兆し発見 キャリアの共助の「今」を探る生き生き働ける組織が社会にインパクトをもたらす。子ども支援のカタリバ、20年の歩み

生まれた地域や家の豊かさなどに関係なく、すべての子どもたちが、自分の望む未来を切り拓けるようにしたい。2001年、大学生2人がそんな思いから立ち上げたのが、NPO 「カタリバ」です。活動費の捻出に苦労した立ち上げ期を経て、東日本大震災では被災地での学習支援に奔走。その後も困難を抱えた子どもの居場所づくりなど実績を積み上げ、人々の信頼と寄付を得てきました。代表理事の今村久美さんに、20年間の活動を振り返るとともに、NPOが企業と並ぶ「キャリアの選択肢」となる可能性について、語ってもらいました。

今村久美さん_プロフィール_修正.jpg今村久美 氏
認定NPO法人カタリバ代表理事
慶応義塾大学卒。2001年共同設立者の三箇山優花氏と共にカタリバを設立。主に中高生と、少し年上の若者との「ナナメの関係」を提供することで、子どもたちの学習支援や自己肯定感の向上、困りごと解決につながる事業を展開している。文部科学省中央教育審議会委員、教育再生実行会議初等中等教育ワーキング・グループ委員などを歴任。

「霞を食べて生きるようなもの」と言われた設立当時 震災が分岐点に

――団体を設立して20年、どのような苦労がありましたか。

団体を設立した当時はNPOの認知度が低く、親にすら「霞を食べて生きていくようなものだ」と言われました。当時はITベンチャーを起業する友人も多く、彼らと自分を比べて引け目を感じることもありました。
最初の10年は寄付がほとんどなく、専門学校のオープンキャンパスやイベントの運営を請け負って活動費に充てました。このため本来子ども支援に費やすべき、貴重な時間を無駄にしているという焦りもありました。2010年前後の「社会起業家ブーム」では、女性社会起業家の代表のように扱われ、力不足の自分と、メディアの報じる自分とのギャップに苦しんだ時期もあります。

――活動の転機はいつ訪れたのでしょう。

東日本大震災が大きな分岐点でした。「認定NPO法人」の要件が大幅に緩和されるなどして、NPOが公の仕事の一部を担うようになり、カタリバの活動領域もぐっと広がりました。震災後に東北の被災地での学習支援を始め、その後も貧困など生活困難を抱える子どもたちの支援、子どもたちの自己肯定感を高めるための学習プロジェクト、熊本地震や西日本豪雨で被災した子どもたちのサポートなど、さまざまな活動を実施しています。認定NPO法人として税額控除を受けられるようになってから寄付も増え、現在は支出の8割超を寄付で賄っています。

安心して働ける環境でこそ力を発揮できる やりがい搾取ではだめ

――NPOの運営を通じて、最も大事なことは何でしょうか。

人が生き生きと働ける組織づくりが、よい仕事をして社会へのインパクトを強めるための絶対条件だと考えています。そのためには、経理や労務管理などのバックオフィスを整えることも不可欠です。
カタリバも当初、経理担当者はおらず帳簿もお小遣い帳レベルで、バックオフィスが整備できるようになったのはつい最近です。私自身、体が丈夫で無理が利いたこともあり、社会保険や労務管理の重要性を、本当の意味で納得できていなかった面があります。しかし共同設立者が病気になり、自分と同じことを他人に求めてはいけない、と気づいたのです。
住民のために働く行政職員には、手厚い社会保障が付いています。同じようにNPOも「やりがい搾取」では駄目で、安心して働ける労働環境と賃金が保障されてこそ、職員も十分に力を発揮してくれるのです。

――NPOをキャリアの選択肢として考える人は増えていますか。

昨年職員を募集したところ、わずかな採用枠に2,000件もの応募がありました。コロナ禍による雇用不安の高まりも感じましたが、NPOを職業として考える人が増えていることもうかがえました。カタリバでも民間企業からの転職者が増え、採用やウェブ制作などで大活躍しています。彼らを見ると、優秀な人材にキャリアの選択肢としてNPOを選んでもらうことは、非常に大事だと感じます。とはいえまだ、エンジニアなどはなかなか採れないですし、給与水準が下がるからと、企業からの転職をためらっている人も多いでしょう。

