研究所員の鳥瞰虫瞰 Vol.3既婚男性はどうしたら転職しやすくなるか 大嶋寧子

個人がキャリアのオーナーシップを求められる時代

職業人生の長期化、テクノロジーの進展、M&Aの活発化をはじめとする事業環境の急激な変化により、1つの組織が労働者の人生を支え切ることが難しい時代が到来しつつある。このような時代を展望し、労働政策も、 内部労働市場における雇用維持を重視したものから、個人が自分のキャリアにオーナーシップを持ち、主体的に転職や独立、学び直しへと乗り出すことを支えるものが増えている。

実際、安倍総理は2017年11月29日の第1回人生100年時代構想会議で、「誰もが幾つになっても、新たな活躍の機会に挑戦できるような環境整備を図ってまいりたい」と述べ、政府として中高年の再就職支援やリカレント教育の拡充を行う方針を示している。その後、2018年3月に政府がまとめた「年齢にかかわりない転職・再就職者の受入れ促進のための指針」や、 同年6月13日の「人づくり革命 基本構想」でも、政策面から個人の自律的なキャリア形成を支えるのだという意思をはっきりと見て取ることができる。

配偶者の有無によって異なる転職状況

とはいえ転職や独立・起業、学び直しが誰にとっても手にしやすい選択となるまでには、まだ道のりは遠そうだ。リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査2018」より、2016年12月時点で正社員だった男性のうち、その後1年間に自発的理由による転職をした人の割合を見ると、20代で5.6%、30代は4.0%、40代以降は1~2%台である。転職をした人の数をみればこの30年間で大きく増加しているものの(※1)、自発的な転職が40代以降に行われにくくなる傾向は色濃く残っている。

ここで注目されるのは、配偶者がいるかどうかで、自発的理由による転職者の割合に差があることだ。図はリクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」より、男性就業者のうち、昨年1年間に自発的理由による転職をした人の割合をみている。これによると、配偶者ありの男性は配偶者なしの男性と比べて、自発的理由による転職を経験した人の割合が一貫して低い。

図表 昨年1年間に自発的理由による転職をした人の割合
(昨年に正規雇用者だった男性)item_works03_ooshima02_ooshima09.jpg(注)20~60歳代の既卒男性(2016年12月時点で正規雇用者かつ2017年12月時点で就業していた人)。

昨年1年間に自発的理由による転職をしていた人は、①前職退職年が2017年以降かつ現職入社年が2017年以降、②前職退職理由として解雇や倒産、契約期間の満了等の会社都合以外の理由を挙げた人と定義した。配偶者ありは2016年12月および2017年12月の双方で配偶者がいた人、配偶者なしは2016年12月および2017年12月の双方で配偶者がいなかった人とした。
(出所)リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」より作成

家計構造と既婚男性のキャリア選択の自由度

このような差が生じる理由の1つに、日本の家計構造が考えられる。より本格的に働く有配偶女性が増えてきているとはいえ、日本の家計の構造はまだまだ「男性稼ぎ主型」を脱していない。総務省「家計調査報告」(2017年)によれば、2人以上の勤労者世帯のうち、夫のみ有業の世帯が約4割を占める。さらに夫婦共働き世帯の場合でも、世帯主男性の勤め先収入は月平均42.7万円に対し、世帯主の配偶者女性の勤め先平均収入は13.1万円である。

一方、日本では、その組織固有の能力を身に付ける能力開発や、勤続年数や独自の職業能力評価基準に基づく賃金制度が広く採用されてきた。そのため、積み上げた勤続年数や組織固有の職業能力がリセットされてしまう転職は、賃金の低下を伴いやすい。

男性稼ぎ主型の家計構造の下では、男性の賃金低下や所得不安定化は家計を大きく圧迫する。とりわけ、子どもの養育費・教育費の負担が固定費としてのしかかる家計にとってはなおさらである。リスクを避けようと思えば、有配偶男性にとって短期的な正解は「現職に留まる」となってしまう。

しかしこうした選択により、キャリアチェンジのタイミングが遅れれば、家計は長期的にはかえって不安定化しかねない。

女性活躍推進の本当の意義

安倍政権は2012年12月の発足以降、女性活躍を成長戦略の柱と位置づけてきた。女性が活躍できる環境を整備することは、少子高齢化による労働力減少の悪影響を緩和し、企業のイノベーションを促進するという。

しかし、女性活躍の本当の価値は別のところにあるのかもしれない。それは、「男性、女性双方のキャリア選択を自由にする」という価値である。
特に夫である男性にとって、妻がより本格的に働き、その分、各家庭で家族を養う責任が分散されることは、自分の転職や独立、 起業を考えやすくするという意味があるのではないか。

男性がより自由にキャリアチェンジに挑めるようになれば、社会全体で個人の能力がより生かされるようになるだろう。そのことは、テクノロジーの進化や競争の激化がもたらす荒波を、家族がいち早くキャッチし、乗り越えることをサポートすると考えられる。

夫婦はどう共同戦線を張るべきか

もちろんこのような変化にはコストも伴う。

夫が妻のキャリアを支えようとすれば、当然、家庭内で家事・育児の分担を見直すことが必要になる。そうなれば、夫は自分のキャリアを追求する姿勢を改めて、一時的に仕事のスピードを緩めたり、時間あたりの成果を大幅に上げる新しい仕事の仕方を模索する必要が生じるかもしれない。

妻もまた、より多くの時間を仕事に割いて、家計への貢献を迫られたり、そのためにどのような家事育児の分担が望ましいのかを夫とすり合わせる必要に迫られるかもしれない。さらに、そうした話し合いでは、双方の希望がかみ合わず、お互いにやりあう場面も増えるかもしれない。

それでも、これから来たる変化の時代を展望すれば、夫と妻がお互いのキャリアを支え合うことの意義は大きい。パートナーのキャリアを支えることは、パートナーのためでもあるが、自分のキャリアのためでもある。そのために家庭内の役割をすり合わせ、分担する。夫婦の共同戦線の張り方は、これから大きく変わっていくと考えている。

※1)厚生労働省「雇用動向調査」によれば、一般労働者(パートタイム労働者を除く常用労働者)の転職入職者は、1985年の187万人から2015年の308万人へと増加した。大企業での中途採用や35歳以上の転職も増加している。

大嶋寧子

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