20%ポイント以下に縮小するのに対し、男性では40代までギャップが30%ポイント前後と比較的大きいままである。

図表3 「組み合わせ型のライフキャリア」の希望者・実現者の割合とギャップimg_3.png(注)このグラフでの「組み合わせ型のライフキャリア」の「希望者(実現者)」とは、「仕事」「家庭生活」「地域・個人の生活」への関わり方を聞いた設問に対し、「『仕事』と『家庭生活』をともに優先したい(ともに優先している)」「『仕事』と『地域・個人の生活』をともに優先したい(ともに優先している)」「『家庭生活』と『地域・個人の生活』をともに優先したい(ともに優先している)」「『仕事』と『家庭生活』と『地域・個人の生活』をともに優先したい(ともに優先している)」と回答した人を指す。
(出所)内閣府「平成28年度 男女共同参画社会に関する世論調査」を基に作成

固定的なキャリア選択では、これからの変化を乗り越えにくい

もちろん、これまで見てきたような状況が、トータルで見た人生の満足度や幸福感の低さに直結するとは言い切れない。特に、日本型雇用の下で働き続けることが、自分や家族の生活の安定、組織内における一定のキャリアの保証と結びついていた時代には、キャリアの選択肢が固定的であったり、仕事以外の活動に取り組むことが難しくても、総合的な人生の満足度が高いケースは多かっただろう。
しかしこれからの変化は、状況を大きく変えていく。OECD(2018)(※3)が今後、「テクノロジーによって世界の32%の仕事内容が変化し、14%の仕事が自動化しうる」と指摘するように、仕事がずっと存在する保証は、もはやなくなっている。世界的なデジタルトランスフォーメーションの波を受けて、企業は事業戦略そのものや、業務プロセスの見直しを急いでおり、その過程で仕事内容や求められる行動の転換、これまでと全く異なるスキルの習得を迫られる人も増えていく。このような時代には、多様な選択肢の中から主体的にキャリアを選択できること、主な仕事以外の活動やネットワークを通じて、新たなキャリアの可能性を切り開いていけることが大切になる。

突出して大きい、これからの人生への無力感

 ここで注意すべきは、現時点の日本で、個人が「主体的にキャリアを選択する」ための条件が整っていないということだ。図表4は、世界価値観調査より「これからの人生に選択の自由とコントロールがある」と考える人の割合(※4)を示している。この割合は日本で44%にとどまり、米国(77%)、中国(63%)、ドイツ(68%)、スウェーデン(82%)、英国(73%)、オランダ(68%)など、ほかの国と比べてひときわ低い。日本では自分の選択で自分の未来を変えることはできないという無力感を持つ人が多いのだ。

図表4 これからの人生に対して選択の自由とコントロールがあると考える人の割合img_4.png(注)世界価値観調査では、「これからの人生に対して、どれくらい選択の自由とコントロールがあると思いますか」という質問に、「1.まったくない」から「10.非常にある」まで10段階で回答する項目がある。そこで、①1~4を選択した人を「自由とコントロールがないと考える人」、②5~6を選択した人を「どちらともいえない人」、③7~10を選択した人を「自由とコントロールがあると考える人」とみなし、③についてグラフを作成した。なお、6以上を「自由とコントロールがあると考える人」と定義した場合にも本図表と同様の傾向が確認できる。
(出所)World Values Survey Data analysisを基に作成

必要なのは、多様な選択を阻む社会の構造を明らかにすること

 問題は、自分の未来に対する無力感があると、人は自分に対する責任を果たしにくくなることだ。ジョンズ・ホプキンス大学で教鞭をとる政治学者のヤシャ・モンクは、経済学や心理学の知見に基づいて、「人が自己への責任を果たせるのは、その能力があれば一定の妥当な範囲で自分の未来を形成できるだろうという確信があるから」だと指摘している。自分の運命を制御する能力への不安が高まると、ますます自分の生活への責任を果たす能力が実際に低下する悪循環に陥るという。

つまり個人が主体的に人生やキャリアを選択していける社会をつくろうとするとき、「これからは主体性が必要」と主張したり、キャリアにおける自己責任を強調するだけでは不十分ということになる。今後の人生に対する無力感をもたらし、多様な選択を阻んでいるものは何か、その要因を明らかにするとともに、どう社会として支援していくべきかを丁寧にときほぐしていく作業が必要である。

このコラムは、リクルートワークス研究所のプロジェクト「十人十色のキャリア選択を支える社会」の第1弾として、多様なキャリア選択を難しくしている要因をときほぐし、有識者へのインタビューから解決に向けたヒントを探っていきます。

(執筆)大嶋寧子

(※1)総務省「労働力調査」によれば、65~69歳人口の就業率は2009年に36%だったが、2019年に48%まで上昇している。
(※2) 「世界価値観調査2019」日本結果(2020)電通総研・同志社大学によると、前回調査(2010年)と比較し、生活における仕事の重要度は約4ポイント低下(2010年84.2%⇒2019年80.0%)しているほか、「働くことがあまり大切でなくなる」ことを「良いこと」「気にしない」とする回答の割合が2010年の21%から2019年の43%へと倍増しており、仕事や働くことに対する日本人の意識が大きく変化していることが指摘されている。
(※3)CECD(2018)Job creation and Local Economic Development 2018:preparing
(※4)2017~2020年に実施されたWAVE7のデータによる。