全国就業実態パネル調査「日本の働き方を考える」2022職場ハラスメントへの応急措置としてのテレワーク 小前和智

リクルートワークス研究所ではハラスメントの直接的な被害による影響の大きさを報告してきた(注1)。他方で、ハラスメントは直接の被害者でなくても、それを周りで見聞きしている人々にも影響しているかもしれない。もし影響があるとすれば、テレワークによって悪影響を緩和できるのだろうか。本コラムでは、「全国就業実態パネル調査(JPSED)」の職場環境に関する設問(注2)を利用して、これらの点を分析する。

はじめに、職場でハラスメントを見聞きした場合の影響を確認しよう(図1)。ハラスメントを見聞きした人は、見聞きしなかった人に比べて「ゆううつだ」と答える傾向にある。「仕事満足度」や「人間関係満足度」は、ハラスメントを見聞きすることで低くなる。

図1:ハラスメントの見聞きによる影響図1:ハラスメントの見聞きによる影響

出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査(JPSED)2017~2022」
※ウエイトとして各年のクロスセクションウエイトxaを使用。

職場にハラスメントが存在すると、個人の精神面に悪影響を及ぼしているようにみえるが、テレワークはこれらの影響を緩和するのだろうか。テレワークを行うことによってハラスメントの見聞きが減少するかをみてみよう。図2には、前年にハラスメントを見聞きした人を対象とし、当年のテレワーク実施有無別のハラスメントの見聞割合を示した(詳細な対象者の条件は図の注釈を参照されたい)。テレワークがコロナ禍で大きく普及したことを踏まえて、コロナ禍前と以降に分けて掲載したが、どちらの時期でもテレワークを実施は、実施しない場合よりも職場でのハラスメントを見聞きする割合を下げる。この結果からは、テレワークを実施することによって職場でのハラスメントを見聞きしなくて済み、それによって精神的な負荷を軽減できる可能性がみえてくる。

図2:テレワーク実施とハラスメント見聞の関係図2:テレワーク実施とハラスメント見聞の関係

出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査(JPSED20172022
対象:前年に職場でハラスメントを見聞きし前年は会社にテレワーク制度があったが回答者本人はテレワークの対象でなく、かつ当年に他部署に異動することなく同一企業で就業継続した人。
※ウエイトとして連続する2か年の脱落ウエイトを使用。

仮にハラスメントを見聞きしたとしても、物理的には同じ空間にいないというテレワークの特性上、ハラスメントを見聞きすることによる精神的な負荷が軽減される可能性もある。そこで図3では、本人がテレワークを実施せずに、ハラスメントを見聞きした場合(灰色の棒グラフ)と比較して、ハラスメントを見聞きしてもテレワークを実施していた場合(緑色の棒グラフ)や、テレワークは実施しなかったがハラスメントを見聞きしなくなった場合(青色の棒グラフ)に精神的な負荷や仕事満足度、人間関係満足度に変化がみられるのか確認しよう。

図3:ハラスメント見聞とテレワーク実施の影響図3:ハラスメント見聞とテレワーク実施の影響

出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査(JPSED20202022
対象:前年に職場でハラスメントを見聞きし前年は会社にテレワーク制度があったが回答者本人はテレワークの対象でなく、かつ当年に他部署に異動することなく同一企業で就業継続した人
※1:ウエイトとして連続する2か年の脱落ウエイトを使用。
※2:表中の値は基準値(ハラスメント見聞あり+テレワークなし)に、最小二乗法から得られたハラスメント見聞なし、あるいはテレワークありのそれぞれの効果を加算して算出した。
※3:最小二乗法で考慮された制御変数として、年齢(5歳階級)、性別、婚姻状態、子供有無、雇用形態(正規・非正規)、企業規模、産業(17分類)、職業(10分類)。

まず、「ゆううつだ」をみると、前年に引き続きハラスメントを見聞している場合には、テレワークの実施有無によるスコアの差異はほとんどない(灰色と緑色の差は0.05ポイント)。他方で、ハラスメントを見聞した場合(灰色)に比べ、ハラスメントを見聞しなかった場合(青色)には0.37ポイント低くなっており、精神的な負荷が軽減される。

次に、仕事満足度と人間関係満足度をみると、テレワークを実施したほうが0.10.3ポイント程度高くなっており(灰色と緑色のスコアの差)、満足度が高くなる傾向にある。ハラスメントの見聞有無での比較では、ハラスメントを見聞しなかった場合のほうが0.30.4ポイントほど満足度が高い(灰色と青色のスコアの差)。

2と図3の結果を併せて考えると、テレワークの意義は次のように整理される。テレワークを実施することで、たとえ職場のハラスメントを見聞きしたとしても仕事や人間関係の満足度の低下をいくぶんか和らげることができる。さらに、一部の人はテレワークの実施によってハラスメントを見聞きしなくて済み、それによって精神的な負担が軽減されることもあるようだ。

新型コロナ感染症が蔓延していた20206月、改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)が施行され、企業はパワーハラスメント防止措置をとることが義務付けられた(注3)。ハラスメント行為は人格を傷つける行為でありその防止が第一義的に重要であることは確かだが、万が一発生した場合には速やかに適切な対応をとる必要がある。ただ、「速やかに」とはいうものの、個人の知覚と組織としての対応にはタイムラグがある。現状、ハラスメント行為があった(あるいは見聞きした)場合でも、組織としてハラスメント行為であったと結論付けるにはある程度の時間がかかってしまう(注4)。しかしながら、ハラスメントによる被害者(あるいはそれを見聞きする人々)の負担の大きさを考えれば、その間の応急措置が重要であることも理解できる。本コラムの結果は、その方策の一つとしてテレワークの実施が有効である可能性を示す。職務上、被害者と加害者が切っても切れない関係だとしても、物理的な空間を異にすることで精神的な負荷が緩和されるのであれば、講じられるべき対処といえるだろう。

注1:リクルートワークス研究所(2020)では、2020年実施の調査「全国就業実態パネル調査(JPSED2020」を用いて、ハラスメントが発生する職場環境や直接的な被害の影響について報告している。
注2:回答者には「(調査対象となる1年間に)職場でパワハラ・セクハラを見聞きした」か否かを尋ねている。
注3:労働施策総合推進法と併せて、男女雇用機会均等法と育児・介護休業法も改正・施行されており、セクシュアルハラスメントなどより広い範囲のハラスメント行為への対策が講じられている。
注4:厚生労働省(2021)のなかでも、パワーハラスメントの予防・解決のための取り組みを進めるうえでの課題として「ハラスメントかどうかの判断が難しい」を挙げる企業が最も多い(65.5%の企業が選択)。

参考文献
厚生労働省(2021)『職場のハラスメントに関する実態調査報告書』
リクルートワークス研究所(2020)『職場のハラスメントを解析する』

小前和智(研究員・アナリスト)
・本コラムの内容や意見は、全て執筆者の個人的見解であり、
所属する組織およびリクルートワークス研究所の見解を示すものではありません。