シンポジウム動画・報告 「つながりの時代ーキャリアの共助が未来をひらくー」【講演】退職者は「社外資産」、日本企業のアルムナイ戦略

リクルートワークス研究所では、20217月に3日間のオンライン・シンポジウムを開催しました。以下に、7月9日に行った「DAY2 新たな人事施策「アルムナイ」と「職業コミュニティ」」の講演の動画とサマリーを公開します。

退職者は「社外資産」、日本企業のアルムナイ戦略(講演) 株式会社ハッカズーク代表取締役CEO 鈴木仁志氏

退職で投資が無駄に アルムナイがあれば損失を防げる

今日は企業の退職者である「アルムナイ」にフォーカスし、企業と個人との関係の変化に、アルムナイがどのように関わるのか、そして具体的な取り組みについてご紹介します。

当社は、企業と退職者をつなぐクラウドシステムの運営や、企業へのコンサルティングなど、アルムナイに特化した事業を手掛けています。

私はメーカーなどに勤務した後、10年ほど採用・人事などをサポートする会社に在籍しました。そこで社員が退職してしまうと縁が切れ、投資が無駄になるのはもったいないという声を聞き、2017年に当社を立ち上げました。現在は金融、商社、製造、ITなど幅広い業種の数十社にサービスを提供しており、企業向けアルムナイサービスとしてはシェアトップとなっています。また最近は、大学や地方自治体が当社と連携し、企業の退職者を副業人材などとして活用する事例も出てきました。

個人のキャリアやライフスタイルの多様化で、企業と個人の関係は変化しつつあります。かつて終身雇用制度の下では、企業は採用した人材をほぼ囲い込み、社員との相互依存を強めました。しかし現在は、1社だけでキャリアを終える人は急速に減り、労働市場の3分の2が転職を経験しています。副業兼業も普及する中、組織としての力を高めるには、転職者やフリーランスら外部の優秀な人材の確保が不可欠なのです。


アルムナイ活動は、退職者・現役社員双方へ恩恵をもたらす

「外部人材」の中でも、人事や経営のスコープから外れ、圧倒的に取り残されているのが退職者です。多くの企業は採用と離職防止には非常に力を入れていますが、退職すればほぼ縁が切れてしまいます。退職者とつながり続けるのは、個人的に付き合いのあった社員に留まり、社内で退職者が「裏切り者」扱いされることもしばしばでした。

それが近年、退職者との関係を公式化し、企業の資産として活用したいと考える企業が増えてきたのです。

企業がアルムナイ活動に取り組む目的は、再雇用のほか人材開発やキャリアデザイン、従業員により良い経験を積ませる「エンプロイエクスペリエンス」の向上、ビジネスでの提携などさまざまです。アルムナイ活動は退職者と現役社員、どちらのためにあるのか、という議論もありますが、実際には相互的な好循環を生み出しています。

退職者に関しては、元の職場に良い印象を持つことでエンゲージメントが高まり、再入社やビジネスでの連携が起きやすくなります。従業員の側も「裏切り者」という見方がなくなり、ポジティブなサイクルが回り始めます。

また、私たちは主に現役世代の転職・退職者を対象としていますが、定年退職者の集まる社友会やOB会の活用を考える企業も増えています。


退職を良い経験に変える「辞め方改革」が、企業価値を高める

産業構造の変化に伴い、企業は人材を頭数としての「資源」から、成長に必要な「資本」と見なすことで価値を高める戦略へと転換しています。組織も社員だけのクローズドな状態から、フリーランスなど外部人材を巻き込んだオープンな形に変わりつつあります。同時に「定着」の定義も、終身雇用から信頼と緩やかな関係を維持する「終身信頼」へと変化しています。

退職者が会社に不誠実な対応を取る、会社が退職者を「裏切り者」扱いするなどの「悪い辞め方」は、「終身信頼」を損ない、双方にとって不幸です。私たちは「辞め方改革」と呼んでいますが、企業は、現役社員が退職も含めたキャリアをオープンに話せて、退職者を快く送り出す環境を作る必要があります。それによって退職者との緩やかなつながりを維持し、人的資本を高めることが重要なのです。

最近ではカムバック採用やジョブリターン、アルムナイ採用などとして、退職者の再雇用に取り組む企業や、退職者に副業で業務を任せる企業が増えています。アルムナイ採用のメリットは、社内を熟知した即戦力を採用できること。特にコロナ禍で新入社員の戦力化に難しさを感じる企業も多い中、アルムナイなら短期間で、仕事を軌道に乗せることができます。


「退職者に優しい企業」は、現役社員や新卒学生の評価も高い

退職者を厚遇することに既存社員が反発するのでは、という懸念もよく聞かれますが、多くの場合、退職在職にかかわらず個人を大切にする会社は、社員から良い評価を得ています。例えばある製薬会社では、アルムナイ制度は現役社員からも好意的に受け止められており、投資家向けのアニュアルレポートにも制度や再雇用に関する情報を記載しています。

た別の企業でベンチャー企業に転職した元社員のインタビュー記事を、採用サイトに載せています。アルムナイに対する就活生の関心も高まっており、採用ブランディングの視点で、活動に取り組む企業も増えてきました。企業は今や、転職の可能性を含めた「その先のキャリア」を提示しないと、学生や転職者に選んでもらうための土俵にすら乗れないと言えます。

大企業を中心に、アルムナイが社員向けのセミナーに登壇したり、メンターを務めたりする動きも広がっています。彼ら彼女らは、外に出たからこそ分かる前職の良さや、前職での経験がどう社外で生きたかを語り、社員の評判も非常に良いと言います。「隣の芝は青い」と思っている社員が話を聞くことで、自社の良さを再認識するなど、従業員満足度の向上にもつながっています。

企業が風土改革や人事制度改定の際、アルムナイの意見を取り入れることで、従業員満足度の向上や離職率の低下につなげようとする動きも出ています。新規事業の開発プロジェクトなどでアルムナイと連携し、オープンイノベーションに取り組む企業も現れました。退職者の作ったスタートアップに、元の職場が出資するといった事例も出ています。まさに退職者はさまざまな意味での「社外資産」なのです。


執筆:有馬知子