2014年度研究プロジェクト

3.パブリックスクール/ボーディングスクール イギリス

紳士淑女の子どもたちが通うパブリックスクール

イギリスの教育制度のなかでも「社会リーダー」創造の観点から着目すべきは、主に13〜18歳の中等教育にあたるパブリックスクールだろう。ここでは、基本的に集団生活(イギリス以外の寄宿制学校は一般的にボーディングスクールと呼ばれる)をしながら、エリートとしての自覚、リーダーとして他者を統率し、思いやる精神が徹底的に鍛えられる。「社会リーダー」が携えておきたい人格的な部分を、生活までを含めた半ば強制的とも言える環境のなかで培うことになる。

イギリスのパブリックスクールと聞けば、イートン、ハロウ、ラグビー、そして最古のパブリックスクールであるウィンチェスターといった名前が頭に浮かぶ人も多いだろう。これらは選抜制を設けている私立学校で、イギリスの大規模研究型大学24校を構成するラッセルグループ、特にその頂点にあたるケンブリッジ大学やオックスフォード大学などへの進学者を多く輩出している。高額な授業料や寄宿料がかかり、入学基準が厳格に設けられているため、入学できるのは奨学金で入学を許された少数の生徒と、圧倒的裕福な階層の子どもたちのみで、寮での集団生活を送っている。もっとも近年では全寮制の学校は少数派になっており、ロンドンなど大都市にある通学校の競争が激しくなっている。また、以前は男子校だけであったのが、女子校や男女共学の学校も登場しており、生徒は国内に限らず、他国のエリート層の子息、令嬢が入学を希望するという。

入学に関しては、父親や一族が希望するパブリックスクールの卒業生であることや、どこのプレップスクール(小学校にあたる)で過ごしたかも、大きく影響しており、特にプレップスクールの校長がパブリックスクールの世界において、どれほど顔が広いか、力量があるかといった点が重要なポイントとなっているようだ。力を持った校長の強い推薦により、希望するパブリックスクールに入りやすくなるというのである。パブリックスクールへの入学準備は、すでにプレップスクールから始まっているとも言えるのだ。なかには「生まれた段階で入学希望のリストに入れておく必要がある」なんていう話も聞くくらいである。

もともとは王侯貴族や僧侶といった特権階級の人々のための教育機関だったが、中世以降は学校としての組織に変革され、スクールを選ばず、授業料さえ払えば階級に関係なく入学できるようになっていった。これが公共性という意味を含んだパブリックスクールの名前の所以ともされている。現在では、パブリックスクールという呼称よりもインディペンデントスクール、つまり国の補助を受けない独立した私立学校という呼び方が一般的になっているようだ。

学校はいくつものランクに分けられており、最も高い評価を得ているのが「校長会議」に参加している学校で、1999年時点で242校、生徒数は16万7000人、その75%が男子である。通常、名門パブリックスクールという場合には、これらの学校を指す。さらにこれらのなかから超名門校とされる29の学校が2つのグループに分かれて存在しており、生徒数は2万人ほど。これはイギリスの同年齢の生徒数の約1%弱にあたる。

規律正しい生活のなかで培われる、エリートとしての自覚

伝統的なパブリックスクールでは、校長をはじめ、教師や学校内チャペルの聖職者がキャンパス内に住み、また寮を監督するハウスマスター、寮での親代わりとなるハウスミストレスが実際に寮で生徒たちと寝食を共にする。規律正しい生活のなかで、教師や目上の人、先輩を敬う姿勢を学ぶのである。生徒はいくつものハウス(寄宿舎)に分けられ、共に学び合うのであるが、教師が主体となるのではなく、生徒のなかから監督代表者を選出し、ハウス内の秩序維持に努めている。

彼ら監督代表者はある程度勉強ができることが求められるが、それよりも生徒からも先生からも信頼される責任感の強い、誰からも好かれる性格であることが重要視されている。彼らにはハウスの門限や消灯時間、素行の細かな点までの管理を一任されている場合が多く、必要があれば他の生徒に軽い罰を課す権利が与えられている。また、先生とコミュニケーションをとるのが苦手な生徒のために、生徒と先生の間に立って世話をするといった立場にもあり、学校運営における「中間管理職」的な立場にあると言えるようだ。さまざまな特権が与えられるが、それだけに義務も大きいことを学ぶ。また他の生徒たちも、ハウスの組織を通じて、実社会に一歩近づいたさまざまな人間関係に接することができるのだ。こういった制度こそ、近代パブリックスクールの父と呼ばれる、ラグビー校のトーマス・アーノルド校長(在任1828~1842年)が編み出した教育メソッドのなかで、特に名高いもののひとつといわれており、寄宿制に限らず通学制のスクールでも設けている場合があるという。

