新しいキャリア論の“仮説”たちライフキャリアデザイン入門

現代日本人のライフキャリアを考える

キャリアは一般的には個人が長年にわたって積み重ねた仕事経験のつながりと考えられている。つまり、人生の時間軸のなかで積んできた仕事の経験が結果としてその人のキャリアとなる。

このようにキャリアというのは基本的にはこれまで経験してきた仕事のことを指す言葉であり、人の生涯に仕事が重要な役割を果たすということを否定する人はあまりいないだろう。多くの人にとって仕事と人生は切っても切れない関係にあり、だからこそキャリアについて考えることには意義があると言える。

一方で、人の人生のなかにおいて仕事というのは1つの構成要素にすぎないこともまた事実である。自身の家庭をどう形成するか、趣味を自身の生活のなかでどのように位置づけるか、また地域とどのように関わるか。人生において仕事以外にも大切な要素はたくさんある。そうした意味で、仕事をはじめとする生活全般の要素に関して、その経験の積み重ねを示す概念としてはライフキャリアという言葉がある。

本研究プロジェクトでは、広く人生のなかでの仕事や家庭の位置づけを探りながら、現代人のライフキャリアのありようを描写していきたい。

広くライフキャリアという視点に立ったとき、それを形成するものは何だろうか。どの学校に進学するか、卒業後にどのような働き方を選択するか、家庭の形成をどう考えていくか。人生は選択の連続である。そして、その意思決定の積み重ねがその人のライフキャリアを形成すると考えることができる。そして、そのライフキャリアをどうデザインしていくかという意味でライフキャリアデザインという言葉をここでは用いることとしよう。現代人のライフキャリアデザインの実態を明らかにすることが本研究プロジェクトの1つの主題である。

人はライフキャリアをどのようにデザインしているか

ライフキャリアを構成する意思決定については何があるだろうか。先にいくつか例示したように仕事や家庭、趣味などに関する意思決定がライフキャリアを構成する要素として考えられる。実施した調査(※1)では「あなたの人生において、その後のご自身の生活に大きな影響が生じた意思決定について伺います。その意思決定は何歳ごろのどのようなものでしたか」という形でライフキャリアにおける重要な意思決定の存在を自由記述形式で聴取している。

自由記述の結果を分類すると図表のようになる。まず、重要な意思決定として最も多くの人が挙げたのが仕事に関する事項であった。学校を卒業して初めての会社に就職するとき、また転職するときの意思決定についてなど仕事に関する意思決定は人生に大きな影響を与えている。同調査では意思決定の具体的な内容を振り返って記入してもらっている。就職に関する項目では、

「警察官を目指すのをやめて、他の仕事に就いた。決断に関しては満足している。 あのときの意思決定がなければ別の道を進んでいたかもしれないが、今の生活があるのはあのときの自分の意思があったから」(男性・26歳)

「大学生のとき、学校の先生を目指すのをやめた。意思決定に後悔している。教員免許は取ったのだから、担任ではなくても教育現場に携わることはできたのではと思っている」(女性・37歳)

などがあった。一方で、初職の影響は年をとるにつれて相対的に小さくなっていく。40代以降は初職の選択が最も重要な意思決定であったと答えた人はわずかとなり、その代わり転職や退職の意思決定に関する重みが増していく。

「自分が関わりたい仕事の道に進んだ。一度触れてみたい業界だったし、やりたかったから。 ただ、想像以上に忙しいときがあって厳しかった」(男性・34歳)

「学校を卒業後に初めて働いた職場の人間関係で精神的に追い詰められ、その後は正社員ではなく期間限定で働こうと決断した。満足している理由は、嫌なことに縛られず、与えられた期間は集中して仕事をこなせること。 後悔している理由は、安定しないこと」(女性・42歳)

家庭との兼ね合いから仕事を調整する人も多い。特に女性では家庭との両立のために仕事を調整したときの経験が多く語られている。

1人目の子供を保育園に預けながら、フルのパートで働いていた。でも、2人目を流産して仕事を辞めた。仕事は好きだったけど、体や心のストレスが自分で思っていた以上に溜まっていた。それから、自分が本当に働きたいと思うまで、働ける環境が整うまで働かない(専業主婦になる)と決めた。仕事を辞めたことには、後悔はない。ただ未だに働く環境が整わないのには不安は感じている」(女性・39歳)

「結婚して仕事を辞めて専業主婦になった。タイミングを失って、働ける場所が見つからないことに後悔している。もっと年齢が若いときに働きはじめればよかった」(女性・45歳)

図表 人生における重要な意思決定

図表 人生における重要な意思決定

仕事と並んで影響の大きい家庭形成(主に結婚)の選択

人生における重要な意思決定について、仕事の次に多かったのは家庭形成に関する項目である。この項目については、ほとんどが結婚に関する意思決定で占められている。

現代において家族の形態は様々であり、事実婚なども含めて多様な家族のあり方を先入観なく受け止めていくことが社会的に重要だ。ただ、現実的には日本においては家族でいるということは概ね結婚をして新しく戸籍を作ることと同義であり、子どもが出生することもほぼ一対一の対応関係にある。こうしたことから、多くの人々にとって家庭形成や家族がどのようなものになるかは、つまるところ結婚するかどうかや誰と結婚するかに大きく関わっていると考えられる。

「ある男性とプライベートで関わっていた時期があって、うまくいけばこの人と結婚するだろうと思っていました。ですが、自分のなかでなんとなく性格が合わない、後悔しそうな気がしていて、思い切ってその方と関わることをやめました。現在は日々楽しく生活ができているので、もしあのとき妥協していたらと考えるとゾッとします」(女性・28歳)

「満足している部分もあれば、後悔している部分もある。理由は、子どもが生まれたことでそれまでの価値観や常識等が変化して、妊娠前には想像できなかった生活を今過ごしているから。後悔している部分は、子どもが小さいときに、もっと一緒に過ごす時間を取っていたかったということ」(女性・42歳)

このように、結婚に関する意思決定は人生を大きく左右する。そして、数多くの人たちの事例を見ていけば、例えば結婚した人にとっても、それが日々の幸せにつながっている側面もあるが代償を伴っている側面もあることがわかるだろう。結婚しないという意思選択も同様である。何かを選択するということは、それと異なる意思決定を選択したときに実現する未来をあきらめるということでもある。

本研究プロジェクトの目的は、このような人生の意思決定の構造を明らかにすることにある。例えば結婚という意思決定について、結婚をするという選択をした場合と結婚をしないという選択をした場合にその人に何が起きるのか。どのような利益があり、どのような損失があるのか。そして、当事者は後に自身が行った意思決定をどのように振り返るのか。

本研究は、意思決定の良し悪しを論じることが目的ではない。あくまでその構造を明らかにすることが目的である。なぜなら、現代におけるライフキャリアの構造を理解することが、ライフキャリアをデザインするための重要な一歩になりうるからである。人生における主体的な意思決定を行うためにも、現代人のライフキャリアの構造を解明することの意義は大きく、今後の研究においてその全容を紹介していきたい。

執筆:坂本貴志

(※1) 「キャリアに関する実態プレ調査」。2023年7月19日~7月21日、インターネット調査。サンプルサイズ1414。性別・年代・就業形態によって均等割付を行い回収した。フリーワード設問を中心としている。