イノベーションを阻害するもの 大久保幸夫

2018年05月30日

人事制度などの諸制度、組織内の習慣、マネジメント行動、組織風土などでイノベーションを阻害する可能性があるものがある。
先日このテーマで講演する機会があり、私なりに考えて以下の10項目を提示して参加者と議論した。これらは多くの日本企業では当たり前に行われていることであり、それぞれに理由があって行われていることなのだが、イノベーションという視点から考えると気づかぬうちにマイナスに作用している可能性があるということである。

1、 報連相を求めるマネジメント行動

報告・連絡・相談は古くからの組織慣行であり、上司は部下からの報告をもって次の指示を出すということだが、報連相を求めるということは、自ら考えるという行為を求めないことになりやすい。逐一上司に報告して判断を求めるなら、責任を背負って考えて決断するという習慣は生まれてこない。現場の社員一人ひとりにイノベーションを期待することは難しくなるのではないだろうか。

2、 プロセス重視の人事評価

報連相と連動しているのが、評価制度である。多くの企業は、人事評価を成果とプロセスの2つで行っており、その比率は一般社員の場合、50:50である。いかに頑張っているかを上司や周囲に見せることで査定点が上がるということは、型通りに行動することを促し、リスクをとって大きな成果を上げることを求めなくなってしまうのでないか。

3、 細かい職級設定

細分化された職級設定や階層は、昇級というモチベーション機会を増やすことにはつながるが、「内向き」な人を作ってしまう効果もある。顧客を見るよりも上司を見ていたほうが出世につながるならば、内部的な昇級基準を満たすことに力を注いでしまうのではないだろうか。

4、 専門職よりも組織長が上位に位置づけられること

今でも企業内のヒエラルキーは、管理職のランクで決まっている。どれだけ大きな組織のトップであるかが報酬と直結しているため、仮に一匹狼のようなイノベーターがいたとしても高く評価されることはない。それならばイノベーションは物好きな変わり者の仕事になってしまう。官僚型の幹部ばかりになればイノベーションの芽は常に摘み取られてしまうだろう。

5、 面接依存の採用選考

多くの企業では面接重視で採用選考を行っている。特に新卒採用については、職務経歴もないため、ほとんど面接で決めているといっても過言ではない。面接評価は面接官の力量を超えて行うことは難しいので、理解を超える人材が現れると、評価できずに落としてしまう。そのリスクを回避することができていない。

6、 一律の新卒初任給

大学全入時代になり、大卒新卒者の力量差はかつてないほどにひらいている。日本では戦前の政府による給与規制の影響をひきずり、今でも大卒者の初任給は基本的に同じであるので、優秀な人材ほど損をするしくみになっている。ITエンジニアについては個別に初任給を設定する動きもあるが、その他の領域でも正当な給与差をつけないとタレントは海外や外資系企業に流れていってしまうのではないか。

7、 多様性を同質化する圧力

ダイバーシティ経営によって多様な人材が加わることは、消費者の行動や意思決定に寄り添い、潜在ニーズを発見することに貢献するはずだ。しかしながら、女性や外国人が入ってくると、現場では自然な行動として、男性化して日本人化してしまう。組織に適応するにはそのほうが合理的だからだが、逆に多様な人材を採用したメリットは失われてしまう。

8、 正社員の非限定性

「総合職・正社員」という日本的雇用システムにも課題がある。正社員は、定年までの雇用保障と引き換えに、職務も勤務時間も勤務地も限定せず会社の指示に従うというものだ。これはキャリアの自律と相性が悪いしくみで、プロフェッショナリズムの中核であるオーナーシップ(自律と自己責任)を阻害することになる。

9、 副業・兼業規制

働き方改革のひとつのフォーカスである副業規制の緩和だが、まだ動き出している企業は少ない。イノベーションはひとつの会社だけで行うものではなく、複数の技術や専門性を組み合わせて行うオープンなもの(オープンイノベーション)へと変化してきている。社員の副業は外の視点や技術を吸収する良い機会であり、それを規制することは社員がイノベーターになる機会を阻害しているのではないだろうか。

10、 集中できないオフィス環境

多くの企業のオフィスは、コミュニケーションには適しているが集中には向いていない。ワイワイガヤガヤからイノベーションが生まれることもあるが、重要なところではキーとなる人の深い思考が欠かせない。オフィス環境を変えるか、思い切ったテレワークの導入が必要ではないだろうか。フランスでは週2日テレワーク(週3日オフィス)によって集中とコミュニケーションの時間をバランスさせる動きが浸透してきているというがそれも一案である。

いずれも日本企業では当たり前の風景であるが、本当にこれでいいのか、疑ってみる必要がある。人事部門にとってイノベーションは近くて遠いテーマであり、イノベーションを加速させるために何をすればいいのかを考えてみてもなかなかいい知恵は浮かばない。しかし、いかに阻害しない制度や風土をつくるかということであれば、できることは様々にあるのではないだろうか。ゆっくりと考えてみたいテーマである。

大久保 幸夫

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