兆し発見 キャリアの共助の「今」を探るスペイン「モンドラゴン協同組合」における、キャリア共助のエコシステム

生まれ育った地で、自らの個性を生かし、住民同士で人々が幸せに生きるための仕事を創りあっていける。そんなキャリアの共助のエコシステムが、スペイン・バスク地方の「モンドラゴン協同組合」にあります。以下では、モンドラゴン協同組合の概要を説明した上で、同組合内で共創を通じてキャリアを支える取り組みの一例として、モンドラゴン大学のビジネス学部内における「Mondragon Team Academy(以下、MTA)」について紹介します。

vol.11_桐田さんリサイズ.JPG桐田理恵氏
NPO法人ETIC./ MTA JAPAN PR/ フリーランス編集者・ライター・広報
1986年茨城県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。出版社に勤務後、NPO法人ETIC.に参画。2017年よりフリーランスに。現在は、NPO法人ETIC.とMTAが協働する、チームで大きなビジョン・インパクトを実現するプログラム「774」広報、地域での事業創造を学び合うプログラム「LOCAL VENTURE LAB」広報、探究型の学び場をサポートする「探究コネクト」パートナーなどで活動中。2021年よりMTA JAPAN PRに。MTAの革新的なあり方を日本に広めるべく、発信中。

従業員が経営に参画するモンドラゴン協同組合

モンドラゴン協同組合は、スペイン内戦の傷跡が残る1940年代に同国のバスク・モンドラゴン教区に派遣された1人の神父によって創設されました。貧困、飢えに苦しむ地域の姿、そして教育を受けられない子どもたちの多さを目の当たりにした神父は、この地域の再興のために雇用と教育が必要だと考え、1943年にあらゆる人に門戸を開くモンドラゴン工科学校を創設します。

さらに神父は、競争ではなく共に創り上げていく「共創」こそが重要だと考え、「自分たちから仕事を創り、世界に働きかけていく」というコンセプトを掲げ、1956年には工科学校の卒業生とともにモンドラゴン協同組合を創設しました。

モンドラゴン協同組合が一般的な企業と異なるのは、従業員が出資を行って所有者になり、運営主体である総会での投票権を持つなど、経営にも関与している点です。協同組合内の教育機関であるモンドラゴン大学が職業専門学校としての役割を担っており、職業技術を学んで就職することができ、また仕事が合わない場合には、退職して再度学び直すこともできます。

大学や金融・流通事業も持つ巨大連合体

今やモンドラゴン協同組合は、労働者協同組合を中心とする96の協同組合、8.1万人の組合員、そして14の研究開発センターを擁する大規模なビジネス連合体となっています。現在の事業領域は大きく金融、工業、流通、そして、モンドラゴン大学や研究開発センターなどのナレッジ分野にわたります。

モンドラゴン協同組合は国際化とイノベーションを重視しており、37カ国で141の製造工場を持ち、53カ国との商業事業、150カ国以上での販路拠点を持つなど、世界中で事業を行っています。

モンドラゴン協同組合のウェブサイト

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(出所)https://www.mondragon-corporation.com/en/about-us/

学生と起業家の国際的なコミュニティ

モンドラゴン大学のビジネス学部内で、起業家的人材を育成する実践的な学び場でありエコシステムを提供するのが「MTA(Mondragon Team Academy)」です。MTAに所属する学生たちは在学中や卒業後にさまざまな分野でスタートアップを立ち上げ、協同組合内企業と協働し、それがインターンや就職につながるという循環が生まれています。しかしその特徴は、日本における一般的な大学や起業家育成のそれとは明らかな違いがあります。

まずに、MTAは個人よりもチームで大きなビジョンを達成することを目標に起業家的人材「チームアントレプレナー」を育成・輩出することをミッションに掲げています。学生たちは入学直後、1学年およそ30名が2チームに振り分けられ、メンバー一丸となり会社を設立しなければなりません。何をテーマにどのようなビジネスを始めるかの具体的な部分は学生たちに委ねられていますが、進学要件に一定の稼ぎが求められ、4年間を通して1人当たり総額200万円以上の利益をあげていくことが求められます。

