先進各社に聞く、賃金上昇時代の人材戦略価値あるサービスに絞り込み、少ない人数での運営を可能に

Vol.3 味一番フード

専務取締役 村上良一(むらかみ・りょういち)氏専務取締役 村上 良一(むらかみ・りょういち)氏

物価の高騰や人手不足を背景に、これまでになく賃金上昇の要請が高まるなか、パート・アルバイトを含めて多数の従業員を抱える外食チェーン企業はどのように人材を採用、育成しているのか。石川・富山にて『めん房本陣』と『そば処花凜』を9店舗直営する味一番フードの村上良一氏に、社員、パート・アルバイトそれぞれの賃金の推移や業務内容の変化、今後の同社の戦略などを聞いた。

店舗スタッフ数は以前より減少。時給上昇にともない社員の昇給率もアップ

味一番フードの2つの飲食ブランドのうち、創業事業の『めん房本陣』は自家製麺のうどん・そばが人気の店舗。平均120席ほどの大型店が標準仕様で、郊外ロードサイドを中心に石川・富山に7店舗出店している。一方、そば専門店の『そば処花凛』は、石川・富山の商業モール内に1店舗ずつ展開と、業態により出店場所を棲み分けているのが特色である。全店舗が直営で、社員数は22名。パート・アルバイトは200名ほど雇用している。

『めん房本陣』は自家製麺のうどん・そばが人気の店舗、石川・富山に7店舗出店『めん房本陣』は自家製麺のうどん・そばが人気の店舗、石川・富山に7店舗出店

社員数、パート・アルバイトの数とも近年それほど大きな変動はないが、「若干緩やかには減少しています」と村上氏。社員はかつて25名から30名ほどだったが、現在は20名前後に。これにともない1店舗あたりの社員数も3名から2名、なかには1名の店舗もある。社員が採れないのではなく、「従来よりも少ない人数で運営できるようにしています」と村上氏は語る。人員効率化の取り組みは後述するとして、「社員とアルバイト・パートに求める業務や能力は明らかに違います。店舗の運営管理はもとより、業務改善にどう取り組むか。それが社員の使命だと考え、社員たちにもよく伝えています」と語る村上氏が重視しているのは、社員のモチベーションを維持することであり、その一環として物価が上昇する前から成果や頑張りに報いたいとの思いで、社員の給与は半年ごとに昇給している。

昇給率はその時々で異なるが、物価の高騰が続くこの1年ほどは正社員も通年のベアで5%程度アップ。これにはパート・アルバイトの賃金との兼ね合いもある。「人口減少を背景にパート・アルバイトは売り手市場。最低賃金を時給に設定しても応募はまずありません。毎年、最低賃金が上がるなか、それより上積みした金額で時給を上げ続けています」(村上氏)。それでも「(パート・アルバイトの)人数を確保することが難しい時代になりました」と指摘する一方で、村上氏がそれ以上に憂慮しているのが質の低下である。「即戦力といいますか、一般常識も含めて、教えずともある程度できる人材が本当に少なくなりました」と嘆く。「とはいえ、それが現実です。社員たちには『できる人材』という“幻想”を捨て、ゼロベースから店舗に貢献できる人材育成に取り組むことを意識させています」(村上氏)

デジタル化投資やメニューの集約化によって必要な人手を減らす

人件費単価の上昇にともない、店舗業務のデジタル化など設備投資も積極的に進めている。

「現在、店舗ではタブレットによるテーブルセルフオーダーシステムを導入するほか、セルフレジを検討するなど業務の効率化に着手しています。さらに、店長職に就く店舗社員にとって大きかったのは『需要予測システム』の導入です。これは先々の集客や注文されるメニューの予測値が得られるシステムで、時間帯ごとの客数の予測も出ますから、シフトにも活用できます。店長の勘や経験ももちろん大切ですが、今後システムの精度を上げることにより、数値的な裏付けをともなった運営ができるようにしたいと考えています」と村上氏。同システムの導入は数字に対する店長の意識が高まるという副次的な効果もあった。

「店舗での仕込み作業を委託できるよう、セントラルキッチンの拡大も予定しています。従来もセントラルキッチンはあったのですが、お店によってはそのお店独自のメニューとかも結構あったんですね。ただ、今後はある程度調理工程を簡略化していきたいと思っています。特別な人だけができる仕事を減らし、多様な人材が活躍できるようにしようと考えています」(村上氏)と、採りにくくなったパート・アルバイト従業員の人手を補完できる体制づくりに力を入れている。

仕事のムリ・ムラ・ムダをなくしながら、賃金上昇の原資を生み出す。「賃金上昇によって人件費単価は上がっていくことは企業としても受け入れる必要があるのだと思います。ただ、トータル人件費としては省人化投資やサービスの合理化によって抑えていかなければなりません。仕事量や1店舗あたりの必要な人員を減らしながら、お客さんの満足も高めていくことはこれからの大きな挑戦になります」(村上氏)