また、ここでは大学進学に備える学力を育むだけでなく、教育の多くは、イギリス伝統の特権階級にふさわしい知的教養と、上流階層の者はその立場にふさわしい義務を負ってしかるべきであるという精神である「ノブレス・オブリージュ」の体得、強い精神力の育成といった人格形成に割かれる。ラグビー、クリケット、サッカー、テニスといった英国伝統のスポーツを通じてフェアプレイの精神を育てること、厳粛なハウス生活で健全な心と体を鍛えること、生活行動に使命感を持たせること、たくましいリーダーを育てることなどが経営理念として掲げられている。また、小さなイートンの町を世界的に有名にしたイートンカレッジでは、上級生になるとボランティアで観光客や学校訪問者のガイド役を務めることが頻繁にあるという。常に社会とのつながりを意識させ、社会貢献意識を培うプログラムが行われている。

ハウスでは生活を楽しくするために、ハウス別の音楽や芸術、スポーツ、討論会などのプログラムを組んで、自主的な活動も活発に行われる。ハウス対抗の試合などでは特に熱が入るそうで、こういった経験がハウスへの忠誠心を育て、生徒たちはハウス独特のカラーを体得していくのである。

チャーチル首相らを輩出した、全寮制男子校「ハロウスクール」

global_image_2_harrowschool1572年にエリザベス1世の勅許を受けて創立されたのがハロウスクールだ。ここでは13~18歳の男子生徒約800人が寄宿生活を送っている。「人生への訓練」を基本とし、独立心、協調性、責任感、義務感、リーダーシップの育成、マナー、努力、正しい職業倫理観を身につけさせることを教育方針にしている。24時間、すべての責任を学校が担っており、トータルな人間育成が行われている。

特にリーダーとなるための人格形成では、生徒にさまざまな機会を与え、チームとして協力できるように育成することに努めている。学校のなかで本物のリーダーシップを学ぶため、小さなグループでもリーダーとして責任と誇りを持てるように工夫しながら育成している。

(画像元 HARROW SCHOOLホームページ )

個性を持つ11のハウスに分かれての生活

ハロウスクールには11のハウスがあり、生徒たちは課外活動を行う際もハウス単位となる。それぞれが独自の雰囲気と伝統を持ちながらも、学校運営と調和しながら機能している。ハウスにはさまざまな学年の生徒が入り混じっており、他の生徒との交流や、規律のもとでの集団生活を通じて、個々が持つべき価値観や判断の尺度を身につけていく。「1年生は小さな義務が課され、2年生は1年生のケアをする。4年生はあらゆる人への責任を、5年生は学校全体を」と段階を追って、義務と責任が課され学んでゆくという。そのなかで一番大切なのは、自分の学年のなかで責任ある行動がとれるか、友人に好まれない選択であっても決断できるかということであり、教師はこうした行動のサポートを行う。

パブリックスクール・ボーディングスクールにおけるリーダーシップ

規律ある集団生活で、同年代の仲間との切磋琢磨や、学年の異なる先輩・後輩との役割を意識した人間関係の構築、厳格で密度の濃い指導教師との交流が日常的に行われているのがパブリックスクール・ボーディングスクールの特徴である。ここでは、厳しい日常生活のなかで他者との関わりを意識しつつ、「リーダーとして人々に貢献する」という真のエリートに必要とされる使命感・義務感を醸成している。「リーダーシップとはスタイルではなく質であり、時代を超えた普遍性を持ち、異なる文化や業界においても通用するリーダーの行動の本質」であるとリーダーシップ論の権威であるジョン・P・コッターは述べている。長年、変わらず受け継がれてきたパブリックスクール・ボーディングスクールにおけるエリートやリーダーの育成は、時代に左右されないリーダーシップの本質を子どもたちに脈々と受け継がれている。「社会リーダー」としての基盤にも通じる教育的組織と言えるだろう。


【引用・参考文献】
「第4章 イギリスの教育行政について」東京都議会, 2010, 東京都議会ウェブサイト
(http://www.gikai.metro.tokyo.jp/img/pdf/oversea/2101_4.pdf)
『リーダーシップの本質―真のリーダーシップとは何か』堀 紘一, ダイヤモンド社, 2003
『リーダーシップ論―いま何をすべきか』ジョン・P・コッター(原著), 黒田由貴子(翻訳),ダイヤモンド社, 1999
『アメリカのスーパーエリート教育―「独創」力とリーダーシップを育てる全寮制学校』石角完爾, ジャパンタイムズ,2000
『エリートのつくり方―グランド・ゼコールの社会学』柏倉康夫, ちくま新書, 1996
『パブリック・スクールからイギリスが見える』秋島百合子, 朝日新聞社, 1995

2015年07月22日