また、その稼ぎは進学のためだけではなく、「ラーニングジャーニー」と呼ばれるカリキュラムに必要となります。ラーニングジャーニーは、MTAのカリキュラムの核に位置づけられるものです。1年目にはフィンランド、2年目にシリコンバレー、3年目にインドや中国におよそ2カ月間滞在し、同級生や現地の人々と小さなビジネスをいくつも生み出しながら、その地域で起こっている社会問題のリアリティを体感していきます。その際、滞在費は在学中の稼ぎで賄うことが義務づけられているので、稼ぎが少ないと快適とは言い難いホステルに寝泊まりするしか選択肢がなくなるのです。

MTAの研修プログラム中の様子

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さらに、MTAには“教える人”という意味での教授は存在しません。代わりにコーチと呼ばれる人たちが学生(MTA内では学生ではなくチームアントレプレナーとされる)を支え、教室の代わりにオフィスが与えられます。

2008年の設立から12年、500名以上の起業家と30社以上の企業を生み出してきたMTAは、実践を通してビジネスを学ぶことを望む学生が世界中から集う大学として、また学生と起業家の国際的なコミュニティとして存在を確立しつつあります。

支え合いながらイノベーターを輩出

MTAがチームアントレプレナーに求めることは、チームで協力し合いながら新しいものを創っていくこと、国際的な視野と地域に寄り添う姿勢の双方を持ち、さまざまな地域と関わり合いながら世界に変化を生み出していけるようになることです。そして、経済的にも、社会的にも、またこの世界に生きる人々の感情面や地球環境の持続性の面でも、貢献し、成功していくビジネスを創ることが求められます。

MTA共同創業者のホセ・マリ・ルザラガ氏は、「MTAは急進的で革新的な教育を全員に与えることに注力しているのであって、決して“一流大学”を目指しているのではない。一人ひとりの人間を理解し、いかに彼らを社会とつなげていくのかがその目指すところであり、そのためにチームでの共創が必要なのだ」と語ります。実際に、MTAを支える骨子とされている「MTAメソッド」では、知能をIQテストに基づく知能観では測ることのできない複雑で複合的な力、常に変容・発達可能な力と捉えるマルチプルインテリジェンスを基盤に、若者たちの何がユニークで何が優れているのかを理解し、それらの才能を社会とつなげていくことに注力しています。

結果、MTAの学士課程を卒業した学生たちは、失業率の非常に高いスペインにおいて97%が希望の仕事(その大半は自身で起業、スタートアップへの参画、または一般企業でのイノベーションや新規事業創出など社内起業家的なチャレンジ)に就いています。モンドラゴン協同組合、そしてMTAの定義する「ビジネス」は、地球規模での人間同士の「共創」であり、一人ひとりの個性ある才能が社会とつながった一つの結果でもあります。

日本におけるMTAの取り組み

MTAの学びはスペイン国外でも展開されており、その数は2021年現在9カ国にもなっています。2020年4月には、日本でも1993年の創業以来1600人以上の起業家を輩出してきたNPO法人ETIC.とMTA卒業生が運営する日本でMTAの学びを届けることを目的としたMTA JAPANが協働し、オンラインをベースとしたラーニングジャーニーとnチームラーニングがカリキュラムの軸となる「774」プロジェクトがスタートしました。MTA JAPANでは、その他日本のいくつかの大学との協働実績も積み重ねています。

また、先日発足した「MTA ASIAネットワーク」では、中国や韓国、シンガポール、マレーシア、日本からMTA関係者が集い、定期的に各国のMTAプログラムやMTA関連プログラムについて意見交換を行っています。
もし、MTAのことをもっと知りたいと思ったならば、まずは日本で彼らと会うことができるかもしれません。広い世界と多様な人間の個性に開かれたMTAに関わる人々の姿に、この国の多くの人が触れることができたらと、そのつながりがより豊かなものになっていくことを願います。