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研究レポート

4.ソーシャル・アントレプレナー/エンタープライズMBA(アメリカ)

社会課題を解決する事業人材を育成する社会ニーズ

社会課題を組織立てて解決していくことを目的とした非営利組織であるNPO。現在、アメリカのNPOは実に160万以上ともいわれる。ヘルスケア・教育分野を除いたNPOセクターは国内総生産の7%、労働力の11.7%を占めており、確固たる分野を形成している。しかし、米国のNPOは、1980年代に危機に瀕したことがある。それまでは公的な助成金・補助金に大きく依存して運営されてきたのだが、レーガン政権下で社会保障費が大幅に削減され、深刻な資金不足に陥ったのだ。そうした状況のなかで、社会問題の解決を目的として収益事業に取り組む事業体=ソーシャル・エンタープライズ、事業・企業を創始したソーシャル・アントレプレナーに関心が集まることとなった。

国の公的資金や個人、民間企業などからの寄付に頼るのではなく、社会的課題の解決のために市場メカニズムを活用できるビジネススキルを持った人材による社会課題の解決の必要性が謳われるようになった。

このような社会変化を受けて、ソーシャル・エンタープライズのマネジメントについての学びや人材育成が立ち上がっている。なかでも有名なのが、ハーバードビジネススクール、コロンビア大学ビジネススクール、スタンフォード大学の公共政策プログラム、カリフォルニア大学HaasビジネススクールのCSR教育である。ここでは、ハーバードビジネススクールの取り組みを紹介したい。

ハーバードビジネススクール SEI(Social Enterprise Initiative)

社会的企業を意味するソーシャル・エンタープライズを実際に運営するのが、社会起業家を意味するソーシャル・アントレプレナーである。その役割に一定の評価があるアメリカでは、ビジネススクールにおいてソーシャル・アントレプレナー研究が盛んに行われている。ハーバードビジネススクールにSEIが誕生するきっかけとなったのは、1990年初頭、営利、非営利、行政の各セクターで優れた業績を持つMBA卒業生のジョン・ホワイトヘッドの言動であった。彼はハーバードビジネススクールの当時の学長にNPOマネジメントの研究・教育に対する1000万ドルの寄付を持ちかけた。「プロフェッショナルなキャリアのための大学院は多いが、非営利組織の管理職のためのものはない。非営利のキャリアに興味を持つ人々を育成したい」。そんなホワイトヘッドの思いはすぐに実を結んだ。

1993年、ハーバードビジネススクールではMBAとエグゼクティブ教育において、ソーシャル・エンタープライズに関連する科目(SEI)が設置された。目指したのは、非営利組織だけではなく、営利企業の社会価値を、幅広い知識とビジネススキルにより創造する人材の育成である。これは、「社会の福利に貢献する際立ったリーダーたちを育成する」というハーバードビジネススクール本来のミッションに沿ったかたちとなっている。開校当初からの10年は「社会価値の創造に関する新しい見識とマネジメント知識の開発」に取り組み、現在は「非営利、営利、公的セクターにおける現在・未来のリーダーたちの知的拠点をベースとした学習体験の提供」を加えた2点にフォーカスしている。ソーシャル・エンタープライズという言葉はここから生み出され、その概念が現在なお、強い影響力を持って世界へ発信されている。

ソーシャル・アントレプレナー/エンタープライズMBA機関が担う役割

ハーバードビジネススクールをはじめとする、ソーシャル・アントレプレナー/エンタープライズMBA機関は、社会課題の解決を仕事としたいと考える成人に対して以下のものを提供している。ひとつは、新たな社会価値の創造に対する見識であり、もうひとつは、組織を効率的に運営するための実践としての知識・スキルである。ハーバードビジネススクールのSEIは本来、ハーバードビジネススクール卒業生の多くが、「単にビジネス上の成功を追求するのみではなく、習得したマネジメントスキルをリーダーとしての“Change The World”という目的に生かしたい」と考えていたことから始まった教育プログラムであった。こういったエピソードからも、ソーシャル・アントレプレナー/エンタープライズMBAプログラムは、「世界を変えたい」と考える人材を「社会リーダー」たらしめるメカニズムのひとつであると言えるだろう。


【引用・参考文献】
「ソーシャル・アントレプレナー教育の現状と可能性―米国ビジネススクールHBSとHaasの事例から」柴孝夫・大木裕子(京都マネジメント・レビュー,第14号,2008)
「事業型NPOの存在意義:ソーシャル・イノベーションの主体として」大室悦賀(社会・経済システム, 24, 131-143, 2003)
「ソーシャル・アントレプレナーの役割と必要性 報告(上):京都産業大学経営学部創設40周年記念シンポジウム」大塚洋一郎・能勢加奈子・村田早耶香・吉松時義(パネラー)・大室悦賀(コーディネーター),京都マネジメント・レビュー,第13号,2008
「社会イノベーション研究/社会起業家WG報告書―社会的企業・社会起業家に関する調査研究−」渡辺孝・露木真也子・大川新人(平成20年度内閣府経済社会総合研究所委託事業「イノベーション政策及び政策分析手法に関する国際共同研究」成果報告書シリーズNo.5)

2015年07月22日