ウェブサイトの構成や採用戦略、企業の手法が参考に

――民間企業の出身者は、どのように活躍していますか。

ある職員は、前職で健康食品の通販サイトを作った経験から、活動紹介を見てすぐに寄付ボタンをクリックできるよう、サイトを作り変えました。本人いわく「寄付を集めるのはおしゃれなサイトじゃない。応援しようと思った瞬間ボタンを押せなければ、忘れ去られる」。また最近、採用部門にも企業の人事経験者が転職してきて、情報発信が充実しました。
NPO関係者にはありがちかもしれませんが、かつての私には「社会をよくする活動なのだから、自然に人々の理解は得られるはず」という先入観がありました。しかし実際は「日本に貧困はない」と思い込んでいる人すらいて、理解は想像以上に進んでいません。より多くの人に活動を伝え、寄付や人材を集めるには、民間企業と同様に戦略が必要なのです。

――採用戦略について教えてください。

若者たちに、「カタリバに入って、社会課題解決を生活の一部にしたい」と感じてもらう仕掛けを、意識的に作る必要があります。そのための一つの手法として、ITベンチャーを見習ってオフィスを改装しました。設備が老朽化し一部壊れたせいもありますが、おしゃれなオフィスにすることで、若者との接点を作りたいという思惑もありました。
大事な寄付金を職場の改装などに使わず、受益者に回すべきだと考える支援者もいるかもしれません。しかし私たちの活動は、子ども支援からボランティアの取りまとめに至るまで、人の心の機微を読み取る高度なコミュニケーションスキルが求められます。優秀な人材を集められるかどうかが支援の質を左右しますし、彼らも薄暗い蛍光灯の下で机を並べるより、明るくてポップな職場で働くほうが好ましいのではないでしょうか。

リソース不足を知恵で補う NPOで活躍できる人材とは

――カタリバで活躍できるのは、どのような人材でしょうか。

カタリバには、コロナ禍に伴うオンライン学習のサポートチームや災害支援チームなど、メディアの露出が多い職場と、毎日地味な仕事が続く職場があります。「キラキラ」でない仕事にも誇りを持ち、精神的に自立して働ける人が望ましいです。
また家族のDVや貧困などのため、強い不安を抱えた子どもと接することが多いので、職員も不安が強いと共依存に陥りかねません。精神的に安定していて、客観的な判断ができる人が向いています。
企業からの転職者の中には、NPOに移って人材や資金の少なさに失望してしまう人もいます。リソース不足を知恵と人脈で補うことに面白さを感じられる人は、活躍できると思います。

――新卒採用については、どのようにお考えでしょうか。

いくつかのNPOでは近年、新卒を採用して合同で新人研修をするといった取り組みが始まっています。ただ私個人は、今のところやはり企業で働くのが、社会人のノウハウを身につける近道だと思います。私もNPO設立直後、リクルートでアルバイトをして電話応対、請求書の書き方などを勉強させてもらいました。

人、モノ、知恵を企業が提供 災害支援でも連携

――企業との協働は進んでいますか。

例えばコンサルティング会社のアクセンチュアは、社会貢献の一環としてNPOの業務効率化を社員の目標に含めており、社員が「本業」として真剣に効率化の知恵を出してくれます。
また、カタリバは大規模災害が起きた時、デイゼロ、つまり発生当日に被災地入りして子ども支援に取り組むことをミッションにしています。支援に当たって複数の企業と提携し、再生可能エネルギーの発電会社には太陽光パネルを、キャンピングカーの会社に車両を、人材会社には支援を担う人員を、それぞれ提供してもらうことで合意しました。こうした企業とはビジネスを超え、一緒に支援に取り組むという仲間意識を共有しています。

――今後、取り組みたいテーマはありますか。

カタリバ自体を拡大するのは限界があるので、同じ志を持つ各地域のNPOに、企業と組んで助成金を提供したり、バックオフィス機能を一部引き受けたりできればと考えています。いわばNPOを「フランチャイズ」化し、多くの団体で子どもを支えるイメージです。
またリモート学習の活用などによって、教育のあり方ももっと多様化できればと思います。教員志望者が減る一方、起業を志す若者は増えています。彼らのアントレプレナーシップを生かせば、さまざまな新しい学びの機会を作れるのではないでしょうか。何より私自身「老害」にならず、若者を応援し続けたいですね。


聞き手:中村天江
執筆:有馬知子