シンポジウム動画・報告 「つながりの時代ーキャリアの共助が未来をひらくー」【事例紹介】社会的事業のエコシステム ―NCLと個人・企業・自治体の連携―

リクルートワークス研究所では、2021年7月に3日間のオンライン・シンポジウムを開催しました。以下に、7月16日に行った「DAY3 地方を元気にする『オンライン関係人口』と『非営利の仕事』」の事例紹介の動画とサマリーを公開します。

社会的事業のエコシステム NCLと個人・企業・自治体の連携―(事例紹介)Next Commons Lab ファウンダー 林篤志氏

価値観、言語、文化…異なる集団を媒介

私たちは今、国内の人口減少や格差拡大、地球規模での環境問題など多くの社会課題に直面しています。Next Commons Lab(NCL)は、その中でも「地方創生」をフィールドに定め、ありとあらゆる社会課題にアプローチする方法を見つけ出そうとしています。

社会課題への対応が非常に難しいのは、いくつもの要因が複雑に絡み合っているからです。このためさまざまな業種の企業や自治体、住民や大小のNPOが協業し、地域の未来をデザインすることが不可欠です。

しかし、価値観もものごとの進め方も、時には言語すら異なる集団が、連携するのは簡単ではありません。NCLはこれらの集団の媒介者として、そして課題解決の仕組みを描き出すデザイナーとしての役割を果たそうとしています。


国内11カ所90以上のプロジェクトを組成

NCLの事業は主に3つあります。1つは自治体と協力して起業家を地方へ送り込み、その土地の課題や強みに着目したプロジェクトに取り組んでもらう「ローカルベンチャー事業」です。

総務省の「地域おこし協力隊」の制度を活用し、これまでに国内11カ所で90以上のプロジェクトが生まれました。NCLがサポートするのは立ち上げ時の約3年間ですが、参加者の7割近くがその土地に留まり、自立自走で事業を続けています。

人材を誘致する際、私たちは地域の資源や課題、地元で活動する人材などを徹底的にリサーチします。地域に潜むビジネスの「種」を見つけ、プロジェクトの「下書き」を作っておけば、その土地に縁もゆかりもないで人も、ビジネスをイメージしやすくなるからです。

岩手県遠野市では、高齢化に悩む地元のホップ農家と自治体、ホップを仕入れるキリンビールなどと「日本一ビールを楽しめる街」というビジョンを考えました。そしてビジョンを具現化する事業の担い手として、都市部から人材を招きました。

西日本最高峰、石鎚山のある愛媛県西条市では、地元の自然学校の校長先生らと一緒に「アウトドア活動の聖地を作る」という構想を打ち出し、アウトドア用品製造・販売のモンベルとパートナーを組んで、事業に挑戦する人材を募りました。

2つ目は、企業と自治体をつなげて課題解決を目指す「ソーシャルデベロップメント事業」です。

例えばNCLは、丸紅グループの電力会社などと組んでSocial Energyという電力小売りのプラットフォームを立ち上げました。さらにSocial Energyと岩手県大船渡市、長野県軽井沢町などを結び付け、域外に流出していた電力料金を、地元で町おこしに取り組むプレーヤーたちの活動費などへと、還流させる仕組みを作ったのです。

3つ目が、連携の要であるコーディネーターの育成事業です。NCLは、各地域に最低3人のコーディネーターを常駐させていますが、人材のニーズの高まりを受けて、今年から「コーディネーターの学校」を開講しました。


縮小する公的サービスを「新たなコモンズ」で補う

時代が変化する中、私たちは早急に、地方の持続可能性を高める必要に迫られています。このためNCLは今年、そのためのイノベーションを官民連携で生み出す研究・実践機関「Sustainable Innovation Lab」を立ち上げました。社会課題解決の新たなシステムや技術を自治体へ実装し、2025年の大阪・関西万博で世界に発表することを目指しています。

この1~2年で、地方創生は大きく変化しています。大企業は、かつてはCSRの文脈で利潤の一部を社会貢献に使うという意識でしたが、今では地域の課題解決を事業化し、ビジネスを存続させることに、本気で取り組むようになっています。

一方、自治体からは「機能を小さくしたい」という相談が急増しています。人口も税収も減り社会保障費が上がる中、自治体が限界に近づいているため、一部を企業や市民の共助に担ってもらう方策を、探し始めているのです。

公的サポートの範囲を縮小せざるを得なくなった今、こぼれ落ちる部分の受け皿として、公と民の真ん中の「第2の公助」、私たちが「新たなコモンズ」と呼ぶ仕組みを作る必要があります。そのためにはNCLだけでなく、自治体や大企業、スタートアップや専門家など、さまざまなプレーヤーと協業することが不可欠です。


住民の自治を柱に、企業・スタートアップが連携

私たちが構想するのは、住民の自治組織を柱として、企業やスタートアップが必要に応じて連携する「ローカルコープ」という仕組みです。

例えばごみ処理は、住民の分別強化とごみステーションの整備によって、数億円の処理コストを削減できる可能性があります。削減できた費用を行政から住民の組織に委託することで、社会課題を市場化し、地域に利潤が循環する仕組みが作れます。

ただ地域住民だけで、電力や公共交通インフラなどの大きなシステムに取り組むのは、限界があります。

ローカルコープが企業や起業家と連携し、自治体のサブシステムとして地域に必要なサービスを提供する。さらに課題の解決策をモジュール化して横展開できれば、ほかにも多くの地域が恩恵を得られます。NCLは「新たなコモンズ」を作り出すため、企業や自治体、スタートアップの連携を媒介していきたいと考えています。

執筆:有馬知子