2020の人事シナリオVol.12 岸本 治氏 ソニー

グローバル人材に求められる視野の広さとは

大久保 普通の企業ですと人事部のなかにグローバル部門があるのですが、御社はいきなりグローバル人材開発部門なのですね。

岸本 はい。2010年秋に大きな人事機構改革を行ったのですが、ほぼ同じ時期に、人事を3つに分けました。グローバル人材開発部門と、人事部門、それにグループ人事部門です。

大久保 正面からグローバルと打ち出すところが御社らしい。ところで、どんなシナリオでグローバルの人材開発に取り組んでいるのでしょう。

岸本 今後はまさに総力戦になると思います。ソニーの事業領域は、大まかにいうと6つ、すなわち、エレクトロニクス、ゲーム、映画、音楽、モバイルギア、それにファイナンスです。それぞれの事業展開は、国内はもちろん、アメリカ、ヨーロッパ、中国、インドと広範囲にわたります。事業領域や国・地域といった枠を超えて活躍できる人材をどう育成するか。これがまさに総力戦という意味です。

大久保 ソニーといえば早くからグローバル化に取り組んできたイメージがあります。

岸本 海外の代理店を活用していた時期を1段階目としますと、日本人中心で販売や製造を行った時期が2段階目、現地の人にも任せるようになったのが3段階目です。2000年代半ばくらいから、国も事業の枠も超えたビジネスが要求される、現在の4段階目に入ったと認識しています。

大久保 3段階目と4段階目では、人材要件はどう変わるのでしょう。

岸本 求められる視野の広さが格段に違います。グローバル競争の激化に加え、ビジネスモデルが一変してしまいました。かつては、ハードはハード、ソフトはソフトときちんとした垣根がある、いわば売り切り商売でした。今は違います。事業領域にとらわれない自由な発想とシナジー効果で勝負しなければなりません。競合も一変しました。アマゾン、グーグル、サムスン、フェイスブック、アップル、こういった企業が今のライバルです。

大久保 競合関係も領域を超えていますね。視野の広さとは、具体的にどんなことなのでしょう。

岸本 エンジニアを例にとると、顧客のニーズに敏感で、ある技術をどう展開していけばビジネスにつながるのかがよくわかっているということです。ソニーはもともと「技術ありき」で成功してきた会社なので、軸足をビジネスに移すのは極めて大きなチャレンジです。

研修と配置を組み合わせたタレントマネジメント

大久保 そういう優秀なエンジニアは他社とも取り合いになるでしょうね。最近、御社はタレントマネジメントという言葉をよく使っています。これはいつ頃からでしょうか。

岸本 2008年くらいからだと思います。優秀な人材(タレント)を、研修と配置(アサイン)をうまく組み合わせて育てていこう、という趣旨の、レバレッジ・タレントという仕組みをつくったのです。先日、アメリカのカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で、それぞれの事業領域や国・地域のトップの人材が集められ、研修を受けました。研修は長くて半年も続きますが、そこで終わりではありません。次に、その人の力をさらに伸ばせるような仕事にアサインしていきます。たとえば、ソニーアルゼンチンの社長がソニースペイン/ポルトガルの社長になり、もともとそこにいた人は欧州全体のマーケティングを担当することになりました。いずれも外国人です。つまり、日本企業にありがちな外国人にとってのグラス・シーリング(昇進のガラスの天井)がソニーにはまったくありません。

大久保 タレントマネジメントには、アサインによる計画的育成と、グラス・シーリングが存在しないことのアピール、この2つの意味があるわけですね。

岸本 その通りです。以上はトップ層の話ですが、ミドルもジュニアも同じ目的の仕組みを動かしています。ミドルに関しては、タレント・ダイレクターという名称の人事担当者が、世界の7カ所にいて、各地域における優秀な人材の発掘と、そういう人材をアサインするにふさわしいポジションの探索を行い、年に数回顔を合わせては、「こんな人がいる」「こんなポジションがある」という情報交換を繰り広げています。

大久保 どのくらいの人が動きましたか。

岸本 3年間で120~130人です。ジュニアに関しては、2010年3月に、グローバル・ジョブ・ポスティングという制度をつくり、ウェブ上で希望者に手を挙げさせています。38カ国で302人が手を挙げ、うち21人の異動が実現しています。

大久保 3つの層でかなり体系化された仕組みですね。若いリーダーを意図的につくっていくというお考えはありませんか。

岸本 日本国内でちょうどそれを進めているところで、「IN30」と銘打った研修で、30代前半から部長クラスの人材を輩出できないか、と考えています。

大久保 先日、その研修の講師をやらせていただきました。中途で入られた方が結構いたのですが、「前の会社でできなかったことを実現したいと思ってソニーに来た」という猛者ばかり。教える側も非常に刺激的でした。御社は日本経済新聞社が発表した2011年の「働きやすい会社」ランキングでも1位になりました。優秀な人材を惹きつける大きな力があるのでしょうね。そういう優秀な人材が新たな価値をつくりだすためにどんな育成をされていますか。

知識の再構造化による不連続な成長を

岸本 今の専門以外の経験や知識を得ることが非常に重要です。キーワードは「横串」です。たとえば2年前から、マーケティングと商品開発の人材には、テレビならテレビと固定せず、さまざまなビジネスを経験させています。今後はR&Dとソフトウェア開発部隊にも、ゆくゆくはハードウェアの部隊にも同じような横串マネジメントを行う予定です。もう1つは海外経験の付与です。2013年には20代の日本人社員100人を意図的に海外に送ります。

大久保 我々の研究テーマでジョブ・ローテーションを扱ったことがあります。専門以外の仕事をするわけですから、成果が出るまでに半年程度が必要です。その半年間は利益は期待できず、純粋な人材投資になるわけです。その時、異動者の頭のなかで起こっているのが「知識の再構造化」です。それは、自分のこれまでの知識や経験に新たなものが加わり、まったく別の視界や思考が生まれるということ。そこがうまく行くと、不連続な成長が達成されるのです。その際大切なのが、その人のモチベーションの高め方です。いやいやながら行かせると知識の再構造化は起こりません。いちばんよい方法は自ら希望させることです。ジュニアの人材をグローバルで動かす場合、手を挙げさせるとのことですが、それこそ理想的なやり方だと思います。

岸本 非常に参考になるお話です。

大久保 新卒採用に関してはどうでしょう。2013年度は外国人を全体の3割にされるようですが。

岸本 はい。創業者の井深、盛田も早くから「ソニーは世界企業だ」と公言していましたから、優秀な人なら、国籍に関係なくどんどん採用したいのです。中国で初めて大卒を現地採用したのが2001年で、並行して欧米諸国でも採用を強化しました。インドは3年前からです。最近は日本に来ている留学生の採用にも力を入れています。

大久保 新卒一括採用という日本の仕組みも変わっていかざるを得ませんね。

岸本 そうだと思います。当社は新卒、経験者採用を含め、毎月、入社式をやっているくらいです。ソニーヨーロッパのあったドイツに赴任していた際、ドイツでは単位が取れた時が卒業であるため、学生から一年中、時期に関係なく履歴書が送られてきました。こういう仕組みも合理的だと思いました。日本がそうなるには、まず大学が変わらざるを得ないでしょう。

(TEXT/荻野 進介 PHOTO/平山 諭)