ローカルから始まる。On-Co 代表取締役 水谷岳史

少子高齢化や人口減少などが原因で日本全国で増え続ける「空き家」は今、大きな社会課題となっている。この課題に向き合うのが、On-Coが運営する「さかさま不動産」だ。発信するのは物件情報ではなく、借りたい人の夢や希望。借主からも家主からもお金を取らない驚きの「ビジネス」だ。
代表取締役の水谷岳史氏、取締役PRの福田ミキ氏にここに至る経緯と、見据える未来を聞く。
(聞き手=浜田敬子/本誌編集長)


浜田:まず、なぜ借主の夢や希望から発信して空き家の貸し手を募るという「さかさま」の形になったのかを教えてください。

水谷岳史氏(以下、水谷):僕は2011年頃飲食店を経営していた時代、お金がなくて、仲間と一緒に名古屋駅近くのボロボロの空き家を改装して暮らしていました。するとどんどん友だちが泊まりにくるようになり、7、8人が出入りするように。そこで隣も借りて、また狭くなって……気づくと8軒、アクセスがいいのに古いから安くて8軒でも16万円程度でした。
そうするうちに「私たちもこういう空き家を借りたい。どうやって物件を探しているんですか」という若者たちが集まってきた。まだ古民家の再生やシェアハウスが一般的ではなく、相談する場所がなかったのでしょう。
一方で家主さんたちからも、「君たちみたいな子に貸したいんだけど、誰かいい人はいないか」と相談されるようになりました。不動産屋で探さない理由を尋ねると、まず大量の片付けが必要など、さまざま理由がありました。僕らは近所のおじさんたちに「貸してください」と自分で頼みに行った。「君たちだったら」と言ってもらえました。誰にでも貸したいわけじゃないのです。

浜田:家主さんたちの「君たちだったら」は、なぜ生まれたんですか。

水谷:僕らが家を改装して丁寧に使って、地域の人たちと仲良く暮らしていたから、安心だったのだと思います。若者は騒がしいこともある。だから僕らも、台風で壊れた屋根を直してあげたり植木を切ってあげたり、積極的に地域の人々の役に立とうとしていました。

浜田:空き家という社会課題は、地方に限らず日本全国どこでも深刻です。貸したい人と借りたい人がいても、うまく結びつける仕組みがないんですよね。

水谷:現在の不動産の仕組みは、家主さんが情報を出さなければ何も始まらないのですが、空き地に関するデータ*では不動産の所有者で広く情報提供してもいいという人は15%にすぎない。一方、同じ調査で地域活性化のためであれば土地を貸したいと半数以上の人が回答している。条件次第では貸したいのに、借りたいという人が何に使うかわからないから貸さない。
さかさま不動産を運営しているなかで、空き家に関しても同じ状況だと感じます。この循環を断つために、借りたい人が何に使いたいのかを発信する「さかさま」のWebサイトを作ったらマッチングができる、と考えました。借りたい側が夢や理想を発信するやり方が一般化すれば、不動産の仕組みもガラッと変わり、空き家問題の解決の一助となるはずです。浜田:地方自治体の「空き家バンク」では実現しにくいのですか。

福田ミキ氏(以下、福田):家主さんにとっては単なる空き家ではなくて、愛着のある大切な家族の歴史が詰まった家。「空き家バンク」の担当者もそれを理解しています。ただ、定型的な枠組みのなかに掲載するしかありません。私たちは大切な家が浮かばれる提案を家主さんにしていこうとしています。

w183_local_real-estate,sakasama.jpg「さかさま不動産」のコンセプトの始まりとなる名古屋の空き家物件を活用したシェアハウス時代。住居としての活用だけでなく、カフェへのリノベーション、運営などにも広がっていった。
Photo=On-Co提供

借りたい側が夢や理想を発信する 「さかさま」が空き家問題解決の一助に

なぜ、何をやりたいのか ぶっ飛んだ夢をぶつけてほしい

浜田:事業はどのようにスタートしたんですか。

水谷:まずは借り手探しから。当初は友人知人の紹介でした。最初にマッチングできたのは、書店をやりたいという古賀詩穂子さんと、名古屋市内の家主さんです。知り合いだった古賀さんに僕らが声をかけて、情報を掲載したらその1カ月後に家主さんから「貸したい」と連絡がありました。古賀さんの強い思いに「この人だ!」と直感したといい、「TOUTEN BOOKSTORE」として開業に至りました(46ページ写真)。

浜田:以前古賀さんに取材したら、まだ「やりたいな」とふわっと思っている程度だった時期に物件が見つかって、「やらなくちゃ」とギアが入って銀行に融資依頼に行ったと。物件が決まることで、地域でスモールビジネスを立ち上げる人たちの後押しになっているのだと思いました。逆に、物件が見つからないために始められない人も多くいるのではないでしょうか。

福田:借主さんには自分の思いを整理するお手伝いもしています。焼肉屋を開店したいのに何度も金額で大手に競り負けて物件を手に入れられなかった人が、私たちと話すうちに自分の事業プランの矛盾に気づいて提案をガラッと変えた。そして、ぴったりの家主さんと出会った例もあります。

