研究所員の鳥瞰虫瞰 Vol.3日本にも“マクロン”は生まれるのか。~仏グランドゼコールによるエリート人材の輩出のしくみ 村田弘美

「エリート」というと、どのようなイメージを思い浮かべるだろうか。
広辞苑によると、エリートはフランス語。選り抜きの人々。すぐれた資質や技能をもち、社会や組織の指導的地位にある階層・人々、とある。

マクロン大統領など歴代大統領を輩出したグランドゼコール

エコールポリテクニークが輩出した政治家、学者などを掲示

39歳で第25代フランス大統領に就任したエマニュエル・マクロン氏。ちなみに、日本の総理大臣の最年少は1885年に初代内閣総理大臣となった伊藤博文の44歳。マクロン氏の実力は数年先に判断されるので、単純な比較はできないが、若くして国のトップとなったマクロン氏はどのようなキャリアを積んでいるのだろうか。

マクロン氏は、パリ第10大学、政治家を養成するパリ政治学院(IEP;Institut d'Etudes Politiques de Paris)と、上級官僚を養成するグランドゼコールの国立行政学院(ENA;École nationale d'administration)」の出身で、フランスでも"エリート中のエリート"だ。卒業後はフランス財務省財政監査総局、中堅銀行の副頭取、政治家というキャリアを積み、2014年には経済・産業・デジタル大臣に就任した。翌2015年に採択した「経済の成長と活性のための法律案」(通称「マクロン法」)による規制緩和は日本でも知られている。

マクロン氏が卒業した2つのグランドゼコールの出身者には元大統領や元首相も多く、例えばENAではシラク氏、オランド氏、バラデュール氏、ジュペ氏、ジョスパン氏、ドビルパン氏。ほかにも国際機関事務総長、国鉄総裁、銀行総裁や大手企業の経営者は両校の出身者で占められている。フランス独自のエリート人材を輩出する高等教育機関のグランドゼコール。例えば、ENAはどのような教育機関なのか。

官僚としての"志"と、"実践"を重ねて職業プロフェッショナルを育成するENA

ENAは、1945年に設立された、フランス唯一の上級官僚養成学校で、絶大な影響力を持つ。ENAの卒業生は「エナルク(Enarque)」と呼ばれ、会計検査院、国務院など主要省庁に就職する。「超エリート官僚への道はENA以外道はない」と言われるほどだ。
ENAの基本理念は、徹底した能力主義。また、国務を担う者としての責任、私利私欲ではなく国益保持と諸外国との調和、公共サービスの中立性を認識させ、行政の発展と向上に貢献することである。

教育の基本方針は、ガバナンスにおける「専門性」と「マネジメント能力」。 行政の多岐にわたる複雑な政策を推進できるエキスパートの育成(専門知識の修得)とリーダーシップ能力の開発(個人の能力開発)である。卒業後は年齢や経験を問わず、直ちに人の上に立つ役職に就任することがほとんどであるため、さまざまな環境で多種多様な任務を実体験し、現場でのノウハウを蓄積することが不可欠とされる。

選抜試験を経て入学した後の身分は「準国家公務員」で、授業料は無償。俸給が支給されるが、その見返りとして、卒業後10年間は公職に従事しなければならない。
初期教育課程は2年間で、「行政コース」では法律、公共財政、応用経済学、国際紛争、国土整備・地方問題、行政による情報通信の利用、「公共マネジメントコース」はチームマネジメント、プロジェクトマネジメント、集団パフォーマンスの原理、財政管理、人材リソース管理というカリキュラム。質を支える教授陣は 公・民間部門の第一線で活躍する専門家だ。また両コース共に、欧州問題などのケーススタディや、教育と実務(5~22週間程度)の交互教育制度も複数回採り入れられるなど、官僚としての基礎やノウハウから環境への適応能力までを徹底的に叩き込まれる。

他にも生涯教育課程、国際課程、修士課程などの専門課程があるが、近年は年齢制限がなくなったことで、初期教育課程の定員80名に対して、応募は新卒・既卒を合わせて毎年1,500名前後と非常に狭き門である。しかし、希望者が殺到するのは、それが自己実現の近道であるからだ。