コロナ禍の後に実施した価格戦略も功を奏している。「商品の付加価値向上を継続的に行っています。具体的には、店舗の専門性をより高めるためにブランドそば粉、自社挽きのそば粉、天然水使用の本格そばを利用するようにしました。そばだけでなく、能登牛や能登豚などブランド素材を使用したこだわり商品の訴求なども行っています。結果、コロナ前よりメニューの単価は3割ほど上昇しており、粗利額を高めることに成功しています」(村上氏)

店舗の専門性をより高めるためにブランドそば粉などを利用店舗の専門性をより高めるためにブランドそば粉などを利用

社員の業務はマネジメントにシフト。長期的な定着に向けてアルバイトの社員化も視野に

店舗社員の減少にともない、社員はキッチン、ホールスタッフといったプレイヤー的な業務が減り、運営や育成などのマネジメントの割合が高まっている。半年ごとの昇給も、業務の高度化やパフォーマンスへの期待と捉えれば労使双方に納得感がある。

社員の「少数精鋭化」が進むなか、村上氏が今後注力するのは正社員の採用・育成である。なかでもアルバイト経験者の社員登用を進めていきたい考えだ。「新卒採用の弊害は、飲食アルバイトの経験がない方をゼロベースで育てる難しさです。育ち上がるまでのリスクが多く、退職につながりやすいのもこの層です。一方で、アルバイトやパート経験者に関してはお店の雰囲気を知っていて定着につながりやすい傾向があります」と村上氏。

こうした考え方をもとに、店舗社員とともに熟練のパート・アルバイトが協力し、社員採用を視野に新人の若いアルバイトを育成している。これは「将来の社員」の長期的な定着を視野に入れた試みであると同時に、教える側のパート・アルバイトの定着をもたらす取り組みでもある。「時給のベースアップとは別にいわゆる能力給、『こんな形でお店に貢献いただいた』という判断・評価をもとに時給をアップする仕組みも設けています。人を育てるやりがいだけでなく、報酬の反映によりモチベーションを高めているのです」と村上氏。能力給は「貢献度」により異なり、時間帯責任者や運営管理などを任されると時給がアップする。その先には、本人の希望により無期雇用や社員転換も待っている。「今は、パート・アルバイトの採用から社員への登用に結び付けられる過程や環境を整えている段階です」(村上氏)

パート・アルバイトの採用から社員への登用に結び付けられる過程や環境を整えているパート・アルバイトの採用から社員への登用に結び付けられる過程や環境を整えている

価値あるサービスを絞り込み、価格転嫁をターゲット層に納得させる店舗づくりを

社員、パート・アルバイトとも賃金が上がり続けるなかで、設備投資などの環境整備も含め、可能な限りの少数精鋭化を進めている味一番フード。だがこのまま賃金上昇が続くと価格転嫁などの対策も考えざるを得ないのではないか。そう問うと、村上氏は「サービスの絞り込み」と「戦わずして勝つ戦略」の2つのキーワードを挙げた。

「現在、各店舗で毎月、顧客アンケートを取っており、その結果からお客様がお店のどこに価値を感じてくださるかが明らかになりつつあります。一番はもちろん味とメニュー構成ですが、次に来るのは料理提供の早さなどの接客です。それ以外は優先度が低いです。たとえば些細なことですが、箸やおしぼりを最初からテーブルに置いたり、お茶のおかわり用ポットを各テーブルに設置したりする取り組みについて、お客様は『高級感が損なわれた』とは感じません。これまで全方位に拡散していたサービスを見直し、本当に求められるものに絞り込むことにより、単なる効率化ではない価値ある店づくりを図っていきます」(村上氏)

「戦わずして勝つ」のは、いわゆるニッチ戦略。同社の『そば処花凛』は、あえてファミリー層の多い賑やかな商業施設内に出店し、異質な高級感によりかえって50代以降の女性というターゲット層を虜にした。郊外立地の『めん房本陣』も、高頻度のメニューの見直しで常連客を離さない。「競合の多い場所で価格競争により消耗するより、届いてほしい方に刺さるサービスなり価値なりを徹底的に掘り下げていきます。そうすることで値上げなどに関するターゲット層の理解も得られるようになると思います」と村上氏。

『そば処花凛』と『めん房本陣』賑やかな商業施設内に出店している『そば処花凛』(左)と郊外立地の『めん房本陣』(右)

賃金上昇が止まらず、物価も高騰する現在を「外食産業の過渡期」と呼ぶ村上氏。「過渡期のなかで求められるのは、やはり強いリーダーシップ。従業員に利益を還元したり設備を充実したりといった取り組みを後ろ向きの防御ではなく、プラスのサイクルに変えていくグランドデザインを描けるのは、経営トップに他なりません。選ばれる価値のある店舗とは何か、社員にもパート・アルバイトにも共有し、モチベーション高く働ける環境をつくることで、激変のこの時期を乗り越えていきます」と締めくくった。

聞き手:坂本貴志小前和智執筆:稲田真木子)