2020の人事シナリオVol.03 浦元 献吾氏 キヤノン

サマータイム導入が加速。節電以上に生産性で成果

大久保 今年、サマータイムを導入されたそうですね。

浦元 3年前、会長の御手洗が経団連会長時代に提唱した時は産業界に受け入れられませんでしたが、今年は節電で導入する企業が増えました。弊社も初めてでしたが始めてみると大きな混乱もなく、むしろ来年もやろうという話が出ています。驚いたことに時間外労働が前年の約半分に減ったのです。

大久保 節電だけでなく生産性の面で効果があった。

浦元 はい。残業に頼らない働き方を考えるチャンスだという話をしています。OECD加盟国で導入していないのは日本を入れ、3カ国だけ。難しい面もあるかもしれませんが、やってみないとわからないこともあるものです。

研究開発体制、人材構成ともに、世界分散体制に

浦元 弊社は40年以上前から海外での販売、生産を行っています。そして1996年にスタートした「グローバル優良企業グループ構想」は2011年からフェーズⅣに入り、研究開発機能を拡充することによってグローバル多角化を推し進め、日欧米世界三極体制を目指します。また生産体制についても、物流・調達・労働力・カントリーリスクなどの総合的な判断による「世界最適生産体制の確立」を掲げています。

大久保 なるべく消費地に近く、調達や採用が容易な地域で生産し、コストを下げていく考え方ですね。

浦元 そうです。しかもその地域は常に変化していきます。現在生産のウエイトは欧米から、中国を含むアジアへとシフトしていますが、それもまたいつ変わるかわからない。つまり最適な地域を常に考え続け、対応していかなければならないということなのです。そうなると、現状のような日本から海外へという技術や人材の流れは変わっていくと思います。2010年のオランダ・オセ社買収のような海外M&Aも当たり前になって、人材交流は双方向になっていくでしょう。

採用も世界分散体制に。日本独自の新卒採用は淘汰

大久保 既に販売額の8割が海外ですね。

浦元 去年初めて国内が2割を切りました。経営を方向づける歴史的一歩だと思います。

大久保 人事戦略も変わるのでしょうか。

浦元 そうですね。優秀なエンジニアが海外で採れるようになれば、採用の現地化は加速するでしょう。
ただ、加速しすぎると日本の新卒採用の今後が心配です。

大久保 世界各地で採用することになれば各地の連携が必要です。海外の人事慣習とも折り合いをつけなければなりません。日本の新卒一括採用制度も変わらざるを得ませんね。

浦元 むしろ期待します。日本の新卒採用は問題が多すぎます。潜在能力だけで採用し、会社が一定期間養うといったやり方は限界です。初任給にしても、しっかり勉強した人とそうでない人では差がついてもよいという考え方も社内にはあります。

大久保 日本も戦前は会社ごと学校ごとで初任給はバラバラだったそうです。5倍も差があったようですが、そこまででなくとも、学生時代にちゃんと積み上げて来た人は即戦力として評価してもいいと思いますね。

キャリア観の転換が最も必要なのが、日本の管理職

大久保 世界三極体制が進んだ場合、本社機能はどうなりますか。

浦元 100%海外に移すことはないと思います。オペレーションは三極中心でも、グローバル戦略や人材、エグゼクティブのコントロールは日本で行うことになるでしょう。

大久保 すると一定レベル以上の管理職はグローバルと目線をそろえる必要が出てきますね。人事施策も変わってくるのでは?

浦元 おそらく一番変えなければならないのが日本でしょう。さまざまな人事施策にグローバルでの活躍が期待されているというメッセージを入れ込む必要があるだろうと思っています。20代から海外を経験させたり、課長昇進にもTOEICを課したり。

大久保 仕事のローテーション、アサインの仕方も変わりますか。

浦元 そこまではないでしょう。既に出向ルールは世界共通であり、2001年に職能給から役割給に変えたことで、海外人事との違和感も少なくなったと思います。

大久保 グローバル経営幹部の育成についてはどうでしょう。

浦元 グローバルベースのエグゼクティブクラス研修はすでに実施してきました。スイスのIMDというビジネススクールを使った集合研修を行い、半年かけて経営に向けた事業提案をさせるプログラムでしたが、今は見直しをかけているところです。修了者をその後どう活用するかが課題になっています。

大久保 グローバル人材は定着が難しい。以前ある外資系企業で、3年で回収できる教育しかしないという話を聞いたことがあります。御社では海外社員の教育についてはどのようなことを大事にしていますか。

浦元 海外社員に喜ばれ、ずっと続いている研修に「東京セミナー」があります。世界中から管理職が集まり、日本を知る、キヤノンを知る研修で、これまでに1,000人以上動員しています。CEOやR&Dの最高責任者から直接話を聞けるだけで大変理解が深まると言います。なかでも同じ業務部門に1日滞在し日本のビジネスに触れるプログラムが好評です。日頃メールでやり取りしていても実際に顔を見て交流すると理解の深まり方が違う。幹部育成の対極にあたりますが、グローバル化においてはこうした企業の本質を共有するためのベース教育も大切かもしれません。

人材の付加価値のためには生産性追求を見直す必要も

浦元 コミュニケーションスキルが低い人も増えています。パソコンに向っていると仕事した気になるかもしれませんが、人と向き合う意識、コンフリクトがないと人は成長しません。私は半分本気で、人事はパソコンを使うのをやめようと言っています。業務アプリケーションは使わざるを得ないものもありますが、メールなどは共通の端末があれば十分。実際、あるグループ会社で試したら本当に成果があったと言うんですね。管理職からパソコンをやめてみたら、部下とよく話すようになったそうです。

大久保 生産性や効率を求め、あまりにもきっちり役割分担していくと組織活性が失われてしまう。非常に難しい問題です。

浦元 生産性の追求とかけがえのない付加価値を生む人材の育成。そのバランスを取るのが人事の仕事だと思います。そのためにも、人材の人となりは、本来人事がいちばん知っていなくてはならないのですが、組織が大きくなり見えにくくなっています。これも中長期の課題だと思っています。今後は、プロモーションに際して現場の責任者が選んだ人材が適性かどうか公平に判断できるようなアセスメントも、人事として持っておく必要があるのではないかと思っています。幸い新任課長研修など充実した情報収集の機会があるのでそれらを利用して、将来的にはエグゼクティブ人材の推薦なども、我々人事部門主導でできるよう、変えていきたいと思っています。

大久保 それが人事の本質かもしれませんね。

(TEXT/荻原 美佳 PHOTO/刑部 友康)