グランドゼコールは400校以上、さまざまな職業プロフェッショナルを養成

グランドゼコールはENAのほかにも、ENS(高等師範学校)、カルロス・ゴーン氏の出身校として有名なエコール・ポリテクニークなどの政治学院、また名門校とされるHEC、ESSEC、ESCP‐Europe、などがあるが、大別するとエンジニア系、マネジメント系、高等師範学校、獣医学校などがあり、統計により異なるが420校の機関が存在し、大学とは共存かつ差別化されている。多くは、入学に年齢制限(25歳までなど)があり、高校卒業後、通称プレパ(Prepa;Classes Preparatoires aux Grandes-Ecoles)という準備校で2年間の履修を終えてから受験することが多い。
筆者が訪問取材したエコール・ポリテクニーク、HEC、ESSECは、国内外から選りすぐられた学生、講師を受け入れていた。また、日本の大学のいくつかはグランドゼコールと提携している。

HECの卒業生も大統領、経営者が多い

例えば、エコール・ポリテクニークは、実践重視のカリキュラムだ。エンジニア課程は4年間で、前半2年間は一般教養、後半2年間は深化・専門化課程である。1)複数分野にわたる科学教育、2)人格形成と外の世界に開かれた人材の養成、3)即戦力養成という3つの目標が掲げられ、国内外での企業研修に最も比重が高く置かれていた。2年次では流通、銀行・ファイナンス、研究開発での「企業研修(4~6週間)」、3年次は大学、企業、金融機関、行政機関での「研究研修(3~5カ月)」、4年次は「就職準備研修(1年間)」と、現場経験を積むことでさらに専門性を高める。近年は、1年次はフランス国内、2年次はドイツ、3年次は中国などで行われ、卒業時には、国際経験を持つ管理職候補としてファストコースを進む。

日本でも"国を支えるエリート人材"の育成は必要

フランスの階級社会ならではのシステムで成り立つという声もあるが、このように厳選され、養成されたエリート人材なしでは社会は成り立たないと言われるほどでもある。
グランドゼコールは、厳選された学生を質の高い教育と実践を通して、"国を支えるエリート人材"へと養成する機関である。初年度は、職業人としての人格形成、志を持たせること、職業倫理を大切にするという人間の根幹づくりに最も力を入れるところがほとんどである。

日本でも"マクロン"は生まれるのか。

日本の高等教育機関では、東京大学法学部が最も官僚や政治家といったエリートを多く輩出しているが、意外にも1990年代以降の内閣総理大臣では、宮澤喜一氏の1名だけだ。
また、政治の世界では経験や年功が重視されている一方で、専門教育を受けていない素人が、そのようなポジションを担うこともあるなど、日本の舵を取る人材プールは玉石混淆である。専門人材はどこにいったのだろうか。

近年は政治学部に加えて、政策系学部を設置する大学や大学院、私塾なども増え、幅広い教育機関で専門人材を育てる準備は出来ているようにみえる。しかし、国を支えるに相応しい専門人材、エリート人材の養成や輩出が出来ているといえるのだろうか。
例えば、国や自治体を牽引するリーダーを選出する際に「投票したい人がいない」という状況から、「優秀で信頼にたる人が多すぎて困る」という未来をつくらなくてはいけない。これは企業の経営人材も同様である。あらゆる分野でトッププロとなり得る人的資本の豊かな未来をつくるには、どのような仕掛けや仕組み、投資が必要か、私たちのイマジネーションと実行力が問われるところでもある。

人生100年の時代に相応しいエリート教育をつくる。フランスでは高校卒業後にグランドゼコールに入学するが、日本の場合は、大学卒業後に別途、職業エリート校をつくるのが現実的だろう。職業に必要な人格形成と基礎知識、専門知識、企業で起こっている最先端の事象、国際経験など、実践を交えながら企業と教育機関が協力して国や企業を牽引できるエリート人材を生み出すことが望ましい。どの分野に投資するのか、改めて選択と集中という視点も必要になるだろう。

出典:CGE(グランドゼコール会議)、高等教育・研究省、学校ウェブサイトなど。

村田弘美

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