浜田:聞いてあげることで、「やりたいこと」が磨かれていくんですね。

水谷:単に「カフェにしたい」ではなく、その人の「物語」を載せたいのです。「なぜそれをやりたいのか」はとても大切にしています。クラウドファンディングの場合は、100人、200人に理解されないと成立しない。でも、不動産は1人に理解してもらえればいい。たとえぶっ飛んだ夢でもぶつけてほしいといっています。

福田:「森でピアノを弾きたい」という人と、長野の土地をマッチングした例もあります。

浜田:今では全国に支局もあるんですね。

水谷:気仙沼、多治見、沖永良部島(おきのえらぶじま)など全国に16あり、街づくりに取り組んでいる人たちが活動ツールとしてくれています。その地域に土地勘のある団体や人に、僕らのやり方を広げてもらうほうがいい。毎月開く説明会には10人以上が参加してくれます。ゆくゆくは47都道府県に開設されると連携がしやすいですね。

浜田:支社ではなく支局なのですね。

水谷:それは共同創業者のこだわり(笑)。テレビ局みたいにアンテナを立てて、独立して活動できるというイメージです。

浜田:支局とはどんな関係なんですか。

水谷:最初に僕らが現地に赴き、実施する研修費を含めた初期費用をもらっていますが、それだけです。お金を発生させてビジネスモデル化すると、うまくいかなかったら僕らがなんとかしてくれるという期待が生じます。自分たちで頑張れ、としないと主体的な人は集まりません。

浜田:社員に対しても主体性を求めていますか。

水谷:はい。On-Coという会社は、社会の実験台。特殊素材を使ったアップサイクルや培養肉研究、水産業の課題解決など、新しいことをやりたい人が集まっています。僕は会社が個人に最適化すればいいと思っている。誰かに指示されたことではなく、本人がやりたいことに取り組んでこそ熱量が上がる。目指しているのはマネジメントしなくていい会社。だから主体的に喜んで何かをやろうとするのでないとだめなんです。

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w183_local_piano2.jpgコロナ禍で在宅時間が増えて、閉塞感を強く感じ、「森でピアノを弾きたい」という思いを強くした女性が、長野の企業の遊休不動産を購入できた例も。「長野県内のある企業が社員寮などを見据えて所有していた土地でしたが、さかさま不動産で彼女の思いを発見。担当者が音楽好きだったこともあり、共感が生まれたそうです」(福田氏)
Photo=On-Co提供

ビジネスモデル化はしない それが社会起業家たちの希望に

浜田:家主さん、借主さんからも、支局からも初期費用以外はお金をもらっていませんよね。「ビジネスモデルは?」とよく聞かれませんか。

水谷:社会課題をビジネスで解決するのは難しいと思っています。貸主・借主からもらうのはセンスがない。そもそもそこにマーケットがないから社会が困っている。ビジネスでないと継続性がないという誤解もある。最初からビジネスにしなくても、仕組みを継続することに挑戦しているのです。新しいことを始めたら知見が増えて、その積み重ねはノウハウになる。それを他者が求めるようになれば僕らにお金を払ってくれます。

浜田:実際にビジネスにはなってきましたか。

水谷:市区町村の商店街活性化など、エリア全体のプロデュースの相談が増えています。最近ではLINEで、家主側が住所を公開しなくても情報を掲載できる仕組みを作りました。物件情報に加えて空き家の勉強会情報や借りたい人の情報も流していくと、LINEというツール上に僕らしか持っていない独自のデータが蓄積される。社会課題が大きいほど、困っている人が多い。日本全国で行政は約1700で、その市町村のほとんどが移住や街づくりの予算を持っています。豊富なデータを持っている僕らに期待して、予算を使ってくれる可能性は十分あります。

福田:空き家問題を解決できる文化としての「さかさま不動産」を多くの人が選択できるようにするほうが、本質的・継続的な社会課題解決法になりますよね。私たちは文化を作るためのポジションを取りに行っているんです。

水谷:シェアハウス時代もこんな文化ができたらいいなあと考えていました。さかさま不動産のいちばん面白いのは、ビジネスにしていないというところです。どこでもビジネスモデルを聞かれますが、社会起業家はビジネスモデルを作りたいからやっているわけじゃない。僕らはビジネスモデルなしにやり続けて6年。それが社会起業家たちの希望になるのでは、と思っています。

会社が個人に最適化すべき 本人がやりたいことでこそ熱量が上がる

Text =入倉由理子 Photo=MIKIKO

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Profile
高校時代 商店街活性化、飲食や音楽などのイベント企画に携わる
青年時代 家業である造園業に従事。デザインや施工、設計監理スキルを習得
2011年~ 空き家を活用したシェアハウスや飲食店を数軒運営
2019年3月 On-Co設立。代表取締役就任
2020年 さかさま不動産のサービス開始

福田氏は主にPRを担当。副業として企業向けのPRのコンサルティングにも携わる。「うちの会社には元力士のラッパーや楽器作りをする学生さんなど、いろんな人が働いています。その人たちが仕掛ける面白い何かにまた人が集まってきて、多くのコミュニティが生まれています」(福田氏)
Photo=MIKIKO