2020の人事シナリオVol.10 加藤 譲氏 三菱地所

出向者の役割が変化している

大久保 2011年6月、御社は2020年に向けた中長期経営計画を発表されました。

加藤 「BREAKTHROUGH 2020」です。そこでは、三菱地所グループの長期ビジョンを「都市の未来へ、世界を舞台に快適な空間と時間を演出する企業グループ」と定め、それを実現するための5つのバリューと5つのアクションを定めました。人事に関しては「人財の育成、活力ある職場づくり」という目標を掲げています。具体的には、企業価値の向上を支える人財の採用・育成・配置、人財のグローバル化促進、多様性と活力のある組織風土づくりの3つ。まさにそれがこれからの10年で取り組まなければならない人事課題です。

大久保 企業価値の向上とはどういうことでしょう。

加藤 私たちの基本はグループ経営です。グループの総従業員が8001人に対して、三菱地所単体では624人しかいません。私はこの4月、三菱地所の人事担当役員になったばかりで、それまでは、グループ会社の1つ、三菱地所ビルマネジメントに出向し、社長を務めていました。少し前までは、グループ会社に出向した人は、本社の意向やDNAをグループ会社にも植え付けるんだ、というぐらいの意識の人が多かったのですが、グループ経営が安定してくると、出向者が逆にグループ会社の現場から学ぶことが非常に多くなってきました。

大久保 それぞれ卓越したプロ集団だからでしょうね。

加藤 はい。設備や管理、設計、リーシングなど、いろいろなノウハウが現場につまっていますから。つまり、川上から川下へ、知恵や情報が流れるだけだったものを、今後はもっと川下から川上へも流れるようにしたいと思っています。

大久保 同じようなお話をほかでも聞きます。本社の規模が縮小し、関連会社の現場に優秀な人材が派遣されるのは日本企業の一般的傾向なのでしょう。

加藤 大切なのは出向者の意識改革です。本社から派遣された偉い人間というわけではなくて、アズ・ワン・チーム、チームの一員であると。時には現場の事情をよく汲んで、本社を批判するくらいの気概が必要です。現場の事情をよく把握し、情報や意向を本社にフィードバックするとともに、経験を積み、ネットワークを強化したうえで、再び本社に戻る。そうやって現場の事情に通じた理想的な人材を育てなければなりません。人材育成を考える上では、3年、5年先だけでは短すぎます。10年スパンで考えていく必要性を感じています。

大久保 不動産ビジネスはそのくらいの長いスパンが必要なのでしょうね。御社の社員は個性豊かなプロ集団というイメージがあります。専門性を重視しながら、横のパートナーシップをさらに強化していくということですね。

「丸の内の大家」からの脱却を

加藤 当社は2009年4月に人財育成制度改革を行い、求める人財像を、「人間力」「不動産力」「仕事推進力」「経営力」「グローバル対応力」の5つの力を備えた人物であると定義しました。私どもは不動産総合デベロッパーですが、オフィスビルなどの不動産ではなく、人がお金を生み出す源泉なのだ、ということを改めて確認するという意味もありました。ユニークな試みとしては、2007年から続けている「クロス・セクショナル・タスクフォース」というものがあります。チームリーダー2人と中堅・若手5、6人が1つになって、部署横断のチームをつくり、経営に対する提言をまとめるのです。そこに役員1人が必ず顧問としてつきます。議論に加わるというより、議論の方向性を示唆するモデレータの役割です。

大久保 それは賢明です。リクルートにも社員からの事業提案制度があるのですが、役員がメンターとしての役割を果たしています。

加藤 これは役員にとっても、よい学びの機会なのです。顧問役も一巡して今は2巡目に入っています。

大久保 ところで、2020年を見すえた時、御社にとって変えてはいけない大切なもの、逆にもう少しここを変えたいというものがあれば教えてください。

加藤 私どもは三菱グループの一員ですから、変えてはいけないものといえば、やはり、所期奉公・処事光明・立業貿易からなる「三綱領」です。その三菱地所バージョンとして「基本使命」がありますが、加えてコーポレートブランドとして「人を、想う力。街を、想う力。」があり、これも不変的価値といえます。その一方、「丸の内の大家」といった静態的なイメージが強いので、そこに先進性、積極性という動態的な価値を新たに付け加えたいと思っています。そのためには、冒頭に述べた「BREAKTHROUGH 2020」がよい起爆剤になるはずです。我々は既にアメリカ、イギリス、シンガポール、中国に出ていますが、これからの海外市場の中心はアジアです。将来的には連結利益の2割を海外から得るという、勢いのある目標を掲げ、アナリストや機関投資家からも高く評価されました。

若手のアイデアを形にする

大久保 先進性、積極性を培うにはどうしたらいいのでしょうか。

加藤 鍵を握るのは若い人だと思います。三菱地所ビルマネジメントでは、当時、社長の私を囲みながら、入社 3年目くらいまでの若手社員を対象に、ざっくばらんに何でも話せる早朝会議を定期的に開いていたのですが、ある時、入社1年目の女性が「丸の内にやって来る就活学生の支援をしたい」と言うのです。慣れないスーツを着て、道に迷いながら、汗だくになって頑張っている彼らを助けたい、と。具体的には、就活学生割引を飲食店に持ちかけたり、道に迷わないための地図をつくりたいということでした。面白そうでしたから、「やってみなさい」と許可したら、チームをつくって立派にやり遂げました。学生にもすごく好評でした。

大久保 人材育成の鉄則の1つが、キャリアの浅いうちに、アイデアを出し、やり遂げるというサイクルを回させることです。会社の仕事はチームでやるものですが、チーム全員のモチベーションを高めるには、個々のメンバー自身が「これがやりたい」と思うことを実現させてあげることが大切だということが、人材育成に関する研究成果からわかっています。それがチームで働く効力感につながっていくのです。

加藤 まさに私たちがやってきたことですね。

大久保 もう1つ、御社のやり方が優れているのは、「鉄は熱いうちに打て」を実践されていることです。これも育成の鉄則ですが、入社3年目までの過ごし方がその後のキャリアに非常に大きな影響を与えます。

加藤 嬉しい話です。さっきまで学生だった新人がそこまでやれることに私も驚きました。これで味をしめ、社員から色々なアイデアを出させて実行させることで、会社を変えていこうと思いました。社員の家族を職場に招待するキッズデー、女性限定の社内イベントであるレディースデー、自分の何らかの「記念日」が休みになる記念日休暇、ペットが亡くなったら1日休めるペット忌引休暇(ただし、犬と猫限定)など、全部社員のアイデアが形になったものです。そうすると、「面白いことやっているな」という評判がグループ会社の中で広まり、「次はあそこに異動したい」という声が上がるようになりました。先ほども言いましたように、従来の私どもは保守的なイメージが強く、何かをやる時も他社追随が多かったのですが、ここに来て明らかに雰囲気が変わってきました。そうやって、グループ会社同士が競い合うようになったらいいと思います。

大久保 「BREAKTHROUGH 2020」にある「多様性と活力のある組織風土づくり」にまさに直結する動きですね。

(TEXT/荻野 進介 PHOTO/刑部